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カリード『アメリカン・ティーン』発売記念特集~オルタナティブR&Bで世界を魅了する“破格のティーンエイジャー”に迫る



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 10代らしい赤裸々で切実な歌詞と、洗練されたR&Bサウンドで世界を魅了する次世代アーティスト=カリード(Khalid)が、デビュー・アルバム『アメリカン・ティーン』を携え、2018年1月24日に待望の日本デビューを果たした。『アメリカン・ティーン』は、シングル「Location」のロングヒットを原動力に、全米アルバム・チャート4位を記録。また、来週1月29日(日本時間)に開催される【第60回グラミー賞】でカリードは、<最優秀新人賞>を含む5つもの部門にノミネートされてもいる。文字通り“破格のティーンエイジャー”を呼ぶべきこのシンガーソングライターの才能と来歴に、日本デビューを記念して原雅明氏に迫ってもらった。

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等身大の代弁者によるリアルな独白

CD
▲『アメリカン・ティーン』

 1998年生まれで、この2月にようやく20歳となるカリードが、デビュー作の『アメリカン・ティーン』でいきなりグラミー賞にノミネートされたことには、ティーン・ポップの成功譚とは違う、ほろ苦い感情も伴う。『アメリカン・ティーン』は等身大の代弁者によるリアルな独白であり、それは繊細さと思慮深さを伴ってもいるからだ。だから、この若き才能あるシンガー・ソングライターは、情熱を込め、しかもいともスマートに音楽の現在についてこんなことを言ってのけるのだ。

 「多くのティーンエイジャーは、消費することに非常に惑わされているんだ。アメリカでは、多くの子供が学校で音楽に打ち込むことを怖がっているように感じられる。なぜなら、消費することで、ミュージシャンがオタクの変わり者という認識を持っているからだ。音楽教育は軽んじられているよ。人々がそう認識しているから、以前と同じようには人気がない、そして僕はそれが変わることを願っている。その変化の一部になりたいし、故郷に戻って、学校や音楽教育に携わりたいと思う。僕は子供に戻って、これが必要であることを知らせ、助けることができる。一度人生でアートを手にすれば、それは別のタイプの人生になる」(Noiseyのインタビューより

 音楽と教育の問題は、近年ますます重要度を増していると言っていい。それはクラシックやジャズのように、ある程度エスタブリッシュメントされ、教育がシステム化された世界の話だけではなく、ポピュラー音楽全般でも浮き彫りになっていることだ。トランプ以降のアメリカで、特に音楽の世界がポジティヴに示しているのは教育が育んできた現場の底力であるだろう。カリードは、単なるシンデレラ・ボーイではなく、そうした教育の賜物でもある。



▲Khalid - American Teen


 カリードはアトランタを州都とするジョージア州のフォート・スチュワートという街で生まれた。陸軍基地で有名なその街で、母親は軍で働いていた。そして、ニューヨークやドイツのハイデルベルクなど基地のある土地を転々とする暮らしを送った。母親であるリンダ・ウルフは、アトランタのスタジオにいたこともあり、シンガーになる夢も持っていた。アン・ヴォーグやSWVが全盛だった時代にシンガーを志していた彼女は、軍隊のバンドのオーディションを受けて、そのシンガーになることはできたが、夢の続きは息子に託した。その影響によって、ブランディやアーリヤからビリー・ホリデーまで、さらにはオペラやミュージカルにも幅広く触れるようになったカリードは、高校時代に本格的に音楽を学ぶことを選択する。僅か数年しか過ごしていないが、いまも故郷だと明言するエルパソに移って来た頃の話だ。

 エルパソは、テキサス州の西端に位置し、メキシコとの国境に接している。メキシコからの移民も多い。トランプがメキシコとの壁を作ると宣言する前の、いま思えばまだ牧歌的だった時期の、文化的にも融和なムードがカリードと彼の音楽を育てた。筆者は3年ほど前に、テキサス州ヒューストン経由でメキシコ・シティに行ったことがある。まだオバマの時代だったが、既にテロの影響は大きく、アメリカの出入国はとても厳しくて、必要以上に旅行者にストレスを与えた。対して、メキシコ側は緩く、大らかだった。その旅をきっかけに、アメリカの北と南(あるいは東と西)という従来の対比とは別に、メキシコの国境に比較的に近いアメリカの街とその周辺の音楽の在り方に興味を持つようにもなった。一つのローカリティーに集約できない表現の成り立ちがあったからだ。ロサンゼルスあたりでもメキシコとの行き来は盛んで、メキシコの国境の街ティファナからベース・ミュージックやトラップが聞こえてくる理由も理解した。



▲Khalid - Young Dumb & Broke (Official Video)


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自分の居場所が何処にあるのかを問うラヴ・ソング

 『アメリカン・ティーン』に先行してリリースされたシングル「Location」は、アルバムでもハイライトであり、最も象徴的な曲だった。音数を削ぎ落としたシック・センスのプロダクションは、カリードの歌を極力シンプルに響かせるように最低限のメロディをなぞるだけだが、そこに控えめにギターとオルガンの音が重ねられていくのが特に印象深い。此処ではない何処かで鳴っている、時代や場所を定められない浮遊した心持ちをまるで音像化したような曲である。現在のR&Bの世界でなぜアンビエントが重用されているのかをこの曲はとても正しく証し、表現している。強いグルーヴも、キャッチーなメロディーも、派手なコーラスも求められてはおらず、歌の背景として漂いながら、時に歌を包み込んでもしまう響きこそが重要なのだ。ナッシュビル出身で、現在はアトランタとロサンゼルスを行き来する、『アメリカン・ティーン』のエグゼクティヴ・プロデューサー、シック・センスこと、ジョシュア・スクラッグスについて少し説明した方がいいだろう。

 ドレイクが2014年に発表した「Draft Day」は、ローリン・ヒルの「Doo-Wop (That Thing)」をサンプリングしていることで話題を呼んだが、そのネタ(サンプルのチョップ、パーカッション、ベースライン)をプロデューサーのボーイ・ワンダに提供したのはシック・センスだった。その後も彼は、トラビス・スコットの「Backyard」やドレイクの「Know Yourself」といった曲で印象深い仕事をしている。それらは、90年代前半のヒップホップを思い起こさせるようなオブスキュアで絶妙なネタ使いと内省的なプロダクションで成り立っていたが、最終的なアウトプットはまったくノスタルジックなものではない、ひんやりとした感触をもたらす。「Location」でも同様である。



▲Khalid - Location (Official Video)


 ただ、「Location」は、アトランタにあるシック・センスの地下室でカリードと作り始めた、その濃密なプロセスが、ビートやネタを提供する従来のやり方とは違っていた。カリードのリリックに耳を傾けてメロディを紡ぎ出すことは、セッションのようだったとシック・センスは語っている(DJBoothのインタビューより )。彼は最終的にエルパソにあるスタジオにも出向いて、「Location」とアルバムの他の曲を完成させた。クレジットにあるフィラデルフィアの若きラッパー、トゥンジ・イゲもセッションに参加した。未完のままだった「Location」は、シック・センスの用意したビートに合わせて、カリードが残りの部分を書き上げた。その作業は完全に有機的なものだったとシック・センスは言う。そして、三つの異なるビートを一つの曲に入れても、瞬時にメロディーやキーを変更して、どんなビートにも合わせることができると、カリードの才能を褒め称えてもいる。スタジオで生み出されるセッションというマジックには、消費に抗うだけの何かがあると、カリードは『アメリカン・ティーン』で示したのだ。

 それにしても、「Location」というのは、示唆的なタイトルである。もちろんこの曲はラヴ・ソングなのだが、自分の居場所が何処にあるのかを問うてもいる。生まれ育った場所がその居場所ではないと感じている人にとって、これは単なるラヴ・ソング以上に響くはずだ。



▲Khalid - Saved (Official Video)


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