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50歳を迎えたノエル・ギャラガーが、ソロ3作目で完成させたキャリア史上もっとも美しいアルバム『フー・ビルト・ザ・ムーン?』の背景を紐解く

Noel Gallagher’s High Flying Birds

 ノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズの約二年ぶりの新作アルバム『フー・ビルト・ザ・ムーン?』が11月22日にリリースされた。オアシスのソングライター/ギタリスト/シンガーとして世界中の音楽ファンを魅了した後、2011年からはソロ名義で活躍。作品毎にそのクリエイティビティを高めてきた印象のあるノエル。

 新作『フー・ビルト・ザ・ムーン?』は、彼のソロ以降の最高傑作であり、オアシスのディスコグラフィーを踏まえても指折りの傑作とみなすべきアルバムに仕上がった。しかも、『フー・ビルト・ザ・ムーン?』は、これまでのノエルの作曲法とは抜本的に異なるスタイルで制作されたアルバムでもある。プロデューサーをつとめたのは、プライマル・スクリームの長年のコラボレーターの一人であり、映画『オーシャンズ』シリーズのサントラでも知られる奇才、デヴィッド・ホルムズ。彼とのコラボレーションが、ノエル本人でさえ驚くような傑作を生み出させたのだ。ノエル本人のオフィシャル・インタビューでの発言を引用しつつ、この傑作の背景を改めて紐解いて行きたい。

現実認識のバランス感覚もしっかりと持ち合わせたクリエイター

 この記事の読者にノエルとオアシスについて知らない人は少ないとは思うが、改めて書くと、ノエル・ギャラガーは、ノエルとリアムのギャラガー兄弟を中心として結成された英国バンド、オアシスのソングライター/ギタリスト/シンガーとして90年代より活躍。ノエル・リアムとも気性の激しいキャラだったがゆえに、バンド内外でのゴタゴタはつきものだったものの、英国ロックの伝統に連なるサウンドと、誰もがシンガロングできるメロディを武器に、彼の国を代表する人気とセールスを誇る唯一無二のバンドとして、2009年まで活躍。だが、その後、やはりノエルとリアムの関係性の悪化などが原因で解散した。リアムはその後、ビーディー・アイでのバンド活動などをはさみつつ、今年10月にはソロ初のアルバム『As You Were』をリリース。今回、両者の新作リリースのタイミングが間近だったことも関係して、またしてもメディアを巻き込んだ“口戦”が繰り広げられている。

CD
▲『ノエル・ギャラガーズ・
ハイ・フライング・バーズ』

 一方のノエルは、オアシス解散後2011年から、“ノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズ”という名義を用いて、ソロ活動を開始。オアシスのメインソングライターであり、もともと音楽的な関心も幅広い彼は、バンドの人間関係に左右されず、じっくりと制作に取り組める現在の環境が気に入っているようで、2011年のソロ・デビュー作『ノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズ』を皮切りに、2015年にはソロ2作目の『チェイシング・イエスタデイ』をリリース。これまでの二作では、オアシス時代から培ったソングライターとしての経験を活かしつつ、管楽器も積極的に取り入れるなど、直系の先輩格であるポール・ウェラーのソロ作にも通じるような、ブルー・アイド・ソウル風のテイストを強めてきた。


▲Noel Gallagher’s High Flying Birds - The Death Of You And Me


 そんな彼が新作を制作するにあたり、白羽の矢を立てたのがデヴィッド・ホルムズだ。両者の出会いのきっかけになったのは、前述のプライマル・スクリーム。ホルムズはプライマルの2000年作『エクスターミネーター』で数曲をプロデュースした他、2013年の傑作『モア・ライト』を全面プロデュース。また、プライマルのフロントマン、ボビー・ギレスピーは、ホルムズのソロ・アルバム『Bow Down to the Exit Sign』(2000年)にゲスト・ヴォーカルとして参加もしている。

 俺はずっと彼(デヴィッド・ホルムズ)のファンだったし、彼の作品はみんな好きだった。素晴らしいDJだしね。ただ、彼に会ったことはなかったんだ。彼のレコードは持っていたんだがね。マン島でプライマル・スクリームと一緒にギグをやっていた時、デヴィッドはプライマルと一緒にいたんだ。(ノエル・ギャラガー)

CD
▲『チェイシング・イエスタデイ』

 当初、ノエルはホルムズに『チェイシング・イエスタデイ』の制作を手伝ってもらうように持ちかけたとのこと。だが、デモを聴いたホルムズは、「これらは既に完成しているように聴こえる。だから自分でそのまま完成させればよいのでは」と回答。それでもホルムズとのコラボを諦められなかったノエルの思いもあり、結局は一緒に新作レコードを作ることになった。『チェイシング・イエスタデイ』の制作中ということは、タイミングは2014年頃だろうか。もしかすると、前述の『モア・ライト』の完成度の高さも、ノエルの念頭にはあったかも知れない。

 いま振り返って興味深いのは、ノエルが『チェイシング・イエスタデイ』の制作の段階で、ホルムズにアプローチしていたということだろう。オアシス時代から、バンドの完全なリーダーとして、作品の方向性をしっかりと舵取りしてきた彼は、結果的に初のセルフ・プロデュース作となった同作もまた、しっかりと成功に導いた。相応の経験が本人の中に蓄積されていたということだが、それにも関わらず、2014年頃の段階でホルムズの手腕を求めていたというのは、どういうことなのだろうか?


▲Noel Gallagher’s High Flying Birds - Fort Knox (Official Audio / Lyric Video)


 一つには、新作の冒頭に収められた壮大なインスト・ナンバー「Fort Knox」が、カニエ・ウェストの「Famous」や「Power」を意識して制作された曲である、という点にヒントが求められるかも知れない。現在、チャートアクションとクリエイティビティの両面で、世界のポップ・シーンの覇権を握っているのはヒップホップ/ブラック・ミュージックのアーティストたちであり、一方のロック・ミュージシャンは苦戦を強いられている。その危機意識のようなものは、先日のベックの米『Billboard』でのインタビューでも語られている。そして、そのベックをはじめ、デーモン・アルバーン(ゴリラズ)やフー・ファイターズといった、90年代から活躍するレジェンド級のロック・ミュージシャンたちが、それぞれ方法論こそ違えども、示し合わせたようにメインストリームのポップスを意識した作品をリリースしているのが、2017年という年なのだ。(ノエルが敬愛する世界最大のロック・バンドであるU2も、来月リリースの新作ではケンドリック・ラマーをフィーチャーしている。)

 ノエルは基本的には我が道を行く人ではあるが、現実認識のバランス感覚もしっかりと持ち合わせたクリエイターだ。それゆえに、上記のミュージシャンたちとも何らかの問題意識を共有していると考えるのが自然だろう。DJ/クラブ・シーンの出身で、LAやハリウッドとのコネクションもあり、ロック音楽への理解も深いデヴィッド・ホルムズの起用は、単に仲の良いバンドの作品を手掛けていた、という以上に、ヒップホップ/ダンス音楽全盛の時代に、自身の作品に新しい風を吹き込む意図があったのではないだろうか?


▲Noel Gallagher’s High Flying Birds - Fort Knox (Behind The Scenes)


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「スタイルのコラボレーションと言うべきもの」

 そのホルムズとの制作は、素材となるデモ曲などを持たずに一緒にスタジオに入り、ドラムループなどのサンプルの断片やリフを元に、お互いにインスパイアしあって進めていくというもので、ノエルいわく「スタイルのコラボレーションと言うべきもの」だったそう。もともとのノエルの作曲法は、アコースティック・ギターを片手に一人でベッドルームやスタジオに篭り、コードとメロディを何度も何度も書いては推敲を繰り返し、ほぼ完璧な状態にまで書き上げたうえで、バンドとスタジオ入りしてレコーディングを行うというもの。彼の天才的なメロディは、血の滲むような努力に支えられているとも言える。そういう意味では極めて職人的な気質をもったソングライターなのだ。

 だからこそ、ホルムズとの作業はノエルにとって刺激的だったようで、「音楽を持ち込まないでスタジオ入りし、ただ座ってその場で作っていくことができるとは、自分では考えもしなかったからね。とても解放感を感じたよ。そうやったことをとても嬉しく思うんだ」と、作業当時を振り返っている。


▲Noel Gallagher’s High Flying Birds - It's A Beautiful World (Behind The Scenes)


 その結果、新作は、ただ単に、ノエルの書いた曲に、ホルムズがサウンドの衣裳を施した、というものとは全く異なるレベルでコラボレーションが結実した作品となった。サウンドと同時に、曲そのものが大きく変わった。コード進行はよりシンプルになり、その結果、今までのノエルの手札にはなかった新しいメロディが次々と引き出されてもいる。そもそも、コード数の極端に少ない曲を、以前のノエルのようなアコギの弾き語りのスタイルで組み立てていくのは非常に難しい。新作のスタイルの変化は、そのままアウトプットの変化へと直結しているのだ。

 先行シングルとして発表された「Holy Mountain」は、ノエル自身も「正直に言って、俺がこれまで書いた曲の中で最高の曲の1つだと思う。シンプルな曲だが、これまでで最も喜びが感じられる曲だ。」と豪語する、新作を代表する一曲だ。ブラスとオルガンが一体となった50年代のロックンロールも顔負けの分厚いリフと力強いドラムが曲の推進力となり、ノエルの歌声とティン・ホイッスルが、限りなく明るく響く。ノエルと言えば、これまではマイナー・コードを使った叙情的な曲こそを得意としていた印象があるが、ここでの風通しの良いメロディからは、変化の手応えが、ありありと感じられるだろう。なお、この曲でオルガンを弾いているのは英国ロックの御大、ポール・ウェラー。


▲Noel Gallagher’s High Flying Birds - Holy Mountain


 一方、同じくこちらも先行公開された「It's a Beautiful World」は、やはりリフが主体となった楽曲の構造もさることながら、ホルムズ特有の映画的なサウンド・プロダクションが印象的な一曲だ。〈It's a Beautiful Dream〜〉と歌い出すサビのパートをはじめ、楽曲全体に施された夜空に溶け込むような美しいサウンドスケープは、ノエルの長いキャリアを振り返っても最上級のものの一つだと言えるだろう。曲のメッセージについてノエルは「俺たちはパラドックスだらけの世界に生きている。地球はとても美しい。海は素晴らしい。動物たちは美しい。女たちは美しい。音楽は素晴らしい。それでもISISのような野蛮な奴らや、ドナルド・トランプのようなバカがいる。というわけで、世界は矛盾だらけだ。分かるかい?そういうのを俺はこの曲の中にまとめようとしたのだと思う」と語っている。この曲の抽象的なサウンドはそうした意図をしっかりと反映したものだろう。


▲Noel Gallagher’s High Flying Birds - It's A Beautiful World (Official Lyric Video)


 本作を象徴する言葉を一つ挙げるとしたら、“アップリフティング”ということになるかも知れない。今年、マンチェスターで起きた悲惨なテロ事件を挙げるまでもなく、いま世界は混乱を極めている。ノエルはその中で、ただ悲しむのではなく、美しく・気高く生きよ、と本作を通して語っている。マンチェスターの先輩であるニュー・オーダーを思わせる5曲目の「She Taught Me How to Fly」もまた、アップリフティングでパワフルな一曲だ。

 あるいは「Be Careful What You Wish For」は、BPM=80という、ノエルとしては異例のヒップホップ風のビートを持った一曲だ。もちろんノエルがその上でラップを披露している……わけではないが、これまでの制作体制だったら絶対に生まれ得なかったであろう曲であることは間違いない。


▲Noel Gallagher's High Flying Birds - She Taught Me How To Fly - Later… with Jools Holland - BBC Two


 これまでのノエルのメソッドや枠組みを一旦リセットするような本作は、ホルムズのコネクションも含めた凄腕ミュージシャンたちの演奏力によっても支えられている。ノエル自身「あまりにも多くのミュージシャンが参加しているんだ。多分、30〜40人ものミュージシャンが参加している。お金がかかって仕方がないよ(笑)。でもいいサウンドに仕上がった。」と参加メンバーに太鼓判を押す。中でもお気に入りは、ベックのツアーでつい先日も来日したジェイソン・フォークナー。「ロサンゼルス在住なんだが、彼に曲を送り、一夜明けると俺達が寝ているうちにインターネットで素晴らしいベースラインを送ってくれるんだ。彼とは面識がない。一度も会ったことすらないんだ。彼はジェイソン・フォークナーという名前でファッキン天才だ。」とべた褒め。拡張を果たしたノエルの創造力を支える素晴らしいベースラインの数々も、ぜひ本作を聴く上で注目して欲しいポイントだ。

 以上のように『フー・ビルト・ザ・ムーン?』は渾身の一枚となったが、一方で、彼らしいミドルテンポのバラードが聴けないというのは、ファンにとってはやや寂しいところかも知れない。だが、そんな人はボーナス・トラックに収められた「Dead In The Water」に注目して欲しい。「(Live At RTÉ 2FM Studios, Dublin)」と副題のついた同曲は、その名の通りかなり生々しい録音でありながら、素朴なアレンジも美しく、一度聴いたら誰もが心を囚われてしまうであろう名曲。おそらく、今回のアルバムには馴染まないという理由で、本編から外されたのだろうが、たとえボーナス・トラックであっても「収録してくれて、ありがとう」と感謝を伝えたくなる一曲だ。


▲Noel Gallagher’s High Flying Birds - Who Built The Moon? Official Album Trailer


 50歳にして、これまでの殻を打ち破るような新たなスタイルと作風をものにしたノエル。その原動力には飽くなき好奇心と音楽への愛情があるのだろう。こうなるとライブへの期待や興味――これまでのようなバンド編成で再現できるのか? 今までの曲とどうやって折り合いを付けるのか?等――も付きないが、果たしてどんなライブになるのか。これまでにプレイしたことがなかったオアシスの曲もプレイしたい、という本人の言葉もあるので、新作を聴きつつ、首を長くしてその日を待ちたい。

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