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<Unbound Japan vol.4>KATSEYE/MAZZELらを手掛けるプロデューサーTaka Perry シドニーから東京へキャリアの歩みと日本の音楽の魅力

Interview & Text:Sakika Kumagai
Photo:興梠真穂
エンタテインメント業界で、海外を拠点に活躍している方や日本の音楽を世界へ発信している方たちをインタビューする連載企画『Unbound Japan』。今回は、音楽プロデューサーのTaka Perryが登場。アメリカ人の父と日本人の母のもと、オーストラリアで生まれ育ち、現地でプロデューサーとしてキャリアを積んだ後、日本へと活動の幅を広げ、SIRUPやMAZZELなど国内アーティストの楽曲も数多く手掛けている。2024年には、プロデュースに携わったグローバルガールズグループKATSEYEの「Touch」が大ヒットを記録した。そんな彼に、これまでのキャリアや自身の制作について、また、オーストラリアで生まれ洋楽カルチャーの中で育った彼の目に、日本の音楽はどう映っているのか、話を聞いた。
オーストラリアから日本へ拠点を移すまで
――キャリアの出発はご出身のオーストラリアなんですね。
Taka Perry:生まれも育ちもオーストラリアのキャンベラで、高校までずっと住んでいました。キャンベラは首都なんですけど、割と人口は少ないんです。僕は高校時代からずっと音楽をやりたいって思っていたんですけど、オーストラリアで音楽がやりたい人は、シドニーかメルボルンに行く人がほとんどで。僕も高校を卒業してシドニーに引っ越して、そこからずっとオーストラリアで音楽活動をしていました。そのときは特に日本で活動したいとは考えていなくて、アメリカやイギリスに行きたいと思いつつ、シドニーで9年くらい活動していました。
――音楽制作に興味を持ち始めたのはいつ頃からでしたか?
Taka Perry:小学校からクラリネットを吹いてたんですけど、中学生の頃にロックスターに憧れて、独学でギターを習い始めました。そこから楽器を習うのが好きになって、ベースを触り始めたり、ピアノを弾き始めたり、中学校時代にはいろんな友達とバンドを組んで、レッチリとかニルバーナのカバーをしていて。バンドの曲や自分の曲をどうにかレコーディングしてみたいという気持ちが出てきて、12歳の誕生日プレゼントには、親からDAW(パソコンを使って作曲や録音、編集、ミックスなどを行うためのソフトウェア)を買ってもらい、レコーディングプロダクションや作曲にも興味を持ち始めました。その頃からバンドをやるよりも、裏で制作してる方への憧れが強くなっていましたね。
――プレイヤーとしても楽しさは感じつつ、作る側にはより興味があったんですね。
Taka Perry:そうですね。もともと楽器を弾いていた前提で制作を始めたので、今でも作ってる楽曲は楽器が多めだったり、生楽器を重要にしている曲が多いです。
――学生の頃は洋楽を聞いていたとのことですが、どのタイミングで日本の音楽にも興味を持ち始めたんですか?
Taka Perry:僕が中学生の頃、妹がすごくジャニーズのグループにはまっていたんです。日々、家の中では嵐やHey! Say! JUMPが流れていて。
――オーストラリアの家庭で、珍しいですね。
Taka Perry:そうなんですよ。家にいれば隣の部屋から聞こえてくるという程度でしたが、日本にはこういう音楽があるんだなって子供の頃から思っていて。高校生ごろから自分でも日本の音楽をディグり始めて、最初はONE OK ROCKやアジカンなどのJ-ROCKを聞いていました。
――日本へ活動の拠点を広げたのはいつ頃でしょうか?
Taka Perry:本格的に日本で音楽活動を始めたいと考え始めたのは2019~20年ごろのちょうどコロナが起きる直前ぐらいです。その時点でオーストラリアではプロデューサーとして 4~5年キャリアを積んでいて、結果も出てきていたんですが、オーストラリアは業界の規模に上限があるので、キャリアがある程度進むと、LAやロンドン、最近だったら韓国に拠点を移す人が多いんです。僕は日本語が話せるし、日本の文化も意識しているのに、いまだに日本の音楽シーンに触れてないのはもったいないと感じ始めて。
その時期は、JP THE WAVY、WILYWNKAなどヒップホップに憧れがあって、ヒップホップのビートメーカーを目指したいという気持ちで、日本でセッションを始めていきました。そこから年に3~4回ぐらい日本に来て、いろいろなアーティストに「今度日本に行くので、ぜひセッションやりたいです」みたいな感じのDMを送って。毎回3~4週間ぐらいの日程で日本に来てセッションして、オーストラリアに戻って、オーストラリアの楽曲を作る。そんな日々の繰り返しをしているうちに、オーストラリアより日本の案件の方が多くなってきたんです。キャリア的にも個人的にも日本に住みたかったですし、日本に拠点を移した方が長期的にも時間を有効に使えるかなと思って、去年引っ越しました。
――先ほど、アーティストに自らDMを送っていたとおっしゃってましたが、レスポンスはくるものなのですか?
Taka Perry:アーティストにもよりますが、結構多いですね。海外だと積極的なネットワーキングはもっと多いイメージですが、おそらく日本は文化的にも自分から何か送ることが少ないからか、だからこそ、DMを送るというのも新鮮に感じられたのかなと思います。僕としても返事が来なくても全然いいんです。送ってみて20%の確率で返ってくるとして、ゼロよりはいいから。オーストリアにいる間もいろんな日本のアーティストにDMを送って、関係値の種蒔きをして、日本に来てその種を育てる、みたいな。DMを送って、セッションをして、それがリリースに繋がるという流れが一番多いですね。
――DMでのメッセージからビジネスに繋げるのは難しくなかったですか?
Taka Perry:音楽業界って人間関係を中心にしていて、タイミング次第で仕事に繋がるということが多いと思います。だからアーティストとのファーストコンタクトではすぐに仕事に持っていく必要はないと思っていて。DMを送ってから、2年後に初めてセッションをすることもあったり、忘れたころに繋がるような縁もありましたね。
――オーストラリアで洋楽シーンの中で活動してから日本の音楽シーンに飛び込んでみたときに、苦労したことはありましたか?
Taka Perry:日本で音楽を始めたいと思った時点では、オーストラリアではプロデューサーの名義で結果も出ていたり経歴もありました。例えば、それをアメリカに持っていくとしたら、両方とも洋楽ですし英語圏なので、ある程度は通じるんです。でも日本に来たときに、それが日本のアーティストや業界の方に伝わらないことが多かったので、今まで積んできたキャリアを、日本に来て事務所や出版社なしでまた1から積み上げるというのが一番苦労しましたね。もちろん制作や作曲などのノウハウはもうすでにあったんですけど、ほかはゼロから作り直さなくてはいけなかったので、最初は苦労しました。
――そんな苦労もありつつ、英語と日本語のどちらもできるのは、やっぱり強みになりますよね。
Taka Perry:そうですね。オーストラリアにいた時は、日本語が話せても「へーすごいね」程度だったんですが(笑)。本当に、日本に来て初めてバイリンガルということが仕事に繋がるし、日本のアーティストと海外のアーティストがコラボしたときには両者を繋げるスキルになるんだと実感しました。ただ、バイリンガルプロデューサーですごい人というよりは、プロデューサーとして認められたいので、バイリンガルというのはおまけみたいな感じで考えてますね。
転換点になった1曲は?
――今までプロデュースされた楽曲のお話しも聞きたいのですが、2018年6月にリリースされたオーストラリア出身アーティスト・Ruelの「Younger」は、オーストラリアの音楽賞【ARIAミュージック・アワード】にてBreakthrough Artist賞を受賞、オーストラリアレコード産業協会(ARIA)からマルチ・プラチ認定を受けています。この楽曲にはどのような経緯でプロデュースに携わったのでしょうか?
Taka Perry:Ruelのプロデューサーを長年つとめているM-Phazesという方がいて、彼とはコライトキャンプで1回会って、それ以来、定期的に僕からデモやプレイリストを送っていました。彼がRuelのEPの制作をしているタイミングで、「よかったら 2日間ぐらいスタジオに来て一緒にいろいろ作らない?」という誘いが来て。当時、18,19歳ぐらいだったんですけど、僕と彼でシドニーの街中のスタジオにこもりました。結局その2日間で何が活用されたのか分からなかったのですが、後から「この曲とこの曲のTakaのパーツを使うことにしたよ」と言われて、それが「Younger」ともう一つの「Not Thinkin' Bout You」という曲です。リリースされて、そこからチャートにも入り始めて。僕が20歳の時に「Younger」がマルチプラチナ認定されました。
Ruel - Younger (Official Video)
――そして、KATSEYEの「Touch」。この曲は世界中で大ヒットを記録しましたが、ご自身でも曲が世界中で広がった感覚はありましたか?
Taka Perry:ありましたね。もともと僕がNewJeansのファンで、NewJeansっぽい曲を作りたくて友達のソングライターとシドニーでセッションをしていたんです。その中の1曲が「Touch」のデモ版でした。それを友達がカシミア・キャットというプロデューサーに送ったら彼も気に入ってくれて。彼とHYBEの社長が知り合いなのでHYBEの社長さんに聞かせてくれて、そしたら社長さんも気に入ってくれて。「今デビュー前のKATSEYEっていうグループがあるから、その代表曲として使いたい」と言われたのですが、デビュー前だからどういう規模でリリースされるかも、その時はわかりませんでした。だから曲がリリースされて、いろいろな国でバズり始めるまでは、全然予測はついてなくて、本当にリアルタイムで「今日世界のグループで一番再生回数が多い!」とか、毎日SNSで見ていました。
▲KATSEYE (캣츠아이) "Touch" Official MV
――人とのつながりが生んだ大ヒットだったんですね。そういったK-POPなどの案件も多いですか?
Taka Perry:定期的に韓国でも制作はやっています。それこそKATSEYEの「Touch」がリリースされた直後は韓国も日本と同じぐらいセッションしに行ってました。リリースに繋がったものもあるのですが、韓国はほぼ全部コンペで。しかもK-POPはが規模がグローバルに拡大しているので、韓国人のプロデューサーやソングライターだけじゃなく、アメリカ人、イギリス人、スウェーデン人など、日々ソウルでセッションをしている感じだと思います。
――今おっしゃった韓国やオーストラリアなどの日本以外で活動されるときに、国ごとに意識的に自分のアプローチを変えたりすることはありますか?
Taka Perry:国でもあるし、各アーティストごとにもありますね。まず大きいのは、海外のアーティストやソングライターは基本的に日本人よりはコライトセッションに慣れています。海外は全ての曲がコライトから作られるみたいなイメージがあって、逆に依頼性で曲を作ることはないですね。だから海外のアーティストだと今日作った曲が〇月のシングルになるみたいなプレッシャーはなくて、ただ集まって作ろうみたいなマインドです。アメリカだとアルバム制作となると、とりあえずプロデューサーやライターが5,60曲ぐらいデモを作って、最終的に10曲に絞っていくというやり方が圧倒的に多いんです。日本だと、目的があって、サウンドや方向性ももう事前に決まっているとか、リリースにちゃんと持っていけるような曲にする前提でセッションをします。制作側からしたら、セッションをしたらリリースされて、自分の努力がちゃんと成果に繋がるのでありがたいですね。
――最近は日本のアーティストもグローバル意識が強くなっていますが、海外市場を意識した要素みたいなものも考えますか?
Taka Perry:どうですかね…日本のアーティストがグローバル化しすぎて、日本の音楽の独特さが消えてくるのも心配には思います。特にK-POPがグローバル化してますが、K-POPのアイデンティティってまだ残ってるのかなとも少し思うんです。意識してやっているわけではないですが、自分的に納得できる割合で、日本っぽさを保ちつつ海外のリスナーも消化できるような音楽にしています。
――その“日本っぽさ”はどういう部分にあると思いますか?
Taka Perry:物理的に言うと情報量が多いとかサビが転調するとかですね。邦楽は歌詞が強いと思います。海外だったら、1番のサビと2番のサビで歌詞が変わるって、まずありえないんですよ。あとはラスサビだけ転調するとか。邦楽は複雑なんですよね。それはアイデンティティの一部だから良いことだと思います。
――日本のアーティストがグローバルに出ていくために必要なことはなんだと思いますか?英語で歌わなきゃいけないという意見もあったりもしますよね。
Taka Perry:英語で歌う必要はないと思いますが、英語が喋れないと多分どこかで壁にぶつかると思います。ネットワーキングの視点からも、いくらマネジメント同士で進めることができても、本人が他のアーティストと接することができないとそこで止まっちゃう。逆にサウンドを曲げる必要はないと思います。
――これまで手がけた曲の中で、ご自身にとって一番の転換点になった1曲は何ですか?
Taka Perry:「Touch」もちろんですけど、その後にMAZZELというグループと初めて一緒に制作した「J.O.K.E.R.」ですかね。もともとSKY-HIさんの曲を作るために一緒にセッションをやっていて、そのセッションの終わりに僕が彼にビートをLINEで送ったら、その中の1曲をすごく気に入ってくれて。ボイスメモで「MAZZELの曲にしたい」という返事が戻ってきました。それまでは日本のアイドルグループの曲をやったことなかったので、グループのレコーディングのディレクションに入うなどの制作も刺激的で。「J.O.K.E.R.」に携わって以来、日本でもグループの案件が増えてきたり、J-POPに触れる機会が増えました。
▲MAZZEL / J.O.K.E.R. -Music Video-
――アーティストの方だとリリースされた時やライブの時に手応えを感じる方が多い印象ですが、プロデューサーだとどの部分で一番手応えを感じるんですか?
Taka Perry:でも、同じかもしれないですね。友達のライブに行って、別に自分はステージに立ってないんですけど、そこで観客が1年前に僕のスタジオで作った歌詞を歌ってる姿を見ると感動します。もちろんチャートや再生回数も見てるのも面白いんですけど、やっぱり対面で、ファンが目の前にいるところで歌ってるのを見るのとは全然違いますね。
――この連載は世界を目指している方にぜひ前向きな気持ちで読んでほしいとも思っているんですが、これから海外で挑戦したいと思っている方に何かアドバイスするとしたらなんて言いますか?
Taka Perry:とりあえず、海外で挑戦したいなら、挑戦したい現地に行くのは本当に大切だと思います。今の時代、SNSでもいろいろ関係は作れるんですけど、LAでやりたいならLAに行ってそこでコネクションを作るとか。音楽プロデュースでいうと、今だと遠隔でも色々コラボレーションが完全にできる時代ですが、やっぱり対面で表情を見ながらする方がクリエイティブな魂がある曲ができると思います。いろんな場所に行って、いろんな人と接して曲を作ることが大切ですね。
――これから挑戦したいことはありますか?
Taka Perry:日本の音楽シーンをもっとグローバルステージに持っていけるところで活躍できたら、すごく嬉しいです。バイリンガルで日本を拠点に活動しているプロデューサーでいうと少ないと思うので、海外と日本のコラボレーションだったり海外のアーティストに日本の音楽を紹介したりする場面で、僕の独特な武器を生かせたらと思います。


























