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<インタビュー>Nolzyが届ける“誰かの生活に寄り添える言葉”――ニューシングル「fit感」とは

インタビューバナー

Interview & Text:三宅正一
Photo:林直幸


 R&Bやネオソウル、ヒップホップに90年代のJ-POPのフィーリングをミックスしたサウンドで注目を集める音楽クリエイター、Nolzy(ノルジー)。昨年11月にリリースした1stフルアルバム『THE SUPREME REPLAY』を経て制作された最新シングル「fit感」は、彼にとって特別な1曲となった。いわゆる“勝負曲”とも言い換えることができる。令和の空気にしなやかに接続しながら、現代の“生きづらさ”を軽やかにすくい上げたこのファンクチューンには、音楽家としての覚悟、時代へのカウンター、そして仲間との共創が凝縮されている。そしてこの「fit感」は、7月13日に開催される初のワンマンライブ【Nolzy ONE MAN LIVE 2025 “fit感”】へひとつのストーリーとして昇華されていく。

「ギリギリの状況でようやく掴み取った確信のような曲」

――「fit感」はどのような経緯で生まれましたか?

Nolzy:この曲は、僕にとって“背水の陣”とも言えるタイミングで生まれた一曲でした。昨年アルバム『THE SUPREME REPLAY』を出して、そこから未来への活動を見据えたときに「絶対に届く曲を出そう」と自分のなかで決意していたんです。最初はいわゆる“バズ”を狙って、今のトレンドに寄せたデモを5曲ほど作ったんですけど、どれも自分の中ではピンと来なかった。分析して作った音楽だから、確かに完成度はある。でも、どうしても“自分の血”みたいなものが通ってない気がしたんです。

 そんな中で、今年2月にODD Foot Worksと紫今さんを迎えて開催した自主企画イベント【Nolzy pre. FAV SPACE_】でのライブを挟んだことが大きかった。アンコールで未発表の新曲「Romantic Dancer」を披露したんですけど、共演したアーティストたちや観てくれた人たちの反応を目の当たりにして、「あ、これが“フィット”なんだ」と実感したんです。その言葉がそのまま「fit感」っていうキーワードに繋がって、締切の3日前に急遽ゼロから曲作りを始めて、2日間で完成させました。



「fit感」ミュージック・ビデオ


――衝動的にまっさらな新曲に着手した。

Nolzy:本当にそうでした。あのときは「新しい曲を書けなかったら、『Romantic Dancer』でいくしかないな」と思っていたからこそ、最後に出てきた「fit感」には、運命的な意味合いを感じて。ギリギリの状況でようやく掴み取った確信のような曲になりました。


――音楽家としての意地と、根底にある自分の表現欲求、その両方に正直になれた曲といえるかもしれない。サウンドプロダクションもリリックもNolzyの核をブラッシュアップしたような感触がある。

Nolzy:自分でもそう思います。僕は3年前に「Outsider」という曲をリリースして、今でもライブで欠かしたことのない楽曲なんですが、当時の自分の感覚を正直に吐露した分、今思うと、歌詞表現として直接的すぎたという反省があるんです。「世の中に馴染めない」という実感をそのままアウトサイダーと表現してしまうと、聴き手を選びすぎるなって。もっと比喩的に、もっと誰かの生活に寄り添える言葉はないか──そう考えたときに出てきたのが「fit感」だったんです。自分自身を含め、多くの人が「何を着たって迷う」「いいねだけで決まる自分じゃない」というモヤモヤを抱えていると思うんです。SNSの時代、承認欲求が肥大化する一方で、誰かにフィットしようとすればするほど、自分から遠ざかってしまう。でも、「fit感」って、他人と比べて得られるものじゃないし、いつだって自分のなかにある感覚なんですよね。そのことに気づいたときに、やっとこの曲の輪郭がはっきりしてきました。



――音楽的には、ヒップホップ的なサウンドプロダクションの構造のなかで得意のミネアポリス・サウンドやニュージャックスウィングの用土を、往年のSMAPのシングル曲ばりにJ-POPとして昇華していますね。

Nolzy:今まではジャンルの再現性にこだわりすぎる傾向がありました。たとえば前作『THE SUPREME REPLAY』では、ニュージャックスウィングやミネアポリス・ファンクといった音楽的言語をいかに忠実に再現するかという視点で制作していたんですが、結果的にそれが様式美に縛られてしまったという反省もあって。

 今回の「fit感」では、その反省を踏まえて、ジャンルを引用するというより再構築するという視点を重視しています。プリンス的なミニマルな構成、クラビネットやベースラインの動きはファンクの文脈を踏まえつつ、それをサンプリング的な発想で分解・再編集することで、ヒップホップ的なグルーヴ感や現代的なコンパクトさを獲得していくという。自分のルーツを尊重しながら、いかに今の響きに着地させるかを突き詰めた結果、2分半というタイトな尺でも展開のある曲ができたんだと思っています。


――ルーツを昇華するという手つきに、ポップミュージックとしてのすごみを自分はあきらめないんだ、という意思表示を感じるんですね。

Nolzy:そういう意識はありますね。たとえば星野源さんの音楽は、ポップでありながら構造的にも非常に精緻で、毒や風刺を内包しながらそれを優しく包み込む表現力がある。あとは、岡村ちゃん(岡村靖幸)にしても、スガシカオさんにしてもファンクをあそこまで日本語の文脈で昇華した先駆け的存在で、音楽と身体性のバランス感覚が抜群だと思っていて。自分もその系譜に連なる存在でありたいという意識は常にありますね。

 制作時期には林田健司さんの音楽をよく聴いていました。SMAPに「$10」や「青いイナズマ」などを提供した方なんですけど、ソロ名義での作品がめちゃくちゃ本格派で。逆に言えば、そのままだと“大衆性”からちょっとズレてしまうくらい完成度が高い。そういった楽曲にSMAPという存在が声を乗せることで、ポップスとして昇華していた。その構造がやっぱりすごく面白くて。だから、僕自身もジャンルを再現することに囚われすぎていた時期があったけど、でも今回は、ファンクやヒップホップ、J-POPの旨味をヒップホップ的にサンプリングして再編集する感覚で作ったんですね。だからこそ、自分の中でもこれまでで一番自由に音を扱えたと思います。




――参加ミュージシャンとの制作プロセスにも変化があったそうですね。アレンジ面の工夫やミックス作業の視点からも聞かせてください。

Nolzy:レコーディングにはMEMEMIONのメンバーたちに参加してもらっているんですけど、各メンバーの家を回って宅録でプリプロをやってから、スタジオに入るという、かなり丁寧なプロセスを踏みました。特に鍵盤のハナブサユウキさんとのやりとりは印象深いです。ベースラインの修正やブレイクのタイミング、プラグインの選び方まで、細部にわたって一緒に詰めていった。共同アレンジという形でクレジットしたのも、そういうプロセスがあったからこそです。


――サポートメンバーを文字通りひとつのバンドとして迎えているのが強みになってますよね。MEMEMIONとのセッションの中で、特に“化学反応”が起きた瞬間や、音楽的に刺激を受けたエピソードはありますか?

Nolzy:もともと僕のファーストアルバムからミックスをお願いしていたエンジニア、Kei Shiraishiさんとのご縁で、MEMEMIONのボーカル・坂本遥さんたちと繋がって。そこで「まるっとバンドをアサインしてみよう」っていう話になったんです。演奏力はもちろん、彼らはまだ広く世間に知られてない自覚をいい意味で持っていて。そこも僕自身の飢えや焦燥感とすごくフィットした。そういう目線を共有できる仲間と作れたのが、今回の最大の収穫だったかもしれません。


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「自分の生活の中で『フィットする感覚』」


――7月13日に開催されるワンマンライブ【Nolzy ONE MAN LIVE 2025 “fit感”】についても聞かせてください。

Nolzy:この5年間、Nolzyとして積み上げてきたすべてをひとつの物語として提示するライブにしたいと思っています。初期の一人で家にこもってDAWで打ち込んでいた暗いトーンの楽曲から、MEMEMIONと作った今の「fit感」まで──音楽性も、制作方法も、すべてが変化してきました。その軌跡を、ライブという場で追体験してもらいたいんです。

 この日は、これまでライブで披露してこなかった初期曲も含めて演奏するつもりです。「結局何がやりたいの?」と問われ続けたNolzyの軌道が、ようやく「fit感」という言葉で一本に繋がった。そんな感覚を、ステージ上から真っ直ぐ伝えられる日になると思っています。MEMEMIONの演奏メンバーを迎えて、バンドサウンドで一貫した構成を行うのは初の試みです。ライブは、単なるベストヒット的な内容ではなく、今この場所でしか鳴らせない音をストーリーとして組み立てていく予定です。過去と現在、そして“これから”を繋ぐ記念碑的な一夜になると自負しています。この日のライブはNolzyが何者なのかを定義する日になるかもしれないと思ってます。



――最後に、「fit感」という曲が、リスナーにどのように届いてほしいと願ってますか?

Nolzy:僕は音楽に救われた経験がある人間です。だから、自分が作った音楽で誰かの“フィットしない日常”に寄り添えたら嬉しい。たとえば、音楽をやったことがないけれど、本当はものすごい才能を秘めているような人にもこの曲が届いてほしいと思ってるんです。自分の生活の中で「フィットする感覚」が見つからない人の、何か小さなきっかけになったらいいなって。

 実際、自分自身がかつてそうだったからこそ、音楽を作ることができるようになった今、それはある種の使命のような気もしていて。この曲は、覚悟を決めた先で完成した曲でもあるし、それゆえに、どんな状況にいてもやっていけるという自信をくれた作品でもあるんです。

 さらに言えば、この「fit感」という曲が入り口になって、ライブハウスやクラブに足を運んでくれるようになったら、なお嬉しいですね。でもそれは強制じゃなくて、最初の出会いがリビングでも通勤電車の中でもいい。フロアって、実は場所じゃなくて状態だと思うんです。どんな空間も、音楽があればそこが自分にとってのフロアになる。そのことを、僕の音楽を通して実感してもらえたら幸せです。

 そのきっかけとして、この曲が誰かにとっての背中を押す一曲になれば、音楽家としてこんなに幸せなことはないですね。


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