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<わたしたちと音楽 Vol. 57>林家つる子 伝統を次の世代へ、女性落語家が見据える今と未来

インタビューバナー

 米ビルボードが、2007年から主催する【ビルボード・ウィメン・イン・ミュージック(WIM)】。音楽業界に多大に貢献し、その活動を通じて女性たちをエンパワーメントしたアーティストを毎年<ウーマン・オブ・ザ・イヤー>として表彰してきた。Billboard JAPANでは、2022年より、独自の観点から“音楽業界における女性”をフィーチャーした企画を発足し、その一環として女性たちにフォーカスしたインタビュー連載『わたしたちと音楽』を展開している。

 今回のゲストは、YouTubeや女子会落語などさまざまなアプローチで落語の可能性を広げ続ける落語家、林家つる子。伝統芸能の世界に飛び込み、女性として歩んできたこれまでの道のり、古典と現代をつなぐ視点、そして“女性だからこそできる噺”への挑戦について、たっぷりと話を伺った。(Interview & Text:Rio Hirai[SOW SWEET PUBLISHING]|Photo:Mizuho Takamura)

江戸時代から変わらない笑いに
ロマンを感じて

――まず、落語に興味を持ったきっかけ、落語家を志した理由を教えてください。

林家つる子:高校生の頃までは、まったく落語を知らなかったんです。「家族が聞いてたんじゃないの?」とよく言われるんですけど、そんなこともなくて。高校時代は演劇部で、表現するのが好きだったのですが、落語には出会っていませんでした。大学に入って、落語研究会の先輩たちが突然漫才を始めて勧誘されて、半ば無理やり説明ブースに連れて行かれたんです。「コントとか漫才をやってるから」と言われて、興味を持って行ってみたら落語しかしてなくて(笑)。

 でも、そこで見た先輩の落語が本当に面白くて、着物を着た10、20代の先輩たちが古典落語を堂々とやっていたんです。すごくバカバカしくて笑える噺もあれば、人情噺もあって。江戸時代から人の気持ちって変わってないんだって思えて、ロマンを感じました。登場人物もどこか不器用で、でもそれを笑いに変えて、心に寄り添ってくれる感じがあって。そこからのめり込んでいきました。


――そのとき、落語研究会には女性の先輩もいたんですか?

つる子:1人もいなかったです。男性ばかりで、各学年に4、5人ずつ、20人弱くらい。女子高出身だったので、いきなり男子校に入ったみたいな感覚でした。でも、同じ学年にもう1人「入ってみようかな」と言ってくれた女の子がいて。彼女がいたことで救われました。今も親友なんです。


女性落語家として、
伝統の中で挑戦し続ける

――女性が中心の社会ではない落語の世界で、壁に感じたことや変化を感じる場面はありましたか?

つる子:落語の主人公って、江戸っ子の八つぁんや熊さん、ご隠居さんとか、男性がほとんどなんですよね。長い歴史の中で男性が作ってきた芸能ですから、やっぱり「女性の落語家は聞きたくない」というお客さんがいらっしゃるのも事実です。師匠にも「女の子にどう教えていいかわからない」と言われたこともあります。でも、悔しさはありつつ、それを乗り越えて、それすら感じさせない噺ができるようになろうと逆に自分の気持ちが鼓舞されました。今は女性の噺家も増えていて、それぞれが工夫をしている。ある意味まだ“正解がない”からこそ、女性のほうがいろんな可能性を秘めてるんじゃないかなと思っています。古典をストレートにやってる方もいれば、斬新な切り口を見せる方もいて。それが逆にお客さんの楽しみになっているんじゃないかなと。


――女性の落語家が増えてきた背景には、どんな社会の変化があると思いますか?

つる子:やっぱり女性が社会で活躍するのが当たり前になってきたというのが大きいと思います。落語は“伝統芸能”と言われてますけど、実はすごく時代に寄り添って変化してきた芸能だと思うんです。だから、女性の噺家が現れるのも自然な流れなんだと思っています。


伝統と現代をつなぐ工夫
時代に合わせて変化する噺

――落語をもっと身近に感じてもらうための工夫として、取り組んでいることはありますか?

つる子:とにかく間口を広げるという意味で、YouTubeやSNSを活用しています。落語に関係ない動画も上げていて、『鬼滅の刃』を語る回や、「ただ何かを食べているだけ」の動画もあったり(笑)。私が大好きな氣志團の「One Night Carnival」に、古典落語の演目の一つ『芝浜』の歌詞をのせて替え歌にして、プロモ風に撮影したりもしました。あれで『芝浜』を知った方が実際に寄席に来てくれたりして、本当に嬉しかったですね。あとは“女子会落語”という企画もしていて、演者もお客さんも女性だけ。共感できる話題で空間が華やかになるし、ちょっと行ってみようかなっていうきっかけ作りになればと思ってます。


――古典落語に含まれる価値観の中には、現代では見直すべき部分もあると思いますが、どう対応されていますか?

つる子:そうですね、現代の感覚で「これはちょっと」という噺も正直あります。でも、今の師匠方はとても柔軟で、構成や言い回しを工夫して演じている方が多いです。例えば『柳田格之進』という噺では、娘が父のために吉原に売られるという展開があるんですが、そうした点も、それぞれの師匠方が工夫して現代に伝わる形に変えていっています。守るところは守って、でも伝える方法は柔軟に変えていく。それが落語の面白さでもあると思っています。


女性だからこその噺を求めて
未来を見据えた挑戦

――若い女性たちに向けて、落語の世界に飛び込むことへのメッセージをお願いします。

つる子:怖がらずに、まず挑戦してみてほしいです。私の師匠が「女性の噺家にしかできない噺もあると思う。いろんな挑戦をしてみてほしい」と言ってくださって、それがすごく励みになったんです。だから今は、古典落語の中で脇役だったおかみさんや花魁を主人公にした噺にも挑戦しています。新しい切り口を持つことで、見えなかった景色が見えるようになったし、それがまた次の表現につながっている気がします。性別によって得したり損したりすることはもちろんあると思う。でも、それを否定せずに、自分が女性であることを活かして、できることをやっていければいい。そう思っています。


――これから挑戦してみたいこと、そして業界全体に望む未来像について教えてください。

つる子:新しいことに挑戦するとき、絶対に賛否はつきものなんですよね。いろんな意見があるけど、それを怖がらずに挑戦していく。そして、そういう挑戦を受け止める寛容な心がもっと育っていけば、落語界も、社会全体ももっと自由で楽しい場所になると思うんです。“間違い”と切り捨てるんじゃなくて、「あ、そんなのもあるんだ」と受け入れていける空気を育てていきたいですね。それが落語の本質でもある気がしています。




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