今年12月21日にメジャーデビュー30周年を迎えるゴスペラーズ。 そのキャリアの中でも大きな刺激になったのが、初のフルオーケストラコンサート【billboard classics The Gospellers Premium Symphonic Concert 2022】だ。 進化を続けてきた“5人の音楽”が、60人のフルオーケストラと、指揮者･田中祐子との緻密かつ自由なセッションから生まれた化学反応によって、さらに進化。 “その先”のゴスペラーズを感じたファンも多かったはずだ。その大きな反響が5人を音楽の更なる探求の旅へといざなった。 それが2度目のフルオーケストラコンサート【billboard classics The Gospellers Premium Symphonic Concert 2024】だ。 4月15日の東京･八王子公演を皮切りに全国で6公演を行い、全公演の指揮を前公演と同じく田中祐子が担当する。 ゴスペラーズとの軽妙な掛け合いやミニクラシック講座などでファンを楽しませ、メンバー、ファンからも“ゆうこりん”として愛される存在だ。

　前回、ムソルグスキー『展覧会の絵』を大胆に引用したオリジナルの組曲「展覧会のゴスペラーズ」を披露するなど、ゴスペラーズ×オーケストラの可能性を追求し、新しいものを作り上げた。

　そして今回──田中祐子と各地のオーケストラと、どんな“響き愛”を感じさせ、聴かせてくれるのだろうか。このコンサートの中心人物の北山陽一と田中祐子にメールでインタビューした。 （Interview & Text：田中久勝）

そこにしかない「ゴスペラーズ音楽とクラシック音楽の間のなにか」

── まずは前回の公演を振り返ってみて、改めてどんなコンサート、時間だったのかを聞かせてください。

北山：僕らは同じ5人で30年近くアンサンブルを磨いてきて、それなりにわかったつもりになって、それなりに疑問を蓄積していました。 そんな時70人規模（ゴスペラーズ＋ゆうこりん＋オーケストラ）のアンサンブルを複数回、各地のオーケストラと経験したことは、僕にとって、僕らにとってこの上ない学びとさらなる疑問をもたらしてくれました。 それは音楽の成立条件って何？同時って何？音を重ねるってどんなことか？——どんどん楽しくなっていきました。

田中：ゴスペラーズという国民的存在のヴォーカリスト集団の「丸裸の状態」を知ることができた贅沢なツアーでした。 オーケストラは最も大きな器楽奏者集団で、指揮者もオペラ歌手もオーケストラを相手にすれば、誰もが取り繕えない状態になります。 皆さんと一堂に会したのがオーケストラと共に行ったリハーサルだったので、一瞬でどんな方なのか音楽を通して感じ合えました。 でも、そこからツアーを通して、オーケストラを知ろうとしてくださる探究心や、ファンの皆さんにもっとオーケストラを知ってほしいという想いは、私の想像を遥かに超え、「温かさ」と「教養」と「知性」、そして「愛情」が宿った5人でした。

── お客さんからの再演を期待する声も多く、第2回目が実現しました。今回はどんなコンサートになりそうでしょうか？

北山：2022年の経験を活かして、もう一度同じアレンジ、同じ指揮者で挑むもの。2022年のコンセプトを引き継ぎ、新しい側面からゴスペラーズを楽しんでもらうもの。 そして2022年ではできなかった挑戦。この3つが更に“次”に向かうための2024年の構想です。少しネタ明かしをすると、ゆうこりんの強めの提案（笑）もあり、アップテンポの比率が増えています。本当に楽しみです。 そして、編曲をまとめてくださっている山下康介先生との熱い打ち合わせを経て、ゴスペラーズを題材に本当の意味で「オーケストラならではの」音を創り出すことができると感じています。 豪華なだけじゃない、なにかの置き換えでもない、そこにしかない「ゴスペラーズ音楽とクラシック音楽の間のなにか」を作り出そうと全員でもがきますので、ぜひそこを感じていただきたいです。

田中：ゴスペラーズさんらしさが全開になるよう、オケがその相乗効果になれば……今はそこだけは強く思っています。 ゴスペラーズさんの30周年という記念すべき時にご一緒させていただけるのは、大変光栄で同時に重責です。華を添えられるように、わたくしも遠慮せず皆さんにオープンマインドで前回以上にはじけたいと思っています。暴走したら止めてください（笑）。

北山：20周年のツアー中に「あ、ゴスペラーズってこんなことができるようになるんだ」という大きな進化を感じました。遠くに感じていた課題がある日突然ほどけるように解決して、見えていなかった課題が不意に現れる。それは心揺さぶられる瞬間でした。 もし、そんなことがこの節目に頂いた最高の機会でまた実現したら……それはちょっと出来過ぎで怖いので、ただただ、そこでしか味わえない大人数音楽の醍醐味をみんなで味わいたいと思います。

指揮・田中祐子からみたメンバー5人のそれぞれの魅力

── 田中さんはゴスペラーズとの軽妙な掛け合いやミニクラシック講座などでファンを楽しませ、クラシックコンサートと音楽をより身近なものにしてくれました。

田中：最初にメンバーの皆さんから「オーケストラを単なるBGMにしたくない、お客様にどういうものか知ってほしいし、自分たちも知らないのでトークコーナーで教えてほしい」と言われた時が、私が彼らに惚れてしまった瞬間でした（笑）。 スターでありながら勉強家であり、お客様と共に舞台上のみんなでパフォーマンスしたいと仲間に入れていただいた気がして、本当に嬉しかったです。

── 田中さんはゴスペラーズのことを「5人がオーケストラそのもの」とおっしゃっていました。前回6公演を行ない、メンバーそれぞれの音楽的な役割を含めたアーティストとしての魅力を教えてください。

田中：村上さんは日本人離れしたリズム感や声、呼吸や背中でオーケストラまで牽引する名実ともに圧倒的リーダーですね。 もちろん大事な部分では言葉でチーム全体を巻き込んでいくのですが、本当に大切なことは背中で語る（笑）。指揮者として、ものすごく多くのことを学ばせていただきました。 でも実はとても繊細で、そういうところが皆さんの信頼を得ている所以だと思いました。 黒沢さんは、クラシック界でいうとまさにテノール歌手のキャラクターそのもの！　センターが似合い、ご自身の声でホール全体の時間を左右できる、音楽のベクトルを一瞬でガラリと変えられる方です。 黒沢さんの歌は、ご自身のブレスがとってもはっきりしているので、圧倒的“要”なんです。普段の佇まいもテノール歌手の稽古場にいる様子と類似点多々です！　そして酒井さんは、大変音楽力の高い方だと思いました。 透明感のある声も唯一無二。オケの細部とゴスペラーズ全員の声も聴きながら、ご自身が今どのようなニュアンスのパーツで存在し歌唱するべきなのかを、頭脳と感性の絶妙なバランスで把握し確実にその役割を全うします。 だからといって人に合わせているかと言えばそうではなく、ご自身の中に確固たる信念を感じる、芸術肌な方だと思います。酒井さん作曲の作品はとてもオシャレです。 安岡さんは、本当にどんな時でも笑顔で明るくとても華やかで元気なムードメーカーでいらっしゃいますが、実はご自身が目立つことよりも周囲を立て、気配りをしてくださる方。 硬軟を感じさせるその奥行きが、歌詞の切なさや哀愁、奥行きや世界観に繋がって、歌に華やかさと憂いが共存するのだと思います。とても魅力的です。

──そしてこのコンサートの中心人物というべき北山さんは、田中さんとインスタライヴ等など含め、密にコミュニケーションを取り、オーケストラとの皆さんとも積極的に会話し、コンサートの本質を内にも外にも発信してきました。 北山さんには特に濃いコメントをお願いします（笑）。

田中：北山さんはコンサートツアーでは半分プロデューサーのような印象でしたが（笑）、やはり音楽家であり研究者タイプ。 クラシック音楽に精通なさっているのは勿論ですが、オーケストラそのものにも詳しく耳が研ぎ澄まされた方です。今この現象はどうしてこうなっているのか、何が原因でこうなっていくのかの原因究明が大好きな方。 それをメンバーやオーケストラにも穏やかに伝えながらビジョンを示していくその姿は圧巻でした。アンサンブルという定義そのものを、哲学的に物理的に感覚的に謎解こうとしながら、実は人間そのものが大好きなお方だと思いました。 ベースラインを巧みに歌っている時の美声も素敵ですが、旋律を誠実に歌われていた横顔が印象的でした。話し出すと本当に止まらないので、前回京都から博多までの新幹線の中で話しっぱなしで移動したのが忘れられないです（笑）。

──北山さんから見た田中さんはどんな音楽家でしょうか？

北山：とにかく「熱い」人です。音楽のためなら他のどんなことも捨てられる凄みを、ゆうこりんは持っていると思います。 指揮者ですから、音楽を成立させる前の段階での勝負もたくさんあると思いますし、そこを乗り越える能力も熱意も持っていらっしゃるのだと思います。 ただやっぱり「いい音楽を実現するんだ！」という強い想いがすべての根幹にあって、その狂おしいまでの情熱が音になって届くのだと感じています。

「展覧会の『絵』としてゴスペラーズの楽曲を楽しんでほしい」という想いの後ろ側に、戦争への想いが

── 前回披露したオリジナル組曲「展覧会のゴスペラーズ」には驚かされました。 “ゴスペラーズ美術館”で開催されている絵の展覧会を訪れている気分で、散歩（プロムナード）をしているような雰囲気にさせてくれるという、まさに音楽の探究の先にある、新たな可能性を示したと思います。 今回この展覧会に新たに作品を展示するとお聞きしました。

北山：「展覧会の『絵』としてゴスペラーズの楽曲を楽しんでほしい」という想いの後ろ側に、戦争への想いがありました。 ともかくあの音の中で彼の国に想いを馳せる事ができたら、と考えました。 ただ、初めての試みの中でやや内容に重みがありすぎると感じ、曲や曲間、アウトロに潜ませた想いの背景の詳細は、ゆうこりんとオーケストラの皆さんだけに伝え、秘めた祈りとすることにしました。 でも今回ゴスペラーズの「絵」を掛け替えるにあたって、お伝えしてもいいのではないかと思いました。 まさか、このコンサートの第2回目が実現するまで、収束の見えない状況が続いているとは思っていませんでした。残念です。音楽家にできることのひとつとして、精一杯の祈りを音楽に乗せられたらと思っています。

田中：最初は『展覧会の絵』のモチーフに手を加えて、アレンジしていく可能性の心構えもしていました。 そうであればクラシック畑の私としては難しいなと感じてしまいました。 しかし蓋を開けてみれば、実際にムソルグスキーが発案した「歩きながら絵を見ていく」という、いわば作品の核となる部分をしっかり押さえ、ムソルグスキーが書いた音符をほぼ変えることなく、絵と曲のみを差し替えていった……非常に有意義な試みで大成功だったと思います。 今回も北山さんとゴスペラーズさんの想いをどう音楽にし、絵を掛け替えていくのか、私自身も楽しみです。

今回演奏予定曲のアレンジを先んじて何曲か聴かせてもらったが、北山の言葉通りアップテンポの曲が増え70人のアンサンブルで「ゴスペラーズ音楽とクラシック音楽の間のなにか」（北山）を感じることができるはずだ。 まさに70人の“結晶”が心に響いてくる——そんなコンサートになりそうだ。