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<コラム>コナン・グレイ 共感度100%の最新アルバム『スーパーエイク』に胸がズキズキと痛む



コラム

 “Superache”というアルバム・タイトルを見つめているだけで、胸がぎゅーっと締め付けられる。“スーパー”な“痛み”だなんて。しかも、深紅のローズで埋め尽くされたハート・シェイプのベッドに横たわってジャケットに写ろうなどと考える人は、彼しかいない。セカンド・アルバムにあたる本作『スーパーエイク』をもっていよいよ、Z世代を象徴するポップ・アイコンのひとりとしてポジションを固めるだろうハートブレイクの詩人、コナン・グレイだ。

 1998年、日本人の母とアメリカ人の父の間に米サンディエゴで生まれ、幼少期には一時、母の地元である広島県で暮らしていた時期もあるコナン。その後の少年時代は、テキサスのオースティン郊外に位置する小さな町ジョージタウンで過ごした。保守的で、人種的な多様性を欠いていたという環境で、自ら“ガーリーな男の子”と評するジャパニーズ・アメリカンの彼は、疎外感や孤独感にさいなまれながらもクリエイティヴな欲求を自分の中に見出して、絵を描いたり、曲を作ったりすることにのめり込む。そしてYouTubeチャンネルを開設し、その時々に自分が夢中になっていることや悩みごとを語り、宅録した自作曲を披露する動画ブログを、12歳の時にスタート。ベッドルーム・ポップ・アーティスト兼ヴロガーとして、口コミでファンを増やしていくのだ。


(C) Brian Ziff

 高校卒業後はカルフォルニア大学ロサンゼルス校に進み(専攻は映画)、音楽活動を本格化させていた彼は、17年春に正式なデビュー・シングル「Idle Town」を発表。たちまち1,000万回の再生回数を記録し、晴れてメジャー・レーベルと契約に至り、EP『Sunset Season』(18年)を挿んで20年3月にファースト・アルバム『Kid Krow』を送り出す。この時点ではすでに、アメリカはもちろんヨーロッパでもツアーを軽く売り切るほど厚いファン層を築いていたとあって、『Kid Krow』は、20年に登場したデビュー・アルバムの中では全米ビルボード200での最高ポジションにあたる5位を記録。それからも、パンデミックの影響で自由に活動できない期間が長く続いたにもかかわらず着実に歩を進めて、6枚目のシングル「Heather」で初の全米ビルボードHOT 100入り(最高46位)を達成するに至った。


 そんなコナンの快進撃を容易にしたのはまずひとつに、アメリカの片田舎から世界中にダイレクトに届けられた、まさに動画ブログの延長にあるインティメートな曲の魅力だ。スモールタウンの高校で、都会の大学で、様々な体験を重ねて、夢と希望にあふれるイノセントなハートがリアリティと衝突して砕け、人と社会について教訓を得ていく過程を、『Kid Krow』では細やかにドキュメントしていた。と同時に、ここ数年間のカルチャーの動きを振り返ると、幾つかの、彼にとって追い風になった時流・底流が思い当たる。例えば、映画やTVドラマの世界ともシンクロする、アジアン・アーティストたちとその作品の認知度の高まりだ。K-POP勢からジャパニーズ・ブレックファーストやミツキといったインディ系シンガー・ソングライターまで、日本や韓国をルーツの一部に持つミュージシャンたちが、様々なジャンルで飛躍的に存在感をアップさせているという事実には、触れるまでもないだろう。

 また、誰を起点にするかは意見が分かれるところだが、ハピネスよりもメランコリーに軸足を置く若手アーティストたちが主流となった近年の音楽界の傾向にも、コナンの作風はぴたりと合致する。さらにもうひとつ加えるとするならば、ファッションを含めて見た目はアンドロジナスで、“you”という代名詞が男性とも女性とも解釈できる曲を書き、あれこれ枠に押し込められることを拒んで自由に自己表現する彼のジェンダー・ニュートラルなスタンスもやはり、今の若者の支持を集める由縁であることは間違いない。


(C) Brian Ziff

 では、待望のセカンドでのコナンはどんな変化を、どんな成長を見せているのか? ざっくりと言えば、“変わる”ことよりもむしろ“深める”ことに専念したと思しき彼は、前作と同様にほぼ全曲で、『Sunset Season』の時からコラボしているダン・ニグロ(キャロライン・ポラチェック、ハッチー)をプロデューサーに起用。ふたりで膝を突合わせて、レコーディングに取り組んだ。オリヴィア・ロドリゴの『サワー』を手掛けて一挙知名度を上げたダンは、多くの曲で共作も行っており(ほかにポップ界きってのヒットメイカーのひとり=ジュリア・マイケルズも3曲に共作者として名を連ねている)、大半の楽器を自らプレイ。『Kid Krow』では時にエレクトロニックにも傾く多様なプロダクションを取り入れて、コナンの歌声との相性を推し量っているようにも感じられたのだが、今回はアメリカーナから90年代のオルタナ・ロックまで幅広いインスピレーション源を匂わせつつも、アコギやピアノを軸に編んだ繊細なオーガニック・サウンドで一貫性を持たせた。そして、エモーショナルな深みが備わったヴォーカル・パフォーマンスをショウケースしながら、まさしくズキズキと痛んでいる曲の数々を聴かせている。


 そう、彼はオープニング・トラックの「ムービーズ」で<君がダイアモンドなら僕はリング>などと歌い、パーフェクトな恋の形を描いてアルバムの幕を開けながらも、めっきが剥がれるまでに時間はかからず……。恋愛を理想化することの愚かさを思い知らされるのだが、コナンは一方通行の恋に溺れている。或いは、恋に恋している。幸せそうなカップルを前にして羨望を隠さない「ピープル・ウォッチング」然り、愛されるためなら自分らしさを犠牲にしてもいいと歌う「ジグソー」然り、終わった恋を美しい思い出にすることの難しさを吐露する「メモリーズ」然り。ひたすら報われない恋にのめりこむ自分と、そういう自分の愚かさ、無様さを冷静に見つめる自分、ふたりのコナンのせめぎ合いが随所で繰り広げられるのだ。



 そんな中で、彼は時折目を転じて恋愛以外のテーマと向き合っているのだが、特に深い印象を刻むのは「ファミリー・ライン」だろうか。幼少期の記憶を掘り起こして両親の関係に言及し、“家族とは何か”と問うているこの曲は、歌詞に込められた複雑な想いが音色にもくっきり表れていて、コナンにとって最もパーソナルな1曲かもしれない。そしてこれに劣らぬヘヴィネスを湛えているのが、チェンバーポップ調のラストソングの「ジ・エグジット」。またもや恋に破れて生傷を抱え、ヴィオラやヴァイオリンの軽やかな響きに急き立てながらも、次の一歩を踏み出せずに出口に立ち尽くしている彼の姿を我々の脳裏に焼き付けて、アルバムは幕を閉じる。聴き手の数は着々と増えているのに、発信しているコナンの佇まいは変わらないどころか、もっと心を開いて、もっとヴィヴィッドな表現力を身に付けて、相変わらずベッドルームから「ねえねえ、聴いてよ!」と呼び掛けているのである。彼が分かち合ってくれるシークレットを、こちらも全力で受け止めたい。

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