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「ジャズって素敵な音楽だな」って本気で思ってもらえるように――『カムカムエヴリバディ』作曲家・金子隆博インタビュー



金子隆博インタビュー

 現在放送中の連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』からオリジナル・サウンドトラックが2作品リリースされる。朝ドラ史上初となる3人のヒロインで紡ぐ100年のファミリー・ストーリーを彩るのは、NHK『うたコン』の指揮者や米米CLUBのメンバーでもある金子隆博が手掛けるジャズ・ナンバーだ。

 『劇伴コレクション Vol.1』には、ヒロインを勇気づけるメインテーマ「100年の物語 ~カムカムエヴリバディのテーマ~」といった劇中楽曲が収録され、『ジャズ・コレクション』には渡辺貞夫や北村英治ら大御所プレイヤーがゲスト参加した、ドラマ内で使用されているオリジナル・ジャズ・ナンバーがトラッド・ジャズ編とモダン・ジャズ編にわかれて収録されている。ジャズ好きにも朝ドラ好きにもたまらない作品だ。

 「自分としては納得した曲を作ることができた」と、音楽家としての全てを注いだ金子に楽曲制作の裏側について、話を聞いた。

――金子さんに今回の話があったのはいつ頃だったんですか?

金子隆博:約2年前です。大体のストーリーの行き先とか、物語で描きたいアウトラインだけは事前に聞いていました。今回の朝ドラのチームには、2013年にNHKで放送されたドラマ『夫婦善哉』でご一緒した、演出家の安達もじりさんと脚本家の藤本有紀さんがいらっしゃって、その縁で直々にオファーをくださったんです。音楽メニューをある程度一緒に考える打ち合わせが今年の2月くらいにあって。その頃には、脚本の2話ぐらいまでができていたのかな。安子(上白石萌音)がどんな人物なのかがやっと分かったくらいでしたね。5月には2代目ヒロインのるい(深津絵里)にかかるところくらいまでは録音しなくちゃいけなかったんですけど、ヒロインの人物像は全く分からなかったんです。だから、あらすじとか想像である程度は作らなきゃいけなかった部分もありましたね。

――いつまでにこれだけの曲数が欲しいといった制作側のオーダーはあるんですか?

金子:第1回録音は60曲、2回目は30曲、3回目は来年の年明けに20曲のレコーディングが決まっています。それとジャズ曲は別枠です。この『ジャズ・コレクション』のCD 2枚分がその60曲以外なので、すでに100曲以上を作りましたね。

――すごい……。シチュエーションに合わせた曲調のオーダーもあったり?

金子:もちろんです。でも、音楽ってシチュエーションにつけるものって少ないんですよ。音楽って簡単に言ったらヒロインの心理描写につけていくんです。いろんなことが起きる中で、ヒロインがどんなことを考えて前向きに生きていくか。その人物の性格みたいなものが、劇伴アルバムではほぼ占めている。例えば、突然ダンサーになると言い出す安子のお兄ちゃんの算太(濱田岳)のような突飛な性格にはジャズを当ててやる。

――算太がダンスホールで踊るシーンですね。

金子:そう。「大阪のダンスホールにいるっていうのをほんの数秒で表現したい」「ミュージカル調で攻めたいから、そこに合わせる曲は絶対欲しいです」と。何曲も作って辿り着いた曲ですね。

――3人のヒロインを繋ぐメインテーマ「100年の物語 ~カムカムエヴリバディのテーマ~」は、オンエアでもストーリーのクライマックスに流れる重要な楽曲です。

金子:今回の朝ドラは100年余りにわたる女性たちのストーリーで、3人のヒロインがそれぞれの時代を堂々と生きたという女性の揺るがない強さや、女性が生きにくい時代の中で明るく楽しく生きていく女性像――そういったテーマが伝わる楽曲を作らないといけないと思っていました。あとは、ジャズをあまり聴いてこなかったような朝ドラの視聴者に「ジャズって素敵な音楽だな」って本気で思ってもらえるように考えました。テレビから、ただジャズが流れただけじゃダメなんですよ。そこにちゃんと質感のある、今の新進気鋭のプレイヤーや熟練した技術がないと反応してくれないと思ったんです。オファーをいただいてから2年間、ほかの仕事をしながらも、そのことを片時も忘れず、自分としては納得した曲を作ることができたと思っています。

――金子さんとしてもキャリアにおいての集大成になるわけですからね。

金子:そうしなきゃおかしいなと思いましたし、そこにきてのコロナ禍でしたから。これに集中する以外ないというか。メインテーマに関しては、自分が今まで作った曲の中でも一番いい曲を作らなきゃいけないと思っていました。

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渡辺貞夫・北村英治・外山善雄
日本音楽界のレジェンドが集結


▲金子隆博(左から2番目)らBIG HORNS BEEと渡辺貞夫(中央)

――メインテーマにはジャズ界のレジェンド・渡辺貞夫さんがアルトサックスで参加しています。

金子:渡辺貞夫さんは大尊敬しているプレイヤーの一人で、自分は貞夫さん世代と言っても過言ではないです。僕が高校生の頃、渡辺貞夫さんや日野皓正さんはテレビのCMに起用されていたり、北村英治さんも当時、TVの音楽番組でトークされたりするくらい人気のあったプレイヤーでした。ここ10年くらいで老年期に入られた貞夫さんの音も知っていまして。若くてバリバリのニューヨークのセッション・ミュージシャンと一緒に録音をしてきた貞夫さんの音から、また力が抜けた、アコースティックなブラジルの音楽を演奏されることも多くなっているんです。ギターとサックスだけの小編成でライブをされることも多くなった。ジャズという枠ではなく、「渡辺貞夫」という一つのジャンルになっているくらいに、例えるならクラシック・サックスの美しい音色でジャズを演奏しているようなイメージでしょうか。それがここ20年くらいの渡辺貞夫さんのスタイルだと思うんですね。だからこそ、どうしてもお願いしたかったんです。今の渡辺貞夫さんの音色で、この100年の物語を包んでもらったらどんなに素敵だろうかと思い、ご提案させていただきました。

――そんな大尊敬する貞夫さんとレコーディングをともにしたわけですよね。

金子:作家の僕からしてみると、まずオリジナル曲を貞夫さんにOKしてもらうその段階が、一番ハードルが高いわけで。自分の全てをかけて完璧なデモテープを作って、3曲お願いしました。『ジャズ・コレクション』の2枚目の3曲目に入っている「カムカムエヴリバディのテーマ」がジャズのブルースを基調としたバージョンで、安子の時代は戦前から戦後間もない頃ですので、SP盤、スウィング・ジャズの時代。るいの青春期は60年代で、この頃のジャズはトランペットとサックスの2管編成が多かったので、その次の4曲目に入っている「るいのテーマ」は、サックスかなと思いまして。2人でモダン・ジャズを奏でている感じ。この時代から日本のジャズ界をリードされた貞夫さんにお願いする価値があるかなと思いました。貞夫さんは実際にるいと同世代でもあります。


▲渡辺と金子

――さらにジャズクラリネット奏者の北村英治さんも参加されています。北村さんは御年92歳ということで。

金子:これがもうお元気で(笑)。5、6曲立て続けに、立ちっぱなしで演奏されていました。このコロナ禍で家でもクラリネットを1日8時間は練習している、スーパーおじいちゃんです。本当に素晴らしい。録音日は、日本のキング・オブ・スウィング・ジャズ、北村さんを囲む会でした。この『ジャズ・コレクション』では、ほとんどの曲は全員が円になって、一発録り、直し不可能な状態で録音しています。

――北村さんが演奏されている楽曲ですと、「ザッツ・ア・プレンティ」「二人でお茶を」といったジャズのスタンダード・ナンバーも収録されていますよね。

金子:例えば、安子と稔(松村北斗)がデートで訪れるジャズ喫茶で「二人でお茶を」がかかったら、ジャズファンなら「ベタだな」と思うかもしれないけど、朝ドラファンに「なんかいいムードの曲がかかったな」と思ってもらえたら、それでいいんですよ。あとで聴いて、そのタイトルに納得し、昔からあるジャズの曲だと知る。朝ドラってそういう良さがある。そういった名曲の力を借りたいと思いました。(ドラマに登場する喫茶店)ディッパーマウス・ブルースは岡山の片田舎にあって、さらにはあの時代には珍しい洋楽のSP盤がたくさんあって、それをお客さんに聴かせているマスターは相当マニアックな人だと思うんです(笑)。そのこだわりを持ったマスターがチョイスしたのは、きっとベニー・グッドマンだったでしょうね。だから、同じく人生をかけて音楽を体現されている北村英治さんのクラリネットが相応しいと思いました。


▲金子(前列左)らBIG HORNS BEEと北村英治(中央)、外山善雄(右)

――もう一人のレジェンドである外山善雄さんは、「オン・ザ・サニー・サイド・オブ・ザ・ストリート」を歌われています。

金子:浅草にトラディショナル・ジャズ専門のライブハウスがあって、そこで外山さんの演奏と歌を何度も観たことがあったんです。「ルイ・アームストロングそっくりに歌う日本人」として、本場ニューオーリンズでも知られているくらいの外山さんにお願いしたら、快く受けてくださいました。主題歌と被ってしまうので、歌が絡む劇伴は基本ないんですよ。あったとしてもスキャットか外国語で、まず日本語はないんですよね。NHKからは頼まれていないんですけど、僕から特別にお願いをして、鈴木桃子ちゃんに英詞をつけてもらった「薔薇の香りに誘われて」と「笑顔のままで(杵太郎のダンス)」の2曲のオリジナル曲を外山さんには歌っていただきました。この半年のドラマのどこかで使ってもらえたら嬉しいな。そしてライブでは絶対にやりたいなと思って(笑)。

――安子編がスウィング・ジャズ、るい編がモダン・ジャズを基調としていますが、その先のひなた編はどのようなサウンドになっていきそうですか?

金子:今回の劇伴に入っている「初代黍の丞のテーマ」は、1週目の時代劇のシーンなんかで使われた楽曲なんですね。初代としているということは、2代目、3代目があるということで。(川栄李奈が演じる)ひなた編のストーリーにあわせて、この「初代黍の丞のテーマ」辺りが、アレンジとしては『太陽にほえろ!』っぽい感じになるのかな。ひなたは僕と同じ世代の設定です。音楽的には何でもありの時代かもしれませんね。

――来年の1月24日にはBillboard Live OSAKAで、BIG HORNS BEEとしてのライブが開催されます。ゲストは金子マリ、KenKen、Fuyu、田中義人といった錚々たる面々。【“歓喜の”ファンクセッション】といったタイトルも付けられています。

金子:金子マリさんと、KenKenがゲストです。マリさんには本当にお世話になっています。米米CLUBの「sure dance」でコーラスとして参加して下さった頃ですから……33年前くらいから。当時、米米の全国ツアーを一緒に回ったこともあるんです。その時KenKenは6歳くらいだったかなー(笑) 。
時を経てマリさんの素晴らしさを再認識しています。日本語でファンクやブルースを演奏する大先輩。マリさんも「これだけのホーン・セクションとやるのは楽しい」と言ってくれています。KenKenは、もの凄いベース弾きになった。唯一無二。怒涛のファンクベース。ものすごいグルーヴ感ですよ。マリさんの古い曲もやりますし、ちょうどレコーディングされていた新曲もやると思います。

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