偶然に今まで知りもしなかった素晴らしい歌声や言葉や音楽と居合わせた経験はありますか？予想外な場所や環境で自分に感動を与えてくれるものに出逢うと、人間っていう生き物は「運命」なんていう言葉を使ったりします。今夜もそんな「運命」を感じた人がいることでしょう。例えば新宿のHMVにたまたま買い物に来ていた少年とか。

　デビュー作「窓絵」を聴いてからというもの、その純粋な物言の考えを、切実に歌詞とメロディと歌声に反映させる彼女を追いかけています。彼女を知った当初は、今の日本にはいないタイプの個性派女性アーティストとして、一方的に期待を寄せていただけでしたが、幾度となく彼女の作品を耳にする度に、良いか悪いか、好きか嫌いか、と言ったシンプルな受け取り方は出来なくなっていました。2度のインタビューで彼女の本音に何度か触れることが出来たことも大きいかもしれませんが、「窓絵」を聴く度に、この先彼女がどんな歌詞を書き、曲を作り、歌をうたうのか、そして、それらの表現方法の中で彼女が何を伝えようとしているのか？彼女の“人間”を知りたいという想いが強くなっていきました。そして先日の初ライヴ・・・生で聴く彼女の歌声に対し、この先、この1曲1曲への想いが、この1言1言への想いがどのように大きくなったり、変化したりしていくのかを見届けたいという想いが新たに生まれました。

　彼女の名前は熊木杏里。2度目となる彼女のライヴはBs-iの番組の公開生放送を兼ねたものでした。よってライヴ以外にもトークあり、サイン会ありといったファンにとっては嬉しい内容が目白押しのイベントとなったわけですが、やはり大事なのは今日彼女がどんな歌声を聴かせてくれるのか？新宿のタカシマヤビルの12FにあるHMVの公開スタジオで、番組の司会者とトークを終えた後、笑顔で彼女はライヴステージへ。そこに待っていたのは、ピアノの前に座るプロデューサーの吉俣さん。今回のインストアライヴはピアノとボーカルといったシンプルな編成でした。水を口に含む彼女。テレビ番組でもあるステージの前には、カメラやスタッフが行き交います。そしてCM明けに向けて秒読みスタート。ADの最後の1本の指が折り曲がると、静かに彼女は歌い始めました。

　バックが吉俣さんのピアノだということもあるかもしれませんが、前回のライヴ以上に透き通った歌声がフロアに響き渡ります。ステージ前に詰めかけたファンの人々の他にも、偶然CDを買いに来ていただけの人々もその耳を傾け始めました。「窓絵」を歌い終え、みんなの拍手を受けながら、「ありがとうございます」と一言。そのまま続けて吉俣さんがピアノを鳴らし始めます。2曲目は「まよい星」。優しく歌いきった1曲目に比べ、この曲を歌う彼女は時に力強く、懸命に歌声と想いを届けようとしていました。それは誰の耳にも感じられたはず。もしかしたらこの瞬間の彼女の心境が、歌詞の世界と強くシンクロしたのかもしれません。

　途中、番組の進行上、司会の2人がステージに上がり、簡単なトークを交わした後、今夜のラストソング「咲かずとて」を披露。---あなたを愛せない---静けさの中、切なさと温かさの交ざり合った歌声が私たちを包みます。目を閉じ、言葉ひとつひとつに切なる想いを。

　ライヴ開始当初は全く関心を持たなかった、偶然買い物に来ていただけの人々も、彼女のそんな想いのこもった歌声を無視出来ずにステージを見つめます。感情を震わせるライヴ、とにかく素敵な歌声を聴かせてくれました。たった3曲のライヴ・・・それでも今夜偶然にこの3曲を聴けたことが、他人からしたら大袈裟だと思われるかもしれませんが、「運命」のように感じた人もいたはずです。それほどに彼女の奏でる音楽と、自身をさらけだした言葉は、人の心を打つものがあります。

　いつの日か彼女の“人間”があなたにも届きますように・・・。