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2026/02/09 14:00

【第60回NFLスーパーボウル】バッド・バニー、プエルトリコ愛に満ちたハーフタイム・ショーで団結のメッセージ送る レディー・ガガらも登場

 現地時間2026年2月1日の【グラミー賞】にて、史上初めて全編スペイン語アルバム『DeBÍ TiRAR MáS FOToS』で<年間最優秀アルバム>を受賞するという歴史的快挙を成し遂げたバッド・バニー。その勢いのまま、2月9日に米カリフォルニア州サンタクララのリーバイス・スタジアムで行われた【スーパーボウル】のハーフタイム・ショーにヘッドライナーとして登場し、語り継がれることになるであろう圧巻のパフォーマンスを披露した。

 シアトル・シーホークスがニューイングランド・ペイトリオッツに9対0とリードした状態で迎えたハーフタイム。会場の期待が最高潮に達する中、“エル・コネホ・マロ(悪いうさぎ)”ことバッド・バニーがついに姿を現した。背番号「64」、背中に本名の「オカシオ」と記されたオフホワイトのフットボール・ジャージをまとい、「Tití Me Preguntó」でショーをスタート。フィールドを歩きながら、伝統的なパバ(麦わら帽子)をかぶった労働者たちの間を進み、プエルトリコ文化へのオマージュに満ちた演出でパフォーマンスを幕開けた。

 彼が歌い進める中、フィールドワーカー、ドミノをする人々、ネイルを施す女性たち、ピラグアを作るかき氷売り、スポットライトの下でトレーニングするボクサーなど、文化的な光景が次々と展開される。さらに、カロル・G、ジェシカ・アルバ、カーディ・B、ペドロ・パスカルといったスターたちがカメオ出演し、スペクタクルに華を添えた。米ビルボードが予想していた通り、彼はおなじみの伝統的なプエルトリコの家カシータを再現したカラフルなセットを登場させた。

 続いて「Yo Perreo Sola」「oy a Llevarte Pa’ PR」へとつなぎ、ナンバープレートに“perreo”と記されたピックアップトラックの屋根に上がり、数十人の女性ダンサーに囲まれてパフォーマンスを展開。ドン・オマールの「Dale Don Dale」やダディー・ヤンキーの「Gasolina」の一部をサンプリングしながら、【グラミー賞】受賞曲「EoO」がスタジアムを震わせた。「これはプエルトリコの音楽だ!」とスペイン語で叫ぶと、会場は完全なレゲトン・パーティーと化した。さらにはツアーの象徴でもあるカエルのキャラクター、コキーも登場し、観客を喜ばせた。そしてバイオリニストたちが現れると、ドラマチックな演出の中で「Monaco」へと導いた。

 「こんにちは、カリフォルニア。私の名前はベニート・アントニオ・マルティネス・オカシオです」と感情を込めて名乗ると、「今、【第60回NFLスーパーボウル】の舞台に立っているのは、決して、自分を信じることをやめなかったから」と語った。カメラを真っ直ぐ見つめると、「君も決して、自分を信じることをやめないでほしい」とメッセージを送った。

 続いて、スペシャル・ゲストとして、レディー・ガガが淡いブルーのドレス姿で登場し、サルサ調のアレンジで「Die With A Smile」を歌唱。ブラスが鳴り響き、スタジアムは一気にトロピカルな夢幻世界へと変貌する。加えて、「NuevaYol」で言及されている米ブルックリンのカリビアン・ソーシャル・クラブのオーナー、トニータが登場し、バッド・バニーにドリンクを手渡すと、同曲のイントロが流れ始めた。

 カメラがクアトロ奏者にフォーカスし、「Lo Que Pasó en Hawaii」の冒頭が奏でられると、リッキー・マーティンがサプライズで登場して歌唱。その流れで「El Apagón」へと移行し、ハリケーン・マリア後も続く電力問題や、ルーマ・エナジーによる電力網の民営化、住民の立ち退きといった島が抱える現実に光を当てた。

 曲の終盤では、アメリカ大陸の国々を一つずつ叫び上げ、観客の大歓声を浴びた。「Together We Are America(私たちは共にアメリカだ)」と書かれたフットボールを掲げると、これまで受けてきた批判に対する力強い答えとして、団結とエンパワーメントのメッセージを示した。

 政治的メッセージを避けたいという本人の意向にもかかわらず、今回のハーフタイム・ショーは大きな議論を呼び、近年でも屈指の話題性と賛否を集めるパフォーマンスとなった。ショーの意図について、バッド・バニーは、現地時間2月6日のアクセス・ハリウッドのスコット・エヴァンスの取材に応じ、「自分はただ音楽を作っている普通の人間です。人々に幸せや喜びを感じてほしいし、踊ってほしい。誇りを持って、何でも可能だと思ってほしい」と謙虚に語っていた。

 この夜が証明したのは、バッド・バニーが世界最大の舞台において、“可能性”の定義そのものを更新し続けているという事実だった。