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<インタビュー>MC TONY(とにかく明るい安村)、サウンドプロダクションとリリックのギャップがユニークな初のデジタルシングル「PANTS」をリリース

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 今年6月にイギリスのオーディション番組『ブリテンズ・ゴット・タレント』に出演し、日本人として初のファイナリストに選出され大きな話題となったお笑い芸人の「とにかく明るい安村」が、「MC TONY」名義で初のデジタルシングル「PANTS」をリリースした。

 トラックメイキングを担当したのは、UKDとSintaからなるプロデューサーユニットDouble Clapperz。目出し帽や銃声など危険なオーラを纏う、サウスロンドンから生まれたジャンル「UK ドリル」を取り入れたダークなサウンドプロダクションと、文字通り「丸腰」で非武装・非暴力を訴えるリリックのギャップがユニークだ。

 そんな楽曲についての制作秘話はもちろん、海外進出を「成功」に導いた数々のエピソードについて安村本人が語る。(Interview & Text:黒田隆憲 l Photo:辰巳隆二)

もともと海外進出を目指していたわけではなかった

――『ブリテンズ・ゴット・タレント』に出演以降、安村さんの環境はどう変わりましたか?

とにかく明るい安村:海外での仕事も増えて、ここ最近は月に1回以上渡航していますね。10月にはフランス版『ブリテンズ・ゴット・タレント』で合格を勝ち取りましたし、イタリアや韓国のオーディション番組にも出ました。先日、アメリカ・ロサンゼルスで開催された【OC JAPAN FAIR】にも出演してきました。


――国ごとにリアクションの違いなどありますか?

安村:一番盛り上がったのはイギリスですが、フランスでもスタンディングオベーションになりました。フランス語でパフォーマンスしたのですが、同じようにコール&レスポンスが起こって(笑)。イタリアや韓国、アメリカでも評判が良かったですし、今のところどの国に行っても温かく受け入れられています。



▲ 『ブリテンズ・ゴット・タレント』オーディション


――日本での状況も変わりました?

安村:仕事の量自体がそこまで増えた感覚はありませんが、こういった取材を受ける機会は増えましたし、いろいろな場所で海外の話をするようになりました。街を歩いていても、以前より声をかけられるようになって。SNS上で、「動画を何度も観て元気をもらっています!」と声をかけてもらうことも増えました。


――お笑いに対する考え方や、仕事への向き合い方など安村さん自身に何か変化は起きましたか?

安村:色んな国でネタを披露してみたくなりましたね。ちょっと前までは、そんなこと考えてもいなかったので、それは大きな変化ではないかと。


――そもそも今回、どんな経緯があって『ブリテンズ・ゴット・タレント』へ出演することになったのでしょうか。

安村:もともと海外進出を目指していたわけではなくて、吉本興業が、以前から海外でウケそうな芸人の動画を、色んな国のオーディション番組に送っていたんです。その中で、たまたま僕のネタが引っかかって。なので最初は、旅行気分でした。「イギリスに行けるなんてラッキー!」って(笑)。予選を通過するとも思っていなかったので、観光のついでにネタをやってきたっていう感じでしたね。


――そうだったんですか(笑)。

安村:でも、いざ行くとなったらスケジュールがかなりタイトだったんですよ。23時くらいにロンドンに到着して、翌日は朝からずっとリハーサルや撮影、取材などが詰まっていました。しかも翌日には帰国っていう(笑)。文字通り弾丸旅行で全然観光なんてできなかったですが、バッキンガム宮殿にちょっとだけ寄り道して、近衛兵が馬に乗っている姿を見てきました。でも、その時にスリに遭ってしまって。


――ええ?

安村:観光客丸出しでキョロキョロしていたので、良いカモだったんでしょうね(笑)。洗礼を受けた感じでした。




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パンツ一枚で「UKドリル」を歌うギャップ


――イギリスで、初めてネタを披露した時に手ごたえを感じましたか?

安村:予選では、めっちゃウケたんですよ。でも「どうだろうなあ」と疑心暗鬼でした。1月に撮影して、放送されたのが確か4月とかだったから、期間もかなり空いていて。「まあ、良い経験になったな」という程度で、予選のことはほとんど忘れかけていました。なので、通過の知らせが来た時は僕もびっくりして。


――芸名を「TONIKAKU」にするなど、海外に向けての戦略を綿密に練っているように見えました。

安村:正直なところ、海外の人たちにウケるより「イギリス行きが、日本で話題になれば良いな」としか、思っていなかったんです。たとえイギリスでスベったとしても、「お前、スベってんじゃねえか」みたいに笑われれば良いかなって。『ワイドナショー』に一度でも出て、東野さんにイジってもらえれば充分だと思っていました。

 なので「TONIKAKU」も、その方が「なんでそんな名前なんだよ」って言ってもらえるかな、くらいの軽い気持ちでつけた名前です。でも実は、コンビを解散してピン芸人でやり始めたばかりの頃から、舞台に立つ時に「名前が長くて覚えづらいですよね。『とにかく』だけでも覚えてもらえれば」「トニーでもいいですよ」って言っていたんです。裸ネタを思いつく前から。

 アンケートに自分の名前を書く時も、「とにかく」と略していました。まさか、将来自分が海外で「トニー!」って呼びかけられることになるなんて、思いもしていなかったですけどね。


――「安心してください、履いてますよ」という決め台詞の時、イギリスの番組でコール&レスポンスが起きたのはとても印象的でした。英語の動詞「wear」は他動詞のため、目的語を置かないと文法的に成立せず、見ている人が「パンツ!」と言わずにいられなかったという。それも勝因の一つだったのではないでしょうか。

安村:そうなんですよ。日本では「安心してください、『パンツを』履いてますよ」なんてわざわざ言わないじゃないですか。だから英語も同じように直訳してみたところ、期せずしてコール&レスポンスが起きて。それには、僕もびっくりしました。

 セリフも少なくシンプルにしたかったというのもあったんですけどね。イギリスで、練習したくなくて(笑)、とにかく覚えやすくて言いやすいフレーズにしたのも、向こうでウケた理由の一つだと思います。そういう意味ではフランス語は苦戦しましたね。もともと英語よりも馴染みが薄い言語ですし、発音も難しくて。



▲ 「PANTS (Official Music Video)」MC TONY a.k.a TONIKAKU


――そして今回、MC TONY名義でのデジタルシングル「PANTS」が配信されました。これはどんな経緯だったのでしょうか。

安村:総合演出の満永隆哉さん(HYTEK Inc.)に、「やりましょう」とそそのかされたからです(笑)。イギリスで決勝まで行ったわけだから、イギリスで流行している音楽をやったら面白いのではないか? と提案されて興味を持ったんですよね。

 今回取り入れた「UKドリル」は、イギリスではめちゃくちゃ治安の悪いところから流行った音楽のジャンルらしくて。みんな目出し帽をかぶって黒づくめで踊っているようなカルチャーなのに、僕が武器も持たずパンツ一枚で挑んでいくというのは、ギャップがあって面白いんじゃないか、と。トラックも、満永さんの知り合いであるDouble Clapperzさんにお願いして。芸人が歌う曲にしてはサウンドが本格的過ぎるので、そのかっこよさとのギャップも、みんなに喜んでもらっているみたいですね。


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イギリスはコメディと音楽の壁が他の国に比べてはるかに薄い


――Double Clapperzも公式Xで、「受けた仕事は手抜かないし、オレらのスタジオまで来てもらって全部ガチ」とポストしていました。

安村: プロですよね。ほんと、俺でいいの?と思うくらいかっこいい仕上がりで。歌い方もいろいろと試行錯誤をしたんですよ。最初はもう少し明るい声で歌っていたんですけど、「トラックに合わせて低い声にした方がかっこいい」と満永さんに言われて、アドバイス通りに歌ったら200万再生を超えてしまいました(笑)。まさかこんなに聞いてもらえるとは、思ってもみませんでしたね。


――満永さんは、プロモーションビデオでダンスの振り付けも担当されていますね。そもそもどのように知り合ったのですか?

安村:(2023年)5月頃、ロンドンで準決勝、決勝と進んでいた時に出会いました。満永さんは、市川こいくち(自由自在にオナラを出せる芸人)の動画を制作されていて、『ブリテンズ・ゴット・タレント』に出演していた、こいくちと一緒にロンドンにも来ていたんです。その時に、僕の決勝用の音楽を満永さんに手伝ってもらったのが縁で、今後海外に向けてのクリエイティブを一緒にやってほしいとお願いしました。


――BUDDHA INC.が制作したミュージックビデオのクオリティも含め、「カッコ良過ぎて笑ってしまう」っていう。ギャングスターを引き連れ、廃墟のような場所でダンスする丸腰のMC TONYに痺れました(笑)。

安村:いやあ、嬉しいです。ありがとうございます。BUDDHA inc.のクルーも「ぜひ撮りたい」とおっしゃってくださって。早朝5時に、よしもと本社の一角を使って撮影しました。社員もみんな怪訝な顔で見ていましたね。「こんな朝から何やってんだ、あいつ?」って(笑)。

 でも、TikTokとかでもみんなが真似して踊ってくれたりして嬉しかったです。ちょうど、「槇原ドリル」が話題になっているタイミングで、リリースできたのもラッキーだったなと。もちろん、僕らは「槇原ドリル」が流行る前から企画を練っていたんですけどね。


――ミュージシャンからの反応も上々ですね。

安村: ありがたい限りです。DA PUMPのKENZOさんが踊ってくれたり、星野源さんが『星野源のオールナイトニッポン』で紹介してくれたり。これは満永さんが言っていたのですが、イギリスはコメディと音楽の壁が他の国に比べてはるかに薄くって。先日、満永さんと【エディンバラ・フェスティバル・フリンジ】(スコットランドの首都エディンバラで毎年8月に3〜4週間にわたって開催される世界最大の芸術祭)に行ってきたのですが、コメディアンがフリースタイルのラップをやるステージがいくつもあったのには驚きました。



▲ 【とにかく明るい安村】本人と一緒に、MC TONY - PANTS踊ってみた。【DA PUMP KENZO】


――ダウンタウンが坂本龍一やテイ・トウワ、槇原敬之とコラボしたり、最近でもミュージシャンとお笑い芸人が色々な形で交流を持ったりするなど、日本でも以前からお笑いと音楽の垣根ってそんなにないですよね。これからどんな活動をしていきたいですか?

安村:さっきも言ったように、まさか1年後にこんなことになっているなんて去年の今頃は思ってもいなかったんです。毎年そんな感じで予想外の出来事が起きて、それで次の展望が見えているので、あまり先のことを考えず「流れ」に乗っていきたいですね。


――いい意味で「行き当たりばったり」というか。

安村:まさに。ずっとそれでやってきましたから。海外に向けてまた新しいネタを考えたりすれば、全然違う新たな展開に転がっていくと思うので、とにかく思いついたことをその都度チャレンジしていきたいと思っています。YouTubeもやっているので、たとえばパリのオリンピックもありますし、いろんなスポーツ種目のポーズを全裸でやってみるとか(笑)。『アメリカズ・ゴット・タレント』にもまだ出ていないので、近いうちにチャレンジしたいです。




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