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<インタビュー>ケシャの“緘口令”が解かれ、己から解放――最新アルバム『ギャグ・オーダー』ができるまで



Keshaインタビュー

 ケシャのニュー・アルバム『ギャグ・オーダー』がリリースされた。前作『ハイ・ロード』に続く、自身と向き合った渾身のアルバムだ。その明け透けな歌詞は彼女を追い込んだ闇から解放されるために必要なプロセスでもあったのだろう。

 5枚目のアルバムが完成するまでの物語を、ロサンゼルスと東京をつないで、訊ねた。当の本人は、とても明るくて、忙しい合間を縫って行われた取材にも元気に答えてくれた。(Text & interview: 新谷洋子)

 ジャケットを飾るのは、ビニール袋を頭にかぶせられたポートレイト。ミュージック・ビデオのインパクトもこれに劣らず、「ファイン・ライン」は土中に埋められ顔の一部だけしか見えない状態で歌う姿をクロースアップで映し、「ヘイト・ミー・ハーダー」も同様にクロースアップの映像で、誰かに首を掴まれながらもケシャはこちらをじっと見据えて歌い続けている。いずれも、長年のコラボで信頼関係を築いたアート・ディレクターの手を借りて、自身の心中をヴィジュアル化したものだと彼女は説明しているが、さる5月半ばにサプライズ・リリースされた5枚目のアルバム『ギャグ・オーダー』は、なんとも息苦しいショッキングなヴィジュアルの数々と見事にシンクロする。



 思えば2020年1月末に前作『ハイ・ロード』を発表し、4月からツアーを予定していたものの、パンデミックに出鼻をくじかれてしまったケシャ。活動を休んで独りで長い時間を過ごすようになった結果、彼女の意識はひたすら内に向かったといい、今までは曲の中で触れてこなかった感情をここにきて一気に噴出させている。例えば孤独感、自己嫌悪、疲弊感、名声のプレッシャー、時に物議を醸す言動に批判や嘲笑を浴びせてきた人々への怒り、音楽業界への不信感といった感情を。本人曰く、自分自身と真摯に向き合うことをずっと避けてきた挙句、パンデミックで世界が沈黙した2020年になってどうしようもない不安に苛まれ、向き合わざるを得なくなったのだとか。もとを正せば、『アニマル』(2010年)と『ウォーリア』(2012年)の2枚のダンスポップ・アルバムの大ヒットで、ワイルドでタフなパーティー・ガールの印象を世界に強く刻んだ人であるだけに、その後の『レインボー』(2017年)と『ハイ・ロード』で正統派シンガー・ソングライターへと進化していたとはいえ、自分の脆い部分をさらけ出す本作のケシャの無防備さは衝撃的で、心の激しい揺れが歌声からも生々しく伝わってくる。

 それに衝撃的なのは言葉だけではない。数々のヒット作を手掛けるリック・ルービンをメイン・プロデューサーに迎えると共に、エレクトロニカ畑からハドソン・モホーク、インディ・ロック畑からショーン・エヴェレット、メインストリームからはジャスティン・トランター……と多彩なコラボレーターを起用した彼女は、レディオヘッドとビヨンセとLCDサウンドシステムを音楽的インスピレーションと位置付けて、過去のどの作品とも趣を異にするエクスペリメンタルなサウンド・プロダクションを志向。ざっくりと言えば、アンビエントなエレクトロニカとミニマルなフォークを柱とし、荘厳なヴォーカル・ハーモニーやオルガンで醸すゴスペル的な高揚感が、全編をスピリチュアルに色付けている。この高揚感こそ、本作でのケシャが単に自らを追い詰めて絶望しているのではなく、自分の中のダークネスを直視し受け入れてカタルシスを得ていることを、物語っていると思う。そう、アルバム・タイトルは“緘口令”を意味するが、ここでの彼女は逆に自ら緘口令を解くことで重荷を下ろし、自分を解放して、以前にも増して自由になったのではないだろうか?


――あなたは2020年夏に5枚目のアルバム『ギャグ・オーダー』に着手したそうですが、パンデミックの最中だったことは、精神的に、或いは実際に作業を進める上で、影響を及ぼしましたか?

ケシャ:両方の面で大きな影響があったことは間違いなくて、例えば作業の面で言うと、独りで携帯電話で録音したヴォーカルを使った曲があります。アルバムのカタリストとなった曲「イート・ザ・アシッド」もそのひとつで、あとでもっと性能のいいマイクで録音し直そうとしましたが、携帯電話の音源を超えるマジックは生まれなかったんです。とにかく、あの孤独感と不安に満ちた時期を封じ込めたアルバムなんだと思います。というのも、着手した当時の私は世界全体の行く末を案じると共に、アーティストとしての自分の存在意義が不確かになっていくのを実感していたんですよね。それまで充実した活動を満喫していたのに、ツアーのキャンセルを余儀なくされ、自分がやっていることの無意味さを突き付けられて、怖気付いていました。ただ、そんな風に自分のエゴが打ち砕かれてしまう一方で、スピリチュアルな目覚めも訪れました。そういう、私の人生において非常に特殊だった時期に自分が感じていたことを刻みたかったんです。

――結果的にはあなたの脆い部分にフォーカスした、いつになくダークで生々しい感情が渦巻くアルバムになりました。

ケシャ:ここまでダークな作品になるとは想定していませんでした。自分の中からどんな曲が生まれ出るのか、私自身も予測できなくて。私はそもそも、とことんハッピーで、浮かれ騒ぐような音楽で成功を手にしましたし、常に喜びを与える存在でありたいと願っているので、あまりにも重くてダークな感情を分かち合うことで、ファンに負担をかけるのは気が引けたんですよね。それでもこういう風に弱さをさらけ出すことになったのは、そうするしか選択肢がなかったからなんだと感じています。これらの感情を曲に表現しないことには、爆発してしまいそうな気分でした。そしてこれらの感情を受け入れることで、私という人間の全貌がようやく見えたと思いますし、たとえ『ギャグ・オーダー』が最後のアルバムになったとしても、これさえあれば、みなさんに私がどういう人間なのか理解してもらえるような気がします。

――プロデューサーを務めたリック・ルービンは、そういうあなたを支えてくれたわけですね。

ケシャ:リックは私があのタイミングでまさに必要としていた人物であり、今まで見せられなかった面をさらけ出す力を与えてくれました。楽しいポップソングなら簡単に作れますが、内面を深く掘り下げるには、より多くの力と勇気を必要としますから。何しろ今の音楽界で最も偉大なプロデューサーであるだけに、最初はものすごく緊張して、自分にはもったいないような気がしました。でもリックは、私が思う存分冒険して、泣いて、遊べる、安全なスペースを用意してくれたんです。本当にエモーショナルなプロセスでしたし、リックがいたからこそ完成させられたアルバムです。また彼と私はスピリチュアリティへの関心を共有していて、それゆえに意気投合し、アルバムも“スピリチュアルな旅”のような作品になりましたね。

――レコーディングは、現在リックが所有する伝説的なシャングリラ・スタジオで行われました。数々の名盤が生まれたスタジオですが、場所からのインスピレーションも受けましたか?

ケシャ:はい。やはりシャングリラはミュージシャンにとって聖地と言える場所なので、初めて中に入った時は、思わず泣き出してしまいました。しかも、私が大好きなニール・ヤングも同時期にシャングリラの一室でセッションを行っていたんです。スタジオからは海も山も望めるんですが、そんな風景を眺めながらニールが弾くギターの音が漏れ聞こえているというのは、非常にシュールな体験でしたね。

――究極的に、このアルバムを通じて聴き手にどんなことを伝えたいですか?

ケシャ:まずは38分間、じっくりと耳を傾けてもらって、どこかに共感できるポイントを見出してもらえたらと願っています。手作りというか、愛情を注いで丁寧に作り上げた、大切なアルバムなので。これまでに作った中で最高傑作の一枚だと、誇りを感じています。不安、激しい怒り、絶望などなど非常にヒューマンな体験を歌っていますし、こうした感情は誰もが抱くもの。あなたが怒りや不安に苛まれたとしても、それはあなただけじゃないんだと思ってくれたら嬉しいです。美しい感情だけでなく、自分を震え上がらせるような感情も、等しくヒューマンな感情なのですから。そして、このあとツアーで大好きな日本にも行きたいですね。今年は無理かもしれないけど、近い将来にぜひ!

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