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ロン・アーティス・ザ・セカンド 来日特集



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 一年くらい前だっただろうか。随分久しぶりにベイシス・レコーズ・オーナーの立岩くんから電話をもらって。主には、事務的な用件だったのだが、話しの終わり際にちょろっと「今度、ハワイのシンガーのアルバムをリリースするよ」と言ってたのを覚えていた。なんだか意外だったけれど、ウクレレの販売も結構こだわってやってるみたいだし、現地に行った際に面白いアーティストを見つけたのかな、くらいに思っていたのだった。しかし、ハワイのサウンドとは、と考えたときに「ウクレレとフラ、あ、ギャビー・パヒヌイもいる。近頃だとジャワイアン・レゲエっていうのもあるなぁ...」くらいにしかイメージできていなかったことを少し反省しているのだ。ロン・アーティス・ザ・セカンドの音を聴いて、世界は想像以上に色々だし、音楽はいつも強かであるという事を、改めて感じ入った次第。レーベルのインフォメーションをそのまま引用するなんて、ライターとしては無粋な気もするが、この一文がとても上手にロンのサウンドを表現してくれているので、まずは。

「繰返し聴いても、心地よく飽きのこない肌触りの良い質感、ハワイ育ちの
良質なソウルミュージックをお試しください。」

 これなのである。そして、たぶん、貴方の想像よりも遥かに新鮮な音の体験となることだろう。そう思います。


▲Ron Artis II - Maybelline (HiSessions.com Acoustic Live!)


 ロン・アーティス・ザ・セカンド。耳の早い音楽ファンか、もしくはよほどのハワイ音楽通でなければ、馴染みのない名前かも知れない。しかし、この才能溢れるシンガーソングライターの作品を、日本のレーベルがリリースし、いち早く来日公演を実現させたことは、のちのちにとても誇らしい軌跡となるのだろう。そんな気がしてならないのだ。

 ロンは1986年、カリフォルニアに生まれている。父は、モータウンなどでも活躍したセッション・ミュージシャンであった。ロンが5歳の頃にアーティス一家はハワイに移住している。マイケル・ジャクソンやスティーヴィ・ワンダーらとも共演した父、そしてシンガーでもあった母。両親からの影響は大きく、11人兄弟のうち、ロンと弟二人もプロ・ミュージシャンとして活躍している。幼少期からファミリー・バンドとして、父であるロン・アーティスSr.が鍵盤、弟たちがリズム・セクションを務め、まだティーンエイジャーのロンがギターを聴かせる映像も多く残っている。そこで奏でられているのは、ブルース・ナンバーだったり、アーバンなソウル、コンテンポラリー・ゴスペル、レゲエ、そしてジャクソン・ファイヴばりのポップなナンバーなどなど。幼少期からのそういった、いわばブラック・ミュージックの英才教育がロンの重要なルーツになっているのだ。

 立岩くんが、ロンに関して「種が違う面白さ」という言葉で説明してくれた。なるほど、まるで風土の異なる土地にも逞しく順応して、鮮やかな花を咲かせる帰化植物のような。どうやら、父から受け継いだ音楽のDNAは、ハワイの日差しと風のなかで、アメリカ本土で育ったのとはまた異なる、大きな実をつけることになりそうだ。

ギター一本で、ウクレレ一本で魅せるさりげないオーケストレーション


▲Ron Artis Ⅱ "Acoustics" 2018.06.06 release

 さて。今回の来日に当たっての予習として、日本限定のアコースティック・ソロ・アルバム『Acoustics』について触れておかなければならないだろう。バンド編成での活動もあるロンだが、あえて本作では、アコースティックギター弾き語り7曲、ウクレレ弾き語り2曲、インスト2曲の合計11曲。ベイシス・レコーズからのリリースである。ベイシスと言えば、INDIGO JAM UNITを送り出し、ジャズ・シーンに規格外の洗練と生々しいグルーヴをもたらしたレーベルとしてご存じの方も多いだろう。そのベイシスが行きついたのが、究極にシンプルなサウンドであるというのが、とても意外で、そしてとてもユニークだと思う。

 ロンのハワイの自宅近くのウクレレ工房を借りて、全曲一発録音されたというこのアルバム。まるで波の満ち引きのようなおだやかなインスト曲“Morning Rise”で幕を開ける。続く“Let Me Dance / Let Me Be”は、ジャック・ジョンソンやG.ラヴにも熱烈に支持されるロンの、ソングライターとしての真骨頂と言えるだろう。乾いた、それでいて深い味わいの声が優しく語りかける。

 こういったシンガーソングライターらしいレパートリーの多くで、見事なアレンジ力を感じさせるのも注目すべき点だろう。美しいメロディの起伏を活かすシンプルでいて的確な構成だ。情景の移り変わりに応じて、アルペジオからコード・ストロークへとリズムを際立たせたりといった、様々なアイデアが散りばめられて、ギター一本で、ウクレレ一本で、さりげなくオーケストレーションしている。素晴らしいセンス、嗅覚だと思う。

 アコースティック・ファンクとも呼びたくなるナンバーでのギターの痛快っぷりもロンの聴かせどころだ。大きくウネるグルーヴ感といい、余裕で挟みこまれる素早いパッセージといい、さすが。映像で観ると、ロンのギター奏法が実に多彩なのが判る。ゆったりとした曲調では、ギターのボディのトップにベッタリと小指をつけてアルペジオを奏でるのだが、リズムの強い楽曲では、独特な右手の振り方でギターをカッティングしているのに驚かされる。コードは大きく手首から振り、親指で低音弦を、残りの指の爪を当てて高音弦でコードを鳴らす。単音の速いフレーズは人差し指のアップダウンでまるでピックのようにガシガシと。なんだか、そんなに強くいくと痛そうなほど激しくピッキングしているが、表情は楽勝なのである。フレージングによって右手の振りを使い分けて、猛烈にパーカッシヴなサウンドを繰り出すのだ。硬い音、柔らかい音も自由自在である。ハワイのギター・ミュージックは、スラック・キー・ギターと呼ばれる、変則チューニングを用いた奏法をはじめ、独自の進化を遂げていることで知られるが、ロンのギターの弾き方にも、そんなハワイの地ならではの自由な発想が感じられる。

 アルバムのラストを締めくくる“Love is Love”は、澄んだウクレレの鳴りと、チリチリと倍音成分を沢山含んだロンの声の混じり具合いが絶妙で、まさにハワイとソウルの出会いといったアンバイ。ロン・アーティス・ザ・セカンドの立ち位置を象徴するかのような、ありそうで、なかったサウンドだと思う。


▲Ron Artis II - Love Is Love (HiSessions.com Acoustic Live!)

 そんなこんな。現在のロンの魅力、飾らない姿を引き出した、すてきなアルバムである。恐らくは、立岩くんのプロデュース、ディレクションに対して、ロンが完全に身をゆだねたからこその、この自然体だろう。マイクと顔の距離すらも感じとれるほどリアルに捉えられた声。そして、暖かいメロディの隙間に聴こえる弦の擦れる音すら心地よい。リラックスしたムードの録音風景が目に浮かぶような作品だ。

 現在、ロンは、G.ラヴ&スペシャルソースのオープニング・アクトとして、世界各地のツアーに同行している。そのキャリアを経たのち、彼の魅力に世界が注目し始めるのも時間の問題だろう。ここから大きな輝きを放つであろうロン・アーティス・ザ・セカンド。その原石のままの姿を、ぜひ沢山の日本のオーディエンスに確認しておいてほしい。

Text:ワダマコト

 

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