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ヘイリー・ロレン『FROM THE WILD SKY』リリース記念特集



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 ノスタルジックな雰囲気漂う歌声と豊かな表現力で人気の個性派ジャズ・シンガー、ヘイリー・ロレンが最新アルバム『FROM THE WILD SKY』を携えて7月に来日する。4月に発売された本作は、約2年ぶりのスタジオ・レコーディング・アルバム。どんな選曲でステージを魅せてくれるのか期待が高まる中、Billboard JAPANでは最新作『FROM THE WILD SKY』について追っていこう。(Text by 服部のり子)

ジャズとポップ・ミュージックを自由に行き交う、たおやかなヴォーカル

 生まれた環境が音楽性を育む大きな要因になったのだろう。そう思わせるのがヘイリー・ロレンの歌だ。 公式発表ではないけれど、おそらく1984年前後の生まれ。幼少期を過ごしたのはアラスカ州シトカの人口1万人にも満たない、海と森に囲まれた自然豊かな島だった。そこで、80年代や90年代の最新ヒットではなく、ナット・キング・コールやエッタ・ジェームス、エラ・フィッツジェラルドらの古いジャズ、さらにパッツィー・クラインをはじめとするカントリー・ミュージックを聴いて育った。

 まだ配信で音楽を聴けない時代、古い音源しか身近になかったのかもしれない。でも、その環境が良かった。子供が好むアイドルではなく、伝説のシンガー達の素晴らしい歌をいいお手本として聴いてきたことで、自然に高い歌唱力を身につけていったようだ。10歳頃には人前、たとえば、地元で開催された「シトカ・ファイン・アーツ・キャンプ」などで歌を披露すると、その上手さに称賛の拍手を送られたという。13歳になると、オレゴン州ユージーンに家族で移住。大都会ではないけれど、シトカに比べると、断トツ大きな街で、10代のヘイリーは、ポップ・ミュージックに興味を抱く。なかでもサラ・マクラクランやジョニ・ミッチェルといった知性派シンガー・ソングライターの歌を好んで聴くようになった。そして、彼女達の影響から自分でも作曲を始める。そのスキルは高く評価されて、いくつかの賞を受賞したこともある。ここまでの、20歳前の経歴がヘイリー・ロレンの音楽のベースを培った。この背景を知ると、彼女の歌の魅力がより深く理解できる。

 ヘイリーは、ジャズの素養を持ち、「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」や「この素晴らしい世界」などスタンダードを積極的に取り上げているけれど、伝統的なジャズのスタイルを継承しているシンガーではない。プロコル・ハルムの「青い影」とか、ボブ・マーリーの「ウェイティング・イン・ヴェイン」とか、ロックやポップ、レゲエの名曲をジャズのアレンジで歌ったりもする。レパートリーの幅広さは、ジャズとポップ・ミュージックの両方に親しんできたからこそのもので、ジャンルの枠にとらわれない柔軟性は、たおやかなヴォーカルにも反映されている。

 ヴォーカルがたおやかな背景にはもうひとつ理由がある。2006年のアルバム・デビュー以降、活躍の場が海外に広がってからもユージーンを拠点にしていて、レコーディングは地元周辺で行い、共演するミュージシャンも長年の仲間がほとんど。ロサンゼルスやニューヨークなどエンターテイメントの本場で、自分を売り込むためにオーディションなどでライバルたちと激しく競ったことはない。それが歌はもちろんのこと、ステージでのパフォーマンスに表れている。いい意味で等身大の素朴さがあるのだ。スタイリッシュに着飾ることも、セクシーやコケティッシュを装うこともなく、純粋に歌の物語を独自の解釈で表現していく。ただ、そのなかで、ナチュラルなのに、時おり官能的になるヴォーカルにドキッとさせられる。油断はならない。このギャップがまた彼女の歌を魅力的にしていると思う。


ロンドン、ニューヨークで初めてレコーディングと新境地を拓いたポップな新作

 新作『フロム・ザ・ワイルド・スカイ』は、新境地を拓くアルバム。ある意味、前述した音楽の背景にある全てを超越してしまった。まず、わかりやすいところから紹介すると、地元ユージーンではなく、初めてロンドンとニューヨークでレコーディングした。『マイ・ウェイ』のスペイン語ヴァージョン以外は、全て自作曲という編成だけれど、これまでとは異なり、自身でプロデュースはしてない。念願だったUK出身で、ニュートン・フォークナーやローラ・マヴーラ、レベッカ・ファーガソンといった個性と実力を持ち合わせたシンガー・ソングライターを多く手懸けてきた、トミー・ミラーにプロデュースを依頼している。ミュージシャンもベーシストのベン・ウィリアムスをはじめ、自らリーダー作を発表しているような腕利きが参加している。となると、レコーディング費用は、地元で仲間とする場合とはケタ違いになる。そこで今回、制作費を捻出するためにクラウドファンディングを利用している。

 それもあってか、アルバムのブックレットに「創作過程をこれまでになくオープンにした」という言葉がある。協力者に随時進捗状況を公開していたのだろう。同時に「最もパーソナルな作品である」とも語っている。曲作りをしている段階で、歌詞は、自分と対峙して書いた内省的なものだという。

 3月半ば、黒人女性活動家/ブロガーのセレン・センセイが、「黒人じゃないブルーノ・マーズが黒人音楽をやるのは文化の盗用だ!」と激しく批判し、炎上した。それに対して、偉大な黒人ミュージシャンの1人であるスティーヴィー・ワンダーは「神は音楽をだれしもが楽しめるものとして創造した」とブルーノ・マーズを擁護するなど、黒人音楽についての議論が巻き起こっていた。

 それを知って、1曲目の「ルーツ」を聴くと、新作を制作するにあたり、自分を過去から解放させることを宣言しているように思える。

 十数年前に作ったデビュー・アルバム『Full Circle』は、全編オリジナル楽曲だったけれど、彼女の評判を高めたのはジャズ・アルバムだった。そのあたりの複雑な心境をポエティカルに綴っている。サウンドは、ポップで、緻密に施された多彩なアレンジは、トミー・ミラーが得意とするところであり、都会的に洗練されている。そのなかをヘイリーがイキイキ、晴れ晴れと、ストーリーテリングに歌っている。

 スローな曲『ノア』では旧約聖書の『創世記』をメタファーに、社会の陰を憂いて静かに歌う。

 いずれにしても彼女に抱いてきたジャズのイメージを大きく覆す。もともとジャンルの枠に閉じ込められていたアーティストではないけれど、ここまで方向転換するには勇気がいること。でも、素晴らしい冒険だったことは、作品の完成度の高さとともに、表現がより自由になったヴォーカルから十分に伝わってくる。まさに新しいヘイリー・ロレン。聴きながら、頭に浮かんだのは、同じようにジャズやカントリー・ミュージックを愛し、ジャンルの枠に縛られていないノラ・ジョーンズや、カントリー・ミュージックからポップに転換して大成功しているテイラー・スウィフト…。新たなチャレンジは、ヘイリーの内に秘められてきた可能性をはばたかせることでもある。

 ウクレレの弾き語り風の『オーガスト・ムーン』などもとってもかわいい。新境地に踏み出した彼女にぜひ会いに行きたい。

ヘイリー・ロレン「フロム・ザ・ワイルド・スカイ」

フロム・ザ・ワイルド・スカイ

2018/04/25 RELEASE
VICJ-61772 ¥ 2,640(税込)

詳細・購入はこちら

Disc01
  1. 01.ルーツ
  2. 02.ハウ・トゥ・ディスマントル・ア・ライフ
  3. 03.ワイルド・バーズ
  4. 04.ペーパー・マン
  5. 05.アイ・キャント・ランド
  6. 06.ウェル・ラヴド・ウーマン
  7. 07.ペインターズ・ソング
  8. 08.オーガスト・ムーン
  9. 09.ノア
  10. 10.ウィズダム
  11. 11.マイ・ウェイ
  12. 12.イン・マイ・ライフ (日本盤ボーナス・トラック)
  13. 13.ターン・ミー・オン (日本盤ボーナス・トラック)

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