Billboard JAPAN


Special

FM802代表取締役社長 栗花落 光 インタビュー



CHART insightインタビュー

 89年の開局以来、「関西No.1のミュージック・ステーション」として絶大な存在感を誇るラジオ局・FM802。今や多くのラジオ局、音楽専門チャンネルでは当たり前となった「ヘビーローテーション」システムを日本で初めて導入したことでも知られ、その影響力は全国にも及んだ。リスニング環境など時代の変化に呼応しつつ、“良い音楽を伝える”という変わらない信念で音楽ファンの信頼を得るFM802のヘビーローテーション(ヘビロ)に改めて注目するとともに、ラジオを取り巻く現状から今後までを、802開局メンバーであり、当時の編成部長としてヒット曲を生み出す現場にも携わった栗花落氏に訊いた。

FM802発のヒット曲を作るというのが
関西エリアの音楽シーンで存在感と影響力を示せることに繋がる

―まずは開局時にヘビーローテーションを導入した経緯を教えていただけますか?

栗花落:元々FM802(以下802)を作る時はアメリカのラジオ局がイメージとしてあったんですね。そういうラジオ局を大阪でも作りたいという思いから開局に繋がっていくんですが、そのアメリカのラジオ局にはヘビーローテーション、ミドルローテーション、ライトローテーションと、曲をそういうシステムでかけていくという制度があったんです。ただ、802が採用したものとはちょっと意味合いも形も違っていて、アメリカでは新曲を事前にリサーチしてどんな曲がこれからヒットするかなというところで、1〜2週間ほどのタームで(O.A.回数の異なる)「ヘビー」「ミドル」「ライト」に分け、プログラム・ディレクターと言われる編成局長のような人がそれぞれ楽曲を決めて、そのリストをベースに各番組が選曲していくというのが、アメリカのラジオ局の割とオーソドックスなシステムだったんです。そういうフォーマットとかノウハウみたいなのを色々研究したところから始まりました。

―802が採用したヘビーローテーションとは意味合いや形が少し違うということですが。

栗花落:802はミュージック・ステーションとして関西で立ち上がった局ですから、それを一番アピールできる、またメディアとして、ある程度影響力を持たないといけないので、そのためにどうすれば一番良いのかと考えた時に、「FM802発のヒット曲を作る」というのが関西エリアの音楽シーンで存在感と影響力を示せることに繋がるんじゃないかと。そういう思いで始めたのがヘビーローテーションなんです。だからアメリカの、リスナーに対するテスト・マーケティングのようなものとは違ったと思いますね。802でかかっている曲、プッシュした曲、802のヘビーローテーションからヒットしたって言われるようになる、そういうことを目指したんです。ただ、開局当初は、どういう形にもっていくのが良いのか、試行錯誤もありました。

―開局した6月が、テキサス「I DON'T WANT A LOVER」、ジュリア・フォーダム「HAPPY EVER AFTER」の洋楽2曲に、松任谷由実「ANNIVERSARY」、佐藤博「FUZZY LOVE」の邦楽2曲でした。

栗花落:そうです。数ヶ月してから現在の邦楽1曲、洋楽1曲っていうことに絞っていったんです。4曲だと、どうしても集中度が下がりますから。もうひとつ重要なファクターとしては、802から本当にヒットしたと言える曲であること。当時80年代終わりだと、CMやドラマのタイアップだとか、他の要素でもヒットする楽曲がいっぱいあったんですね。テレビの影響力も物凄くありましたし。それではヒットしたとしても802発と言えるかどうかというのがあったので、大型タイアップ曲や既に売れているアーティストの楽曲は徐々にやめていこうと。だから最初はユーミンでしたが、当然ビッグアーティストでしたから曲をヘビーローテーションにしてヒットしたとしてもそれはユーミン自身の力だと。そういう楽曲、要するに802からヒットしたと確認できないような楽曲は避けようと。そうするとおのずと新人の曲になるんですよ。そういう楽曲を中心に選んで、各番組で必ず1日1回、1ヵ月で大体1曲150〜200回前後かかることになると思いますが、そうやって決めて、今の形になりました。

―おのずと新人になってくるということですが、選定方法は?

栗花落:そこにも少しこだわりがありまして。放送局には、楽曲の出版権を持って売り上げ収益を得るという音楽出版ビジネスを行っている局もありますが、802はそれをやってませんでした。そうでないと、音楽ステーションとして純粋に選曲できなくなりますから。もうひとつは、選曲権をお金で売るということ、これも止めようと。純粋にいいと思うものをヘビーローテーションにしないと、ヒットも生まれてこないだろうと。そのためにどうやって選ぶかというと、現場のディレクターやDJ、そしてFM802社員も含めて、みんなから毎月推したい曲を募って、その中から最終的に編成部で決めます。これは当初から今も変わらないやり方で、徹底してボトムアップで決めていく、局の収益のためという要素は一切排除して純粋にやっていこうというのがヘビーローテーションの重要なポイントでもありました。

―月に200回前後O.A.されるということはチャートにも影響があるかと思いますが、チャートの動きも見られていますか?

栗花落:もちろん、それは見ますね。

―今のチャートに対してはどう感じられていますか?

栗花落:デジタルとかストリーミングの回数とか、最近はビルボート・チャートなどは全部加味した上で出してられるので、ある程度状況がリアルに出てると思います。ただCDの枚数だけだと、中々…特にシングルCDとなると本当にわずかな枚数でベスト10に入ってきますから、そのチャートにどれくらいの意味があるのかっていうことにはなってくるかと思うんです。それでもアーティストの状況、ライブ、色んな配信も含めた中で、それを捉えるということであれば、ヒットしている、売れているというひとつの目安としては、チャートはすごく重要なものだとは思いますね。

―これまでのヘビーローテーションにはシングルじゃない曲も選ばれています。

栗花落:普通に考えればシングル・カットの曲をやりますよね。でも、そうでない曲がすごくヒットしていったということもありましたね。僕が覚えてるのでは、槇原敬之君の「北風」(91年1月)はアルバムのラストに入っていた曲で、シングル曲ではなかったんですね。恐らくレコード会社も、曲というより槇原敬之というアーティストそのものをプッシュしようという態勢はあったかもしれないですが、そのアルバムがすごく動いて、全国から音源を関西に集結させて、大阪でこのアルバムのシェアが50%以上とか、そんなことに繋がったこともありました。あと、カップリングの曲が選ばれることもたくさんあったと思います。

―DREAMS COME TRUEの「サンタと天使が笑う夜」(89年12月)などもそうでした。シングルであることにこだわりはなく、あくまでもアーティストにとって一番いい曲であることが大切だと?

栗花落:そういう視点で選んでいる曲の方が多いかもしれませんね。

―そういった姿勢というか精神はずっと変わらない部分ですか?

栗花落:基本的には今も変わってないですね。ただ、昔はCDが売れたので、ヒットした、してない、がハッキリ出たんですね。大阪のシェアは通常18〜22、23%ですが、ヘビーローテーションになると30%、40%とか、場合によっては50%を超えるものがありました。今はCD自体が売れないので、中々802からヒットしたということが楽曲で示すことが難しくなりましたね。それでもアーティストとしては、どれくらい勢いがあるか、今どういうポジションにいるかということはライブなどのシーンで分かります。関西でのライブの動員がすごく高いとか。その部分では、802でヘビロやりました、だから今の状況がありますよ、と言えるアーティストは結構います。そういう“見え方”は大きく変わったところだと思います。また、音楽の流行やその時代の社会状況など色んなことを踏まえて曲の選び方は若干変わっていくでしょうね。

NEXT PAGE
  1. < Prev
  2. 僕らはアーティストに惚れて、ヘビロにしている
  3. Next >

僕らはアーティストに惚れて、ヘビロにしている

−ヘビーローテーションの中で印象深い楽曲やアーティストはいらっしゃいますか?

栗花落:色々あるんですが、初期の頃で言うとJ-WALKの「何も言えなくて~WINTER VERSION~」(91年12月ヘビーローテーション)は、1年以上の長期間にわたって、ちょっとずつ売れていったんです。いつの間にか“冬”が“夏”に詞まで変わって、それぐらいの期間を要して売れて。最初は大阪エリアのシェアが80%くらいあって、それはもう関西でしか売れてない(笑)。それが徐々に全国ヒットになっていく中で、本来のシェアに戻っていったという例で、すごく印象に残ってます。また、アーティストが実際にそういうことを感じてくれて、やっていて良かったなと思うこともあります。Mr.Childrenが【FM802 MEET THE WORLD BEAT】に出てくれた時、ヘビロの話をステージで喋ってくれたんですね。それは「君がいた夏」(92年8月ヘビーローテーション)という彼らのデビュー曲をヘビロにしたところから始まって、“全国でどこもかけてくれない時に802というラジオ局が応援してくれて、その結果が今です”みたいなことを言ってくれて。そういうことはすごく覚えてますよね、嬉しかったということを含めて。あと、ヘビーローテーションを2回やった人も記憶に残っていますね。

−KANさん(89年7月「REGRETS」・90年8月「愛は勝つ」)やスピッツ(91年4月「ニノウデの世界」・93年8月「裸のままで」)なども2回選ばれています。

栗花落:そうです。あと、安藤秀樹さんも2回(90年5月「青空に会いたい」・91年9月「さよならいとしのBABY BLUES」)やってるんですよ。彼は偶々大きく注目されなかったですが、鈴木雅之さんのヒット曲や吉川晃司さんの曲を作っていたり、ソングライターとしてすごく才能がある人ですし、50歳を越えた今もアーティストとして活躍してます。やっぱり、ある時期にぱっとヒットしただけじゃなくて、アーティストとして長くやっていけるということも重要なんですよ。曲だけというのもヒットとしてはありなのかも知れませんが、僕らはアーティストに惚れて、ヘビロにしていることが多いんですね。だから、長いタームで活躍するアーティストの方が、結果的には意味があるかなと思います。そういうアーティストを最初から応援したということがね。

−それはヘビロにセレクトした覚悟とともにアーティストと運命共同体みたいなものですね。

栗花落:本当、そうですね。それから、斉藤和義さんもデビュー当時にやったんですが、彼は一時、東阪でのライブの動員力に違いがあり、大阪は東京の約2倍ありました。今はそれほど極端な人はいませんが、それに近い人はいて、それは802ヘビーローテーションの影響を示した状況ですから、そういうアーティストは覚えてることが多いですね。

−関西人の自身としては、アーティストが注目されるきっかけとなった曲や代表曲に全国とズレを感じることがありまして。今、名前の挙がった斉藤和義さんが一般的に知られたのは「歩いて帰ろう」だと思うのですが、関西では「君の顔が好きだ」(94年3月)だったり、スガシカオさんも「夜空ノムコウ」ではなく「黄金の月」(97年6月)ですし。その“ズレ”は802のせいじゃないかと。

栗花落:それは僕らの勲章ですね(笑)。この間も、BEGINのコンサートがあったんですが、会場でのアンケートで上位3曲ぐらいをやりますっていうので、その時の1位が「防波堤で見た景色」で、これは関西だけなんだそうです。まさに802のヘビーローテーションの影響なんですね。BEGINも2回やっていて、「恋しくて」(90年3月)ともう1曲がこの「防波堤〜」(98年8月)で。だから未だにこの曲は関西では物凄く反応が良い。

−ヘビーローテーションというシステムを通してアーティストとスタッフとの信頼関係が築かれ、それがリスナーへと伝わり、最終的にはアーティストとファンとの信頼関係に繋がっているように思います。

栗花落:今、“信頼”という言葉を使われましたが、そういう受け手と送り手が信頼関係で繋がる、それこそがブランディング、ブランド力なんですね。802は、こんなアーティストを推して、こんな楽曲をプッシュしてるということを常にリスナーにレコメンドして、それをリスナーサイドから「良いよ」と返してもらえたのがヒットし、「ダメだ」と言われたものはヒットしない。そこにおのずと色んなキャッチボールが生まれて、信頼関係ができていくことが、ひとつのブランド力になります。影響力というのはひょっとすると、そのブランド力ということと近いかもしれないですね。802は30年間、そのキャッチボールをやってきたつもりです。アーティストともやり、リスナーともやる、それが媒体としてのひとつの役目ですから。

NEXT PAGE
  1. < Prev
  2. DJの言葉の力...それがラジオにとっては最大の武器
  3. Next >

DJの言葉の力...それがラジオにとっては最大の武器

−ただ、開局当時から先述の802発のヒットなどをリアルタイムで見てきた人間にとってはヘビロへの信頼度は高いのですが、最近の若い世代のリスナーにはその感覚が薄らいでいるようにも感じます。先ほども言いましたが、送り手としては1ヵ月に約200回もかけるということは相当な覚悟を持って選んでいるかと。そういう思いを今のリスナーにどう伝えていこうと考えますか?

栗花落:僕らは曲をかけること、そして、そのアーティストがどんな人で、その楽曲にまつわる色んな情報をプラスしてリスナーに届ける、それしかできないんですね。僕は今の若い人達も音楽好きは多くいると思っています。ライブの状況なんかを見たりしてるとね、その思いを受け止めて、アーティストの作品をちゃんと聴いている人もたくさんいますから。僕らは出来るだけそういうことを、ラジオを通して、DJは自分の言葉で楽曲を補完して届けることが大切だと。僕はよく、「DJの一番大きな役割は、アーティストが作った楽曲をよりアンプリファイド=増幅して伝えることや」と言うんです。アーティストが投げた最初のコンテンツ力は、どうしても距離が出来ると水の波紋のように段々弱くなってしまって消えてしまいそうになる。そこを途中で増幅してあげるのがDJの言葉だったりするわけで、それをよりパワーアップしてリスナーに伝わるような紹介の仕方をしようということをDJや番組スタッフには伝えているつもりです。それがラジオの役割だし、ヒット曲を作る大きな要素でもあるし、それで生まれたヒット曲は802という局の影響力を示せることになると思います。

−やはりDJの言葉の力は大きいですか?

栗花落:もう、それがラジオにとっては最大の武器ですね。サブスクリプションやストリーミングとか、他に色んなサービスがいっぱいありますよね、今。これらをよくラジオ型と言われますが、そんな言い方やめて欲しいと。ただ単に音が選曲され、順番に並んでるだけで、最も重要なDJの思いや気持ちがそこに乗って紹介されているのとは全く違います。これはラジオだけでできることやと思いますね。

−802は在阪FM局として関西から全国へも影響力を示してきましたが、以前に比べ、関西からの音楽熱や発進力は下がってきたような気がします。

栗花落:必ずしも今おっしゃるような状況は当たってなくて、若いバンド、特にロック系は関西出身、関西発がすごく多いです。

−確かに、KANA-BOON(13年9月「盛者必衰の理、お断り」)やキュウソネコカミ(15年1月「GALAXY」)も。

栗花落:ほかにもフレデリック(16年6月「オンリーワンダー」)やSUPER BEAVER(17年1月「美しい日」)、THE ORAL CIGARETTES(14年7月「起死回生STORY」)とか、結構、関西から出てきています。僕は、これは802というステーションがひとつその状況に何らからの役割を果たしていると。だからCDの枚数でと言われると、中々証明しにくいかもしれませんが、状況という意味ではかなり現在も出来ている部分があると思いますね。

−−昔だと音楽を知るにはラジオは大きな存在で、ラジオで知った音楽をレコードなりCDで手に入れ、ライブに行くというのが普通だったと思うのですが、現在は逆にイベントやフェスで音楽を知って、CDやラジオを聴くという人が増えてきた印象も強いです。

栗花落:色々聴き方はありますが、今おっしゃたようなパターンは多いと思いますね。ただ、未だにラジオで音楽に出会う人も多いんですよ。802では「meet the music on the radio」という言い方をしてますが、これは最初からよく使っているキーワードで、音楽を聴くというのは「listen to the music」という言い方もありますが、meetなんです。meet=出会いですが、それは自分が聴きたい音楽を自分で選んで聴くんじゃなくて、DJや他のリスナーとか、そういう人達が選んだ曲に偶々出会う、そんなコンテンツはそんなたくさんないんですね。しかもDJが選んだ場合は彼らの思いも含めて出会ったり、古い楽曲だったら、昔聴いたものと久しぶりにラジオで出会うわけです。で、その頃の色んな事象も含めて思い出したりとか、そういうものに浸れるっていうのもラジオならではです。

−802はイベントやフェス開催にも積極的で、ヘビーローテーションとリンクした相乗効果をもたらしています。

栗花落:【FM802 MINAMI WHEEL】や【FM802 RADIO CRAZY】など802では色々開催していますが、これもラジオ局“FM802”らしいイベントです。【FM802 MEET THE WORLD BEAT】もそうですし。その日だけのイベントじゃなくて、3ヵ月、4ヵ月前から色んな情報を出し、流れるだろう音楽をかけ、それを聴きながらみんなで盛上がっていく、これはラジオ局でしかできないようなイベントの迎え方です。また、イベント終了後は、行った人から良かったよとか、感想をラジオに返してくれる。そういうラジオ局でしか企画、実施出来ないような、本当の意味で「meet the music on the radio」みたいなこととかもラジオならではの音楽との接し方、触れ方だと思いますね。

−話題のイベントを展開しながらも、やはり基本はラジオだと。

栗花落:そうですね。僕らはまずラジオというコンテンツがあって、それを通してイベントもやるし、リスナーとも繋がるし、そこがすごくポイントですね。そういうやり方ができるのは、やはりラジオしかないと言い切ってもいいぐらいのことがあると。それが今後の802がやっていくひとつの在り方だと思っています。

−802は開局以来、ヘビーローテーションをはじめ、ラジオを武器に革新的なアクションを起こしてきましたが、来年30周年を迎えるにあたって、今後はどういう方向に進んでいこうと思われていますか?

栗花落:やはり音楽っていうものが、さっき言ったCDがあまり売れなくなってるとか、データだけで音楽が流通していくと、パッケージのない状態で20年、30年という長いタームで音楽が残っていくのかどうか、一瞬で終わっちゃうんじゃないかとか、そういう危機感は僕も感じていて。音楽の今後の状況が少しでもマイナスな方向にいかないように、音楽が素晴らしいコンテンツとして残っていくためにラジオがどういうことをしていけるのか、していかなければいけないのかということを考えていくのが、これからのミュージック・ステーションの課題だと思うんですね。そのために具体的にどうしていくかは、また若い人達が時代時代で考えていってくれればいいと思います。イベントやウェブ配信など、色んなことを全部使いながらというのが今のラジオで。聴き方そのものもすごく変わってきていて、radiko(ラジコ)もありますし。そういう面では一時期よりラジオという方法論が増えてはいますから。

関連キーワード

TAG