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シュガーヒル・ギャング来日記念特集~長谷川町蔵×大和田俊之が語るヒップホップの姿



対談インタビュー

 いまヒップホップ/ラップ・ミュージックが世界的に加熱している。アメリカではポスト・マローンやカーディー・Bをはじめ、新世代ラッパーがチャートを席巻。ジャンルとしての売上げでも史上初めてロックを超え、2018年1月の【第60回グラミー賞】では、ジェイ・Z対ケンドリック・ラマーという、こちらも史上初のラッパー同士の対決が実現すると言われる。また、ここ日本でも過去最大級のフリースタイル・ブームが巻き起こり、新世代のスターたちが活躍の兆しを見せている。

 そんな中、ヒップホップとラップを世界に知らしめたと言われる伝説的ユニット、シュガーヒル・ギャングが今月末、東京・大阪での来日公演を行う。このタイミングでムーブメントの原点とも言えるユニットの公演は貴重であろう。そこで今回、Billboard JAPANでは、2011年に出版された『文化系のためのヒップホップ入門』の著者である長谷川町蔵氏と大和田俊之氏に依頼。シュガーヒル・ギャングとヒップホップという音楽/カルチャーの姿について、いま改めて語ってもらった。

「ピザ屋でラップしてるやつがいる」

CD
▲『文化系のためのヒップホップ入門』

長谷川:この『文化系のためのヒップホップ入門』にも書いてあるんですが、そもそもヒップホップって1973年に、いわゆるブロック・パーティーから始まったんです。DJ、MC、ブレイクダンス、グラフィティっていうカルチャーがサウス・ブロンクスから盛り上がってきて。最初はサウス・ブロンクスの地域的なパーティーだったのが、どんどんマンハッタン、クイーンズ、ブルックリンといったニューヨークの他の区でも始まっていく。そんな中で、ブロック・パーティーに行かない人の間では、そこで録ったカセットが出回るようになる。それがダビングに次ぐダビングで、人々の間で人気が出るようになった。そして、「これをレコードにしたら儲かるんじゃないか」という話になって、79年にシュガーヒル・レコードがラッパーを集めようってなったんですよね。

大和田:そうそう、ニュージャージーの<オール・プラチナム・レコード>のオーナー、シルビア・ロビンソンがね。

長谷川:シルビアは、ミッキー&シルビアのシルビアで、ソロとしても「ピロー・トーク」とかセクシーな曲をあてた人。フィラデルフィアのスウィート・ソウルよりも更に甘い、いなたいソウルを出してたグループが、なぜかヒップホップやりたいってなったんですよ。


▲Sylvia Robinson - Pillow Talk (1974)


大和田:確か、オール・プラチナムを畳んだんですよね?それで新しいレーベルを立ち上げるときに、自分の子供がヒップホップのカセットを持っていたみたいで。まあだから鼻が利くんですよね。

長谷川:「これが来るな」と。

大和田:そこからが混沌とした話で、ラッパーを集めなきゃいけないから、知り合いで誰かいないかって聞いて回ったらしいんですけど。なにせ地元がニュージャージーですから。

長谷川:つまり、サウス・ブロンクスから本物のMCを連れてこなきゃいけなかったんですけど、サウス・ブロンクスまで行ったことがある人がなかなか見つからない。「いない、いない……」って言っている間に、「俺ラップ出来るよ!」って後のシュガーヒル・ギャングのメンバーになる奴が名乗り出たという話だったみたいで。

大和田:そこなんですけど、今回詳しく調べてみたら、ビック・バンク・ハンクがピザ屋でバイトしてたときにシルビアにスカウトされたみたいなんですよ。「ピザ屋でラップしてるやつがいる」っていう噂が立ってたらしくて。当時、ビック・バンク・ハンクはコールド・クラッシュ・ブラザーズのグランドマスター・カズのマネージャーもやっていて。マネージャーをしてるからカズのラップの部分をマネできたわけです。それを聞いたシルビアが、「お前できるじゃん」ってなったみたいで。その場でオーディションのような形になったらしいですね。ちなみに、そのピザ屋って今もあるらしいんですけど。カズに言わせるとシルビアが来た時点で「俺らを紹介するべきだろ!」と。

長谷川:そりゃそうですよね(笑)。

大和田:マネージャーなのに全然マネージしてないっていう(笑)。

長谷川:まあでもぶっちゃけ、サウス・ブロンクスに行くこと自体が怖かったんじゃないかなと思いますね。その後、白人のニューウェーブとヒップホップ勢の交流が始まるんですけど、それもヒップホップの連中がダウンタウンのクラブまで出張営業し始めた頃からなので、サウス・ブロンクスまでわざわざ行く人は少なかったと思います。すごい閉鎖的な中でやっていて、でも噂だけは聞こえてきてたみたいな。

大和田:黒人だからといって自由に行き来できる土地じゃなかったですよね。

長谷川:色々ありますから。『ワイルド・スタイル』で狂言回しをやっていたファブ・ファイブ・ブレディもブルックリン出身じゃないですか。やっぱそういう外部の奴がいないとカルチャーとしては広がらないんですよね。


▲『ワイルド・スタイル』


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レコード化=商業主義になるということ

大和田:Netflixのドラマ『ゲットダウン』でも描かれているんですけど、やっぱりブロンクスのコアなヒップホップの連中は、レコード化することにむしろ反発していた。やっぱりこれはイベント/ライブであって、その場に来てみんなで盛り上がるのが良いと。

長谷川:『ゲットダウン』にはアフリカ・バンバータやグランドマスター・フラッシュも登場するんですけど、後にちゃっかりレコードデビューするくせに「俺たちもレコード化は許せない!お前らに協力するぜ。」って主人公たちに言ってますよね(笑)。グランドマスター・フラッシュはシュガーヒル・レコードと契約して成功しましたけど、コールド・クラッシュ・ブラザーズとかは成功しなかった。シングルも何枚か残ってはいるけど、ライブの良さを発揮出来ていないという話もあって。


▲『ゲットダウン』 | Netflix


大和田:それに、レコード化するということは、DJがいらなくなるということなんですよ。

長谷川:基本的にブロック・パーティを仕切っているDJが一番偉かった時代でしたから。

大和田:DJは王として描かれていますもんね。

長谷川:当時のDJたちはもしかしたら、パーティーというか縄張りを広げるっていう方向でビジネス拡大を模索してたんじゃないかと思うんですけどね(笑)。ショバ代で稼ぐっていう。「いつかはマディソン・スクエア・ガーデンで……」とかぼんやり思ってたかもしれない(笑)。発想としては、アメリカ全土にパーティー/組織を作ってショバ代を稼いで、ドリンクとかにもマージン乗っけて売るとか(笑)。アフリカ・バンバータとかが思い描いていたのはきっとそういう世界ですよね。


大和田:音楽と全然関係なくなってくる(笑)。逆に言うと、「レコード化したら絶対うまくいく」というのは、レコードビジネスをやっていたシルビア・ロビンソンのように、当時のシーンにそこまで思い入れがなかったからこそ出てくる発想ですよね。本当にシーンにコミットしていた連中は、むしろそれは嫌だと思っていた。「これでレコードを作るってどうなんだ」と。そのあたりを躊躇いなく作りあげたシルビア・ロビンソン。イベントだったはずのものが、きちんと楽曲になってるじゃないですか。「グッド・タイムス」をベースに使っているからというのもあるんですけど。音楽/ジャンルとして発展するには、ちゃんと楽曲になっていないとダメで、「Rapper’s Delight」はその点でも完璧に曲として聞ける。MCバトルとかじゃなくて、ちゃんと音楽になっているんですよ。

長谷川:レベルが全然違うかもしれませんけど、シュガーヒル・ギャングがレコードを出したというのは、ボブ・ディランがコロンビアと契約したっていうのとちょっと近いなと思っていて。それまでのグリニッジ・ヴィレッジのフォーク・ミュージシャンって、ヴァンガードとかフォークウェイズとか、商業度外視のところとしか契約してなかったし、そういうところとしか契約できないっていう考えにみんな取りつかれていた。そんなときにディランが大メジャーのコロンビアと契約した。ディランのドキュメンタリー映画を観たら、みんな驚いたし、「あいつは商業主義だ」と批判した人もいたけど、じっくり心の奥底を見つめてみたら、結局みんなああなりたかったことに気がついたって当時のフォーク仲間が言ってました(笑)。でも考えもつかなかったし、そんな発想がなかったっていう話があって。

大和田:確かにフォークのシーンと似ているところはあって、もともと反商業主義なんですよね。カルチャーとして。

長谷川:コーヒーハウスで歌って、そこで交流があるわけですよね。

大和田:レコード化すると完全にセルアウトですから。まあでもボブ・ディランとシュガーヒル・ギャングを比べると、フォークの人に怒られると思いますけど(笑)。

長谷川:でも、ラッパーもそう思ったんじゃないのかな、と。元々は小遣いを稼ぎながらみんなからキャーキャー言われたいからブロック・パーティーを始めたとすると、本当のゴールっていうのはポップスターなわけですよ。ただ、ポップスターになるっていう発想が当時のサウス・ブロンクスでは誰も持てなかったと思うんですよね。

大和田:しかも批判すべき対象のディスコがすぐ近くにあったし。フォークってもともと反商業主義だったり、反体制、反資本主義と政治的なジャンルで。でもボブ・ディランがエレクトリック・ギターに持ち替えて、メジャーと契約して、ある意味で商業主義に転じたことで、日本の田舎の若者でも、反体制的なメッセージを「商品」という体制的な制度の産物を通じて消費できるようになった。だからフォークがグリニッジ・ヴィレッジに留まっていたら、その反体制的なメッセージは日本や世界には届かなかったとも言えるわけで。それと同じように、コアなヒップホップのカルチャーにこだわっていたブロンクスの連中は、逆にレコード化には遅れてしまったわけですよね。結果的にそういったことにあまり思い入れがなくて、「レコードで一発あてたれ」みたいな人が、ヒップホップを世界に広めることになった。フォーク・シーンのボブ・ディランのように……結局、シュガーヒル・ギャングとボブ・ディランは一緒だ!(笑)

長谷川:じゃあ彼らにもノーベル賞もあげてもいいってことに……(笑)。これだけ広めたわけですからね。


▲The Sugarhill Gang - Apache (Jump On It) (Official Video)


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「Rapper’s Delight」と「アメイジング・グレイス」

大和田:「Rapper’s Delight」といえば、リチャード・リンクレイターの映画『エブリバディ・ウォンツ・サム』で流れるシーンがめちゃめちゃ印象的じゃないですか?あれって80年ですよね?

長谷川:あの映画の舞台は、1980年の夏休みなんですよね。

大和田:大学生が「Rapper’s Delight」をみんなで歌いながらラップするという。

長谷川:テキサスの大学で白人ばっかりなのに。

大和田:しかも野球部。あれだけみんな口ずさめるっていうのは結構感動的なシーンだと思いました。


▲Everybody Wants Some!! - Rapper's Delight


長谷川:「Rapper’s Delight」を聴いて、とにかく印象的なのは、日本人でも何を言っているかヒアリングできるんですよ。ある程度英語ができれば、ほぼ全部わかる。

大和田:みんなこの曲の最初のバースくらいソラんじてますもんね。『ゲットダウン』でも描かれてますけど、グランドマスター・カズなんかは当時のシーンでもスキルが高くて有名で、客としては「おー!」となるけど、一緒に歌えるというほど簡単ではなかった。

長谷川:フローは今に比べたら単純だけど、複数のラッパーの掛け合い芸みたいなのがすごい複雑なんですよね。その点、「Rapper’s Delight」は一人ずつ出てきて淡々とラップするっていう。

大和田:これなら実践できるというか。

長谷川:わりと単純化してますよね。こんなラップは他にないんですよ。あの異常な聞き取りやすさって、ちょっと離れた(地理的に)人たちがやっているからだし、だからこそテキサスの白人の高校生も真似したくなってしまうという。

大和田:鑑賞して凄いっていうだけじゃなくて、自分でも割と簡単にラップできるっていうのは、ヒットの大きな要因ですね。適度に上手くないというか、完全にオンビートで英語も聞きやすいし、ライムも規則的ですよね。フローが……、とかじゃなくて、歌詞さえ頭に入れればみんなで盛り上がれる。

長谷川:あとリリックにストーリーがあるわけじゃなくて、全部パンチラインっていう。

大和田:ビック・バンク・ハンクの最初の2行「Check it out, I'm the C-A-S-A, the N-O-V-A, And the rest is F-L-Y」ってグランドマスター・カズの自己紹介のラインをそのまま言っちゃってるんですよね(笑)。それがそのまま大ヒット曲になってしまうっていう。

長谷川:ここからはぼくの想像なんですけど、あのラインが“カズ作”っていうのも怪しい(笑)。あの形にまとめたのはカズだけど、全編パンチラインっていうのは、たぶん色んなMCたちの決めフレーズをカズが編纂してるだけなんじゃないかな。それをビック・バンク・ハンクはまるっと使っているわけなんですけど。だからカズが「俺が作った!」って激怒しているわけではなく、あらゆるインタビュー動画で苦笑いなのは、そこら辺の著作権が曖昧だったことを意味しているのかなと思いますね。


▲Grandmaster Caz Talks Big Bank Hank Stealing "Rapper's Delight"


大和田:ワンダー・マイクの最初のバース「I said a hip hop. Hippie to the hippie…」と、「But first, I gotta bang bang the boogie to the boogie. Say up jump the boogie to the bang bang boogie…」のずっとBの頭韻で畳みかけるところとか。「Up Jump The Boogie」なんて、ティンバランドをはじめとして数多くのラッパーが使い回すフレーズになってますよね。

長谷川:あと「Hotel, Motel, Holiday Inn」もピットブルが「Hotel Room Service」で引用していますよね。でもこの頃って個人の生き様とかをラップする時代じゃないから曖昧なんですよ。非常に匿名的なフレーズとかメッセージをみんなが使いまわしている時代だったんで。

大和田:たぶん、ブロンクスで使われていたライムがほとんど共有財産になっている部分があって、コールド・クラッシュ・ブラザーズのマネージャーがそれを見て全部やってしまった、ということですかね。それと、バースのことで調べたらちょっと面白いことがあって、「Now, what you hear is not a test / I'm rappin' to the beat. / And me, the groove, and my friends are gonna / try to move your feet」の部分、ラインでいうと弱強4歩格と3歩格が交互になっているんです。これ、13世紀ごろからある英語の定型詩にバラッド律っていうのがあって、たとえば「アメイジング・グレイス」もこの形式なんですよ。英語の定型詩の中でも古い形式で、とくに賛美歌などに多いようですね。

長谷川:日本語でいう五七五みたいな。

大和田:五七五が日本語に内在するドライブ感みたいなものだとすると、これが英語にもともと備わっているビートのひとつで、だからこそ口ずさみやすいのかなと思って。

長谷川:心地よく聞こえるんでしょうね。

大和田:しかも詩ではなく、ビートがサウンドとして鳴っているので、ラップしやすいですよね。ケンドリック・ラマーのラップなんかは最初から諦めますけど(笑)。それにこの曲は、3人のマイクリレーがあってひとりひとりの個性も楽しめる。当たり前ですけどラップってジャズと同じように練習しないと出来ないし、ゲーム性も高いのですが、そのあたりの難易度が絶妙というか。やっぱりこの曲がヒットしたのは、みんなが歌えるという側面が非常に大きかったと思います。なので、ライブに来るにあたっては、最初の3、4行だけでも練習してラップできるようにしてくるととても楽しいのではないかと。

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ディスコとヒップホップ

大和田:「Rapper’s Delight」って元々15分の曲なんですよね?

長谷川:長い。ディスコだから(笑)。

大和田:19分を15分に削ったっていいますけど、それでも素人に近い連中が15分ずっとラップできるのはやっぱりすごいですよ。それだけ若者の間ではラップというカルチャーが浸透していたとも言えるかもしれませんね。それと、15分間ずっと同じビートが反復されるのってヒップホップの本質というか。Aメロ、Bメロ、サビという構造ではないですからね。

長谷川:シックの曲でもコードチェンジする曲があるんですけど、これ(「グッド・タイムス」)って完全なループ曲じゃないですか。コードチェンジする曲だと、途中で歌になったりする可能性もあったけど、これはひたすら最初のループだけ。

大和田:ラップのためのトラックだったと。

長谷川:最初がこういったコードがループするだけの曲でよかったですよね。これが普通にサビで展開するような曲だったらヒップホップ自体がノベルティで終わったかもしれない。それと「グッド・タイムズ」だったっていうのも重要。もしサウス・ブロンクスのラッパーがレコード・デビューを決意したとしたら、「ファンキー・ドラマー」か「アパッチ」を使っていたと思うんですよ。でもヒットしたばっかりの「グッド・タイムス」だった。


▲ (1979) Chic - Good Times HQ


大和田:そうなんですよ。当時はディスコが流行っていて、でも基本的にヒップホップはアンチ・ディスコのスタンスを取っていて、そういったカルチャーの対立構造も、川を渡ったニュージャージーではそれほど激しくなかったのかも。

長谷川:両者の差異がちょっと曖昧だったんでしょうね。

大和田:だから逆にディスコのトラックの上にラップを乗せるというアイディアはブロンクスからは出てこなかったかもしれないですよね。グランドマスター・カズも何回かレコード化のオファーがあったけど、結局それを蹴ってしまった。そして結果としてシュガーヒルがそれを持っていった。

長谷川:ヒップホップを出すレコード・レーベルとしては、初期の3年間くらいってシュガーヒルの独り勝ちでしたからね。

大和田:グランドマスター・フラッシュやクール・ハーク、バンバータあたりがヒップホップというカルチャーのオリジネーターといえるわけですが、彼らが属するレーベルは、逆にほとんど音楽業界では大きな仕事をしていたわけではなかったり。そのあたりはいろいろうまくいかないというか。当時のブロンクスの連中からしてみれば、ディスコの曲を使うのも掟破りだったでしょうね。

長谷川:アンチ・ディスコのヒップホップなのに、ディスコでヒットしてしまうんですからね。

大和田:完全にパーティー・ラップですからね。本人たちはアンチ・ディスコという価値観を共有していない。

長谷川:むしろディスコでかかって嬉しかったでしょうね、普通に(笑)。

大和田:(笑)。だからこそ逆によかったっていうか。しかもこの曲、PV作ってるんですよ。MTVもまだ無い時代に、海外にもアプローチするためにプロモーションビデオを作ったらしいです。本人たちはカーディガンとかタートルネックを着ているんだけど、周りで踊っている人たちは完全にディスコ仕様で(笑)。


▲The Sugarhill Gang - Rapper's Delight (Official Video)


長谷川:ヒップホップは日本でも、グランドマスター・フラッシュあたりまではディスコとして親しまれていたと思いますね。

大和田:先ほどの話の繰り返しになりますが、ヒップホップが「音楽」として認識されるにはディスコのフォーマットが必要だったということですよね。規則的なビートのダンスミュージックに、たまたま歌ではなくラップが乗ったっていう体裁というか。

長谷川:きっと当時の受け取られ方は、メロディーを歌ってない不思議なディスコってイメージですよね。

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現在のヒップホップ/ラップ・シーン

長谷川:そういえば遂に今年、フォーブスのアンダー30部門がアーバン系ばっかりになりましたね。それとヒットチャートにおけるヒップホップ(R&Bを含む)のシェアが、初めてロックを超えたんですよ。

大和田:アメリカ最大の音楽ジャンルになった。むしろもうとっくになってたイメージがあったんですけどね。

長谷川:シングル・チャートではヒップホップが圧倒的になって久しいですけど、アルバム売上ではロックがまだまだ強かった。でも今はCDでなく、ヒップホップやR&Bにとって親和性が高いストリーミングが中心になった。それで逆転したんだと思います。だからヒットした曲が、なかなか順位が落ちないんですよね。延々とずっと上位にいる。

大和田:アルバムごとにCDをかけるというやり方が完全に廃れてSpotifyでずっと流してるみたいな。

長谷川:そしたらそれが順位を押し上げていっちゃうんで。だからファンが義理堅くCDを買っているだけじゃチャートの上位にはいかない。でも今、ヒップホップの最初期の姿って忘れられつつあるんですよね。この前、米TV番組『Saturday Night Live』でチャンス・ザ・ラッパーがホストを務めた回があったんですけど、ピート・デヴィットソンっていう白人の若手コメディアンがLil Doo Dooっていう「俺、昔のラップわかんないんですよね。」みたいなトラップ系の若手ラッパーを演じたんです。そのゆとり系ラッパーに、チャンスがラップを教えるっていう演出があって(笑)。そのときチャンスは、Soul Crush Crewっていう架空のグループになって、当時よくあったような曲をやるっていうギャグをやってましたね(笑)。

Shoutout to the #SoulCrushCrew (and @questlove and @common.) #ChanceOnSNL

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大和田:Netflixの『ゲットダウン』もそうですけど、忘れ去られると同時に物語化されてきている。

長谷川:そうですね、もはや神話になっている。歴史を全く知らない奴らが一線に立ち始めた状況になってきたので、なおさら最初を見つめ直そうってなっているのかなと思いますね。

大和田:今のアトランタのシーンはヒップホップではなくなってきてますよね。

長谷川:トラップという別の音楽ですよね。

大和田:僕は割と大好きなんですけど、オールドスクールの人たちからすると、MCとか、そんなにこだわってないようにみえる。韻をどこで踏んでとか、中間韻とかマルチとか。それよりも「声にオートチューンかけて、ちょっと歌っちゃう?」みたいな曲が多い。

長谷川:今のラッパーはリリックの中身というより、フックとかワンフレーズが良ければいいという感じ。

大和田:英語のリズムや言葉遊びのこだわりはないですね。

長谷川:今はもうかなり崩れてますよね。英語なのに英語じゃない言葉に無理やりしちゃっているというか。

大和田:トラックが鳴っているからギリギリ追えるっていう感じで。

長谷川:それに、今のラッパーは最初期のヒップホップ/ラップを聞いて育ってきてないですよね。

大和田:でも「Rapper’s Delight」だけは今でも流れていて、圧倒的に知名度がありますよね。逆にナズとが抜け落ちている気がします。

長谷川:確かにいわゆる真ん中の部分、ゴールデンエイジが抜けているかも。個人的には90年代ヒップホップは好きだし偉大と思ってますけど、あの時代のヒップホップってきっちり型を作っちゃってて、それまでにあった雑多な部分を排除している美学なんですよ。それに対して今のヒップホップで何が起きてるかっていうと、その型がボロボロになって色んなものがドロドロ溢れている状態。たとえばゴールデンエイジのヒップホップは、ヒップホップの誕生にプエルトリコ系が絡んでいたっていう歴史を黒歴史にしようろしていたけど、今や止めどなくラテン的なものが出てきちゃっているとか。そういうのは面白いですよね。


▲The Evolution Of Hip-Hop [1979 - 2017]


大和田:ちょっと逆説的ですけど、「Rapper’s Delight」は、ヒップホップの言葉遊びの一面がわかりやすく出ていると思いますね。音楽ファンじゃなくても口ずさめるくらいの広がり方を最初にした。

長谷川:それに今の人たちは「Rapper’s Delight」を聞いて、古いとは思わないと思う。古いって思われるのはRun-D.M.C.くらいじゃないかな。今だにヒップホップを知らない人がギャグにしようとすると「YOYOチェケラッチョ」みたいなことやっちゃっているわけだし(笑)。

大和田:ああ、確かにそうかも。スクラッチが古く聞こえるのかな。

長谷川:そう。それでジャージ着てる人みたいな(笑)。それより古いと逆に面白いって思われる可能性はある。エレクトロとか見直されているところもあるし。シュガーヒル・ギャングは今流行りのディスコ・ブギーの文脈で聴けば楽しめるんじゃないかな。

大和田:マーク・ロンソンとか。

長谷川:そうそう、タキシードとか、ブルーノ・マーズとか。その文脈で聴いてほしいです。音楽的にはそっち系ですからね。もし若い人でそういうのが好きなら、オススメですね。

大和田:ディスコの中でも懐メロ感が漂ってしまう曲もありますけど、シックはエヴァーグリーンな感じがしますよね。

長谷川:音数が少ないからじゃないかな。ベーシックな音だけで出来ているから古びない。

大和田:そう考えると、シュガーヒル・ギャングは若いポップスファンにも見てほしいかな。ヒップホップの正統性に関する議論はひとまず置くとして、この人たちの功績はすごいですよね。しかも今もツアーをまわっていて現役で活動し続けているという。なんといっても創始者ですから。

長谷川:みんな今もう還暦くらいですかね。今回の来日は少なくとも、3人中2人がオリジナルメンバーなわけですから、すごい貴重。すぐ下の世代でも活動を辞めちゃっているラッパーっていっぱいいますからね。それに創始者がハッキリしている音楽って実はあんまり無いんですよね。ジャズだって、ロックだって。ひとつの音楽ジャンルの創始者を観れるっていう機会は凄く貴重だと思います。

大和田:ほんとそうですよね。フリースタイルが日本に広まっている今だからこそ、このカルチャーの元祖をこの機会にぜひ。


▲The Sugarhill gang // Rappers Delight // Kendal Calling 2016


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