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マイケル・キワヌーカ来日記念特集 ~英国を代表するシンガーソングライターへと成長した奇才とUK音楽の現在

 来月4月11日に4年ぶりとなる来日公演を行う英国出身のシンガーソングライター、マイケル・キワヌーカ。2012年の衝撃のデビュー、そして昨年のアルバム『Love & Hate』での躍進など、2010年代にデビューしたアーティストとしては破格の成功を収めつつある彼。Billboard JAPANでは、その記念すべき来日を前に、2017年のマイケル・キワヌーカ、そして英国の音楽シーンの現在を特集。洋楽と言えば、何かとアメリカのシーンが話題になりがちな昨今だが、いままた新たな黄金期を迎えそうな兆候もある英国のシーン、そして、その代表選手であるキワヌーカにぜひ注目して欲しい。(以下、文:山本大地)

マイケル・キワヌーカ~“期待の新人”から“英国を代表するシンガーソングライター”へ


▲『ホーム・アゲイン』

 正直に言ってここ日本におけるマイケル・キワヌーカというアーティストの認知度は、本国のそれとはかなりの格差があるだろう。2012年、BBCによるその年の活躍が期待されるアーティストのリスト「Sound of」で1位に選ばれ、デビュー・アルバム『ホーム・アゲイン』で初登場全英4位という鮮烈なデビュー時にこそ注目されたものの、オーティス・レディングやビル・ウィザーズを引き合いに出される60年代の伝統的なソウル・ミュージックに乗っ取った作風や、彼の真面目そうな出で立ちは確かに少々地味だったかも知れず、後に残るインパクトという意味では他の若手アーティストよりも弱かったと言える。だが、昨年リリースされたセカンド・アルバム、『Love & Hate』は4年という長いブランクにも関わらず、自身初のアルバム・チャート1位を獲得する商業的成功とともに、【マーキュリー賞】にもノミネートされるなど、批評的意味での成功も同時に獲得。いまや彼は英国を代表するシンガーソングライターの一人といえる存在だ。

 本稿では、UKの音楽シーンの現在、素晴らしい出来だった最新作『Love & Hate』、英国に限らず世界における“現代のサウンドトラック”を生み出した彼の現状の立ち位置などを追いながら、いかにマイケル・キワヌーカが重要なアーティストであるかを解説していく。

 まずは、彼が位置する現在のUKの音楽シーンの状況について確認しておこう。

グライムやヒップホップとの横の繋がりにより新たに盛り上がる“UKソウル”の波

 ドレイク、チャンス・ザ・ラッパー、ビヨンセ、フランク・オーシャン…といった名前を例に上げるまでもなく、ここ数年ポップ・ミュージックの中心は常に北米のヒップホップ/R&Bのシーンであり、対する英国は“シーン”として注目を浴びることが久しく無かった。しかし、その盛り上がりが世界的に伝播しているか?を別にすれば、少なくとも英国内では徐々に国産のポップ・ミュージックが元気を取り戻している。


▲STORMZY「BIG FOR YOUR BOOTS」

 何より昨年、前述の【マーキュリー賞】を受賞したスケプタや、先月発表したデビュー・アルバムがグライム・アルバムとして史上初のチャート1位を記録したストームジーといったアクトが象徴する“グライム”のここ数年の盛り上がりは、ここ日本でもシェアされているだろう。だが、そのグライムの話題の影で見落とされがちなR&Bやソウル・ミュージックもまた、多数の若手アーティストが頭角を現し、シーンが活況を呈している、とういことを強調しておきたい。


▲ローラ・マヴーラ
『ザ・ドリーミング・ルーム』

 例えば、昨年の【マーキュリー賞】のショートリストにはナイル・ロジャーズらを起用し、サウンドの幅を拡げたローラ・マヴーラがいたし、ジェームス・ブレイク以降の質感のトラックに90年代R&B的なボーカルを乗せたNAOのデビュー・アルバムも素晴らしかった。また、新人勢を覗けば、2017年版「Sound of 2017」のリスト上位5組中3組がソウルと形容できるアーティストだ。例えば、Ray BLKはストームジーと共演した「My Hood」でブレイクしたし、Jorja Smithはドレイクのお気に入りとしても注目されている。更にRag’n’ Bone Manに至っては既にデビュー・アルバムがチャート1位を獲得している。



▲Rag'n'Bone Man「Human」(Live)



▲V.A.『NEW GEN』

 ここからわかるのは、いま英国では、グライムやヒップホップだけでなくブラック・ミュージック全体が盛り上がっていること、その中でもソウル・ミュージックはグライムや北米シーンとの横のつながりを持った“シーン”として機能し、強い存在感を示しているということだ。老舗インディ・レーベル、<XLレコーディングス>が今年1月にリリースしたコンピレーション、『NEW GEN』が、そうした英国のアンダーグラウンド・シーンを巧みにドキュメントしていたことも記しておきたい。そんな英国のシーン全体を眺めてみた時、冒頭で述べたような商業的・批評的な成功を謳歌しているマイケル・キワヌーカは、このシーンのトップに居るアーティストとも言っていいだろう。

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▲『Love & Hate』

 では、マイケル・キワヌーカを現行の英国の音楽シーンのトップに立たせた最新作『Love & Hate』はどんな作品だっただろうか。それは乱暴にまとめてしまえば、伝統的なソウル・ミュージックを、ピンク・フロイドのようなプログレ的サウンドを経由してアップデートした、アクロバティックなアルバムだ。特に10分超のオープニング、「Cold Little Heart」は象徴的な楽曲でデヴィッド・ギルモアのような泣きのギターを堪能できる上、プロデューサーのデンジャー・マウスの力もあって、エイミー・ワインハウスやアラバマ・シェイクスの作品を思わせるモダン・ソウルなプロダクションに全体として仕上がっている。

 『Love & Hate』は、聴く人によっては保守的にも映りかねないファースト・アルバム『ホーム・アゲイン』の伝統的なフォーク/ソウル・ミュージックのスタイルから大胆な飛躍を遂げており、こうした挑戦的な作品で全英チャート1位を獲得できたことは、何より彼の実力を物語っているといえるだろう。


▲Michael Kiwanuka「Cold Little Heart」(Live Session Video)

 前述の通り、アルバム『Love & Hate』はサウンドのスタイルそのものが挑戦的であったが、リリックやミュージック・ビデオも含めた作品のテーマ性も含めて考えてみれば、英国のみならず、世界を代表する“現代のサウンドトラック”と呼べる作品でもある。

 中でも、アルバムの先行シングルだった「Black Man in A White World」は、白人中心の世界の中で “ブラック”としての個性を求められてきたことに対する葛藤という、彼自身の目線から、今日的なテーマを扱った一曲である。楽曲中も、ハンド・クラップがベースとなるリズム・ワークは原始的なファンクだし、途中から登場するクワイアはゴスペル由来のもので、キワヌーカのソウル・ボーカルの上にあらゆる“ブラック”な音楽要素が溶け合っている。


▲Michael Kiwanuka「Black Man In A White World」


▲V.A.『THE GET DOWN:
ORIGINAL SOUNDTRACK』

 また、同曲と「Rule The World」の2曲の、ヒップホップ・レジェンド=ナズとのコラボ・ヴァージョンが、昨年のNetflixの大ヒット・ドラマ『ザ・ゲッド・ダウン』のサウンドトラックとして使用されたことは、彼の存在感をより大きなものにした。ドラマはヒップホップ黎明期のニューヨーク、サウス・ブロンクスを舞台にした若者たちの群像劇。“白人の世界に居るある一人の黒人”、そして「世界を見たい」と願う若者を歌った2曲は、作品のテーマともリンクしており、いずれの楽曲もオープニングやエンディングなど、作中の大事な場面で使われ、象徴的な役割を果たしていた。オスカーの作品賞を受賞した『ムーンライト』含め、アフロ・アメリカンや彼らが生んだ文化にスポットを当てた作品が、次々と世に送り出される現代のカルチャー・シーン全体を考えた時、ブラック・ミュージックの様々な要素をブレンドし、現代的なテーマも歌うマイケル・キワヌーカの音楽は“現代のサウンドトラック”と呼ぶことが出来よう。この2曲の存在は、ある一人の英国のシンガーソングライターが、アメリカ、そして現代の世界を捉えた象徴的なアーティストであることを示している。

あらゆるジャンルと歴史を横断するダイナミックなライブ・パッケージ

 いかに現在のマイケル・キワヌーカが重要なアーティストであるか、わかって頂けただろうか。最後に、肝心の彼のライブ・パフォーマンスにも触れておこう。『Love & Hate』リリース後のツアーでは、先述したプログレ的な楽曲が再現されているのも見ものだし、オーディエンスにハンド・クラップさせる「Black Man in A White World」は是非生で体感したい。


▲Michael Kiwanuka - Haldern Pop Festival 2016(「Black Man in A White World」の演奏は15:30頃から)

 もちろんファースト・アルバムの楽曲も合間合間で演奏。彼の現在のライブは、全体を通して60年代の伝統的なソウル・ミュージックから、ファンク、ゴスペル、ロックまで、あらゆるジャンルと歴史を横断するダイナミックなライブ・パッケージといえそうだ。

 グライムに負けじと力を見せつつある、いまのUKソウル・ミュージックの象徴として、あるいはアフロ・アメリカンやそのカルチャー全体に注目が集まる現代のサウンドトラックの作り手として、マイケル・キワヌーカは、いま最も重要なアーティストの一人と言えそうだ。

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