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「どれだけの熱狂を生みだせるのかが鍵」 ― 庄司明弘(レコチョク・ラボ所長) インタビュー

 タワーレコード副社長を務める傍ら、2005年にナップスタージャパンで日本初の定額制音楽配信サービス立ち上げに参加、現在はレコチョク・ラボの所長を務める庄司明弘氏。庄司氏が考える、「定額制音楽視聴サービスが日本に根付くために必要なこと」そして「これからのヒットチャート」とは?

定額制音楽配信サービスと向き合い続けてきた10年間

−−庄司さんは、2005年のナップスタージャパン立ち上げに参加されました。2000年代と言えば、まだまだCDで音楽を聴くことが主流だった時代だったにも関わらず、なぜ定額制音楽配信サービスを日本で始められたんでしょうか?

庄司明弘:おっしゃる通り、2005年は今と違ってCDがここまで逆風だとは言われていない時代でした。でも、当時のタワーレコードの代表を始めとする経営陣は「将来、音楽の聴き方がCDだけではなくなる日が来る」という危機感を感じていました。僕は、ただ偶然が重なって、日本初の定額制音楽配信サービスの立ち上げに関わることができたということですが、ナップスターを始めることが決まってから、JASRACさんや、レコード会社、プロダクションの方々に説明に行ったときには「サブスクリプションって何なの?」という方ばかりで・・・実際、僕もちゃんと発音出来ませんでした(笑)。それに、僕たちもCDセールスとの両立のさせ方や考え方など、アメリカから聞いてきたばかりで、体に浸透してはいませんでした。ただ、やる!と決めたCDを売っている会社の人間が、レコード会社に行って一生懸命勉強した知識を振り絞って「実は、まだ秘密なんですが、こんなサービスがありまして…」と、説明しに歩くという始まりでした。

−−定額制音楽配信サービスを初めて日本でスタートさせようとしたのが、CDを売っている人たちだったというのが、とても面白いですよね。

庄司:そうなんです。レコード会社の皆さんも「タワーレコードが面白そうな、でも危なそうな話をしに来ているぞ」という感想だったと思います。でも、みなさんとても真剣に話を聞いてくださり、質問攻めだったことを覚えています。まず「それ何なの?」ということから始まり、「それって、レコード会社にとって得なことなの?」、「そんなことをしたらCDは売れなくなるんじゃないの?」というのが、一番多い質問でした。この夏、AWAやLINE MUSICなど複数の新定額制音楽配信サービスがスタートしましたが、昨日今日始まった話ではなく、レコード会社の方たちにとっては音楽配信サービスと向き合い続けてきた10年間の中の一つの答えだったのではないかと思います。

−−ここで少し庄司さんのキャリアについてご質問させていただきたいと思います。庄司さんは、音楽の仕事を始められたのは、どんなお仕事からだったんですか?

庄司:最初の仕事は、楽器車の運転手を兼ねたツアーマネージャーと作詞です。作詞家になりたくて上京しました。その後、27歳で音楽制作やアーティストのマネジメントをする会社を立ち上げました。そして、インターネットが世の中に浸透し始めた1999年頃に「インターネットと音楽を結びつけるサービスはないものか」と考え始めて、自分の気分で音楽を選べる「TPO Music File.com」というサービスを2000年にスタートさせました。

−−今でもありそうなサービスですね

庄司:「いつ」、「誰と」、「どんな気持ちになりたいか」を選ぶと、20曲くらいのソングリストが出来上がるというサービスです。ただ、当時は「試聴可能なページにリンクする」という許諾しか取れなかったので、試聴をして気になる曲はCDを購入できるように、タワーレコードのECへ誘導するという仕組みを作りました。確か、それがタワーレコードにとって初めてのアフィリエイト広告だったと思います。

−−タワーのアフィリエイトは、その頃に始まったんですね。

庄司:2000年頃は、インターネットと音楽にとっての黎明期だったと思います。ただ、レコーディングスタジオでは、もっと前から音楽をデジタルに変換したり、変換したものを持ち帰ったり…と、デジタルとアナログが混在していたので、スタジオでの仕事が多かった僕にとってインターネットと音楽を結びつけるということは、とても自然な流れでした。そして、のちに参加したタワーレコードの社内でも「変わっていかなければいけない」という気運があったことも僕にとってはラッキーだったと思います。

−−まだまだCDがたくさん売れている時代ですよね。

庄司:タワーレコードも、新店舗をどんどん出していた2005年にタワーレコードから「配信やレーベル事業を一緒に育ててほしい」というお話を頂戴し、タワーレコードの副社長に就任しました。それまで10人くらいの会社のお山の大将だったのに、突然社員2000人、年商600億円の会社の副社長になるというのは冷静に驚きました(笑)。でも、タワーレコードは大好きだったし、その会社の名刺を持てるのは嬉しかったので、意味も分からず必死で働いていました。そして、タワーレコードの経営陣と共にMIDEMに行ったとき、ナップスターと出会ったんです。

−−タワーレコードの社内には、ナップスターと組んで音楽配信を始めることに抵抗がある人はいなかったんですか?

庄司:もちろん、反対意見もたくさんありました。お店の人たちは、毎日1枚ずつ丁寧に売っていますから「月額1980円で聴き放題だなんて、何事だ」という声もありました。でも元々新しいことには前向きな社風ですから、最後には、店舗も応援してくれてサービスが始まりました。私はCDショップの副社長でありながら、敵かも知れない配信会社でも副社長を務めさせていただいていたので「お前は何者だ!?」って言われましたし、他にも色々と言われていた気がします(笑)。

−−お前は、何をやりたいんだと。

庄司:そうです。なので2005年から今までを振り返ると、「CDを買っていただきたい」という思いと、「配信やストリーミングのビジネスも研究・発展させなくてはいけない。でもどちらか片方には振りきれない」というせめぎ合いの10年間だったのだと思います。そして、そんな僕に定額制音楽配信サービスを始めることになったレコチョクが声をかけてくれて、今に至っています。

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−−今後、定額制音楽配信サービスが日本に根付くには、何が必要だと思いますか?

庄司:一番難しい質問ですね(笑)。そもそも何を持って根付くと言うかになるんですが、CDが支えてきた音楽産業の規模と定額制音楽配信サービスの経済的規模を比べるようなことはやめた方がいいのではないか?と強く思います。なぜなら、音楽を聴くという意味では同じですが、サービスとしては全く違うモノですから。それよりも、音楽配信というサービスで若者たちにどんな熱狂を起こせるのかが、一番気になります。今、レコチョクも含め、各社の機能、利用料、曲数の比較表が公開されていますよね。そんなことよりも、ユーザーにとって最も大切なことは、「聴きたい曲が、そこにあるか」、「楽しいか」ということだと思うんです。

−−たしかに、自分が聴きたい曲がなければ、いくら安くても意味がありませんね。

庄司:キザな言い方ですけど、「3000万曲よりも大切な4小節があるはずだ」ということです。音楽配信サービスをやっていると、どうしても「曲数をどうやって増やすのか」、「音質をどう向上させるのか」、「どこまで価格を下げるのか」という数字の話になりがちですが、「このヴォーカルの声で“嫌い”って歌われると、グッとくるよね」というような話が大切なわけで、そこに発見や感動があれば300円だろうが900円だろうが、値段に関係なく聴きたい人はいるはずだし、僕はそうであると信じていたいと思います。

−−でも、今の若者はYouTubeなどの無料のサービスで音楽を聴くことに親しみすぎている気がします。

庄司:そうですね。生まれた時から無料で音楽を聴くことが当たり前だった世代の人たちに対して、音楽を聴くためにお金を使うということは、こういう意味なんだということを伝えていかなければいけないなとも思っているので、今、レコチョク・ラボでは次世代のサービス開発や、新しい音楽マーケットのヒントを探すために、青山学院大学社学連携研究センターと連携したプロジェクトを行っています。

−−何か発見はありましたか?

庄司:一番理解しなければいけないのは、彼らは、カラオケに行くこともイヤフォンを買うことも音楽生活にお金を使っていることだと理解しているということだと思います。実際「最近、音楽を聴くためにお金を使った人はいますか?」という質問をしたところ、「イヤフォンを買いました」、「カラオケに行きました」という答えが自然に出てきました。僕の世代と比べても仕方ありませんが、少なくともカラオケは音楽関連の消費というイメージはないですよ(笑)。「スピーカーで音楽を聴いたことがある人はいますか?」と質問したら、最初は誰も手を挙げませんでした。誰もいないのか…と思っていたら、1人だけ手を挙げた子が「スマートフォンのイヤフォンを抜いたらスピーカーになりますよね?」って答えました(笑)そこで、ある日BOSEのスピーカーを持っていき、教室中で回して聴いてもらって、感想を訊いてみたんです。すると男性アイドルグループ好きの女の子が「歌っている人の呼吸が聞こえて、興奮しました」って答えたんです。

−−なるほど。

庄司:これって、ものすごく重要なことじゃないですか? 自分が好きなアイドルの曲を、今までずっとイヤフォンで聴いてきたけど、初めてスピーカーで聴いたら呼吸が感じられて、とても興奮した。もしかしたら、この子は好きなアイドルの呼吸をもっと聞きたくて、今度アルバイト代でスピーカーを買うかもしれませんよね。定額制音楽配信サービスの話に戻ると、何万曲よりもアイドルの呼吸が聞こえる1曲の方が彼女にとっては価値が高いというわけなんです。

−−たしかに、そうですね。庄司さんは、今後 定額制音楽配信サービスが音楽ビジネスのメインストリームになると思いますか?

庄司:もちろんメインストリームになるとは思いますが、音楽を聴くための選択肢が増えるだけであって、定額制で音楽を聴くスタイルがスタンダードになりCDを買う人がいなくなるという話にはならないと思います。先ほどもお話ししましたが、「カラオケ」、「イヤフォン」、「CD」、「定額制音楽配信」が並列の時代になるような気がします。なので、ビルボードさんも含めて様々なマーケットが新しいサービスを展開することによって、音楽市場全体が元気であることが重要だと思っています。

音楽が聴こえてこなかったようなところに音楽が流れるように

−−私達は、より説得力のあるチャートを提供することで、新しい音楽との出会いが増えればと願っています。そして今年は、チャートを構成する7つのデータを詳しく見ることができる「CHART insight」というサービスをスタートさせました。様々な切り口で最新の音楽を掘り下げることによって、音楽の発見を楽しんでいただければと思っています。

庄司:レコチョクや音楽業界の仲間に怒られるかも知れませんが(笑)、売れたか、売れなかったかではなく「聴かれているチャート」、つまり日本人の音楽生活ランキングみたいなものを作れたら面白いんじゃないかなと思っています。CDのセールスはもちろん、ダウンロード、定額制、カラオケ、レンタル、街頭BGMなどなど、ありとあらゆる音楽生活関連の数字を合算すると、もしかしたら今、一番流れているのはモーツァルトの作品かもしれないし、一番聴かれているアーティストはSEKAI NO OWARIかもしれないし。そのチャートを通じて、曲の持つパワーやアーティストの持つ力の理由が見えてくると、今、流行っている曲を知りたいからチャートを見るより、もっと先のことが見えてくる気がします。

−−それは面白そうですね。あとは、もっと他のデータとも掛けあわせて、「渋谷で遊ぶ人向けランキング」とか、「このブランドが好きな人向けランキング」とかも作ったら面白そうですね。

庄司:昔、「流星号、応答せよ」って言ったら、車が飛んでくるアニメがありましたが、20~30年後には、そんな時代も来るかもしれない。それを見据えて、色んなことを考えていかないとダメですよね。あまりに壮大すぎて、バカバカしくなるかもしれないけれど、10年後にアメリカのビルボードの人が日本に来た時に、「日本って、なんて音楽が好きな国なんだろう」って思わせたくないですか?

−−思わせたいです。

庄司:音楽が聴こえてこなかったようなところに音楽が流れるように、そして5年後10年後に、音楽を作っている人も聴いている人も、みんなが幸せであるように、これからも仕事をしていきたいなと思っています。

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