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2020/06/26

『ウーマン・イン・ミュージック パートIII』ハイム(Album Review)

 エスティ(ボーカル、ベース)、ダニエル(ボーカル、リード・ギター)、アラナ(ボーカル、リズム・ギター、キーボード、パーカッション)の3姉妹からなる、米カリフォルニア州サンフェルナンド・バレー出身のポップ・ロックバンド、ハイム。幼少期も家族でバンド活動をしていたという音楽一家に育ち、3人が独立してグループを結成。2012年に発表した初EP『フォーエバー』からは、タイトル曲「フォーエバー」が、米ビルボード・ロック・ソング・チャートで最高24位を記録。翌2013年には、英BBCによるその年ブレイクが期待される新人アーティスト【BBC Sound of 2013】で1位を獲得し、大きな注目を浴びた。

 同年ポリドール・レコーズと契約し、デビュー・アルバム『デイズ・アー・ゴーン』をリリース。本作は、米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”で6位、UKアルバム・チャートでは、処女作にして1位を獲得する快挙を達成した。本作のヒットを受け、2015年に開催された【第57回グラミー賞】では<最優秀新人賞>にもノミネートされている。2017年に発表した2ndアルバム『サムシング・トゥ・テル・ユー』も、Billboard 200で7位、UKチャートで2位と、2作連続のTOP10入りを果たし、アルバムの1stシングル「ウォント・ユー・バック」は、前述のロック・ソング・チャートで10位にランクインするヒットを記録した。

 本作『ウーマン・イン・ミュージック パートIII』は、その『サムシング・トゥ・テル・ユー』から3年ぶり、通算3作目となるスタジオ・アルバム。リリースまでに計6曲のシングルを発表しているが、そのうち2ndシングルの「ナウ・アイム・イン・イット」が、ロック・ソング・チャートで「ウォント・ユー・バック」を超える最高9位を獲得し、自己最高位を更新した。その他5曲の先行シングルも、同チャートで全てTOP40入りしている。

 アルバムのカバー・アートとシングルのミュージック・ビデオは、世界三大映画祭(ヴェネチア、ベルリン、カンヌ)の監督賞を受賞した映画監督=ポール・トーマス・アンダーソンが担当。プロデューサーには、日本でもヒットしたカーリー・レイ・ジェプセンの『エモーション』(2015年)や、【グラミー賞】のボイコットで話題を呼んだフランク・オーシャンの『ブロンド』(2016年)等を手掛けたロスタム・バトマングリと、アデルやビヨンセ、ジャスティン・ビーバーといったトップ・スターの作品に参加してきたアリエル・レヒトシェイドがクレジットされている。

 昨年夏に発表した1stシングル「サマー・ガール」は、タイトルに直結した清涼感あるオーガニック系のインディー・ロック。曲間で鳴らすサックス音が涼し気で心地よく、時にジャジー・ヒップホップっぽく聴こえる場面もある。上着を脱ぎ、カジュアルな夏の装いに旬感を添えるビデオも、イメージ通り爽やかな仕上がりとなっている。サウンドはカラっとしているが、すれ違う2人の微妙な関係を画いた歌詞は、少々湿気まじりの内容。

 その3か月後にリリースした2ndシングル「ナウ・アイム・イン・イット」は、80年代ニュー・ウェイブの質感を備えたエレクトロ・ポップ。何かを打破するかのような、爽快感・解放感に溢れたミュージック・ビデオもハイムらしい傑作で、特に3姉妹が威風堂々横並びで突き進む終盤のシーンは圧巻。一方、喪失感や踏ん切りがつかない様を歌った歌詞は重たく、サウンドやビデオとは対比した面白さがある。

 3rdシングルの「ハレルヤ」は、交通事故で亡くなった親友への想いと、大切な人たち(家族)への愛が詰まった曲。サウンドは、歌詞にフィットした優しいアコースティック・メロウで、柔らかい口調でたしなめるよう歌うボーカル・ワークや、ゴスペル・コーラスっぽいも、テーマに沿ったアレンジにしてある。3人が交互に引き継ぎ歌うMVも、涙を誘うグっとくるシーンが満載。

 ジミー・ファロンのトーク番組『ザ・トゥナイト・ショー』で披露した4thシングル「ザ・ステップス」は、シェリル・クロウ路線のウエスタン・ロック。上から目線の理解のない彼にもどかしさを感じる、男女の相違あるある……と、いうべきか。男性陣には耳の痛いフレーズが続く。ミュージック・ビデオでみせた鏡に歯磨き粉を吐きかけるシーンは、“そういう意図”が含まれているのカモしれない。

 コロナ禍真っ只中の4月下旬にリリースされた5thシングル「アイ・ノウ・アローン」では、ジュディ・コリンズがヒットさせたジョニ・ミッチェルの「青春の光と影」(1968年)を引用し、自粛期間中に誰しも感じたであろう「孤独」について歌っている。「愛なんて幻想」というフレーズに落とされる「青春の光と影」の歌詞も強烈だが、「アイ・ノウ・アローン」もそれに匹敵する悲観さが伺える。ネガティブな歌詞を緩和させるべく、サウンドはキュートなダンス・ポップで、3人がトライアングルになって不思議なダンスを披露するビデオも、諸々ユニーク。振付を担当したのは、シンガー・ソングライター/ダンサーのフランシス・フェアウェル・スターライト(フランシス・アンド・ザ・ライツ)で、踊りの指導はリモートで行ったとのこと。ソーシャル・ディスタンスのガイドラインに沿った距離を保ち、室内やスタジオではなく、バスケット・コートを舞台にしたのも好感がもてる。

 6thシングル「ドント・ワナ」は、トム・ペティの名盤『ワイルド・フラワーズ 』(1994年)  にインスピレーションを受けた曲だそうで、たしかにそれに通ずるサザン・ロック的な要素も感じられる。自分の意向と反して去っていく誰かについて、少々恨み節を込めて歌っている、歌詞の陰気さもなかなかドギつい。自粛期間中のリリースではあったが、プロモーションとしてジェームズ・コーデンの『ザ・ レイト・レイト・ショー』に出演し、リモートでトークとこの曲を披露した。

 この6曲のシングル含め、本作に収録されたナンバーは3人の経験を基にして作られたとのこと。アルバムを通して聴くと、それぞれ穏やかではない心情や、腑に落ちない恋~辛い別れを経験してきたことが伺える。

 たとえば、オープニングのウェストコースト・ロック「ロサンゼルス」では、彼女たちのホームタウン=西海岸(ロサンゼルス)と、対の東海岸(ニューヨーク)を用いて、居場所のない辛さと情緒不安定な様を歌っているし、4曲目の「アップ・フロム・ア・ドリーム」では、夢の中で描いた理想的な2人と、現実とのギャップに嘆いていたり、と……女性特有の繊細さが所々に散りばめられている。「もう一度やり直してみない?」と、食い違った関係を修復しようと試みる前向きな「アナザー・トライ」もあるが、「運が味方しないなら諦める」と潔さもみせるあたりは、彼女たちらしい。

 振り切って次のステップに進みたい自分と、現状維持で停滞する相手とのもどかしい関係を歌ったミディアム「ガソリン」や、午前3時に電話を掛けてくる非常識な男に、結局惹かれてしまう……という乙女心あるあるを描いたシンセ・ポップ「3am」、女性を軽視する男共に一喝する、女性の権利と地位向上を訴えた「マン・フロム・ザ・マガジン」等、登場人物のダメっぷりも耳が痛い。

 女子の結束を表現したような力強いサウンドに乗せ、去った彼への未練を女々しく歌う「オール・ザット・エヴァ―・マタード」 、 過去に迷惑を掛けてしまった誰かへの、懺悔の気持ちを歌ったカントリー・フォーク「リーニング・オン・ユー」、ネガティブな思想にもがく歌詞を、爽やかなカントリー・ポップに掛け合わせた「アイヴ・ビーン・ダウン」、最後の「死ぬまでずっと愛している」というフレーズに震える「FUBT」(Fucked Up But True)と、メンヘラっぽい要素も満載。それが陰湿でもなく、嫌悪感を抱かせないのは、質の高いサウンド・プロダクションと、彼女たちのキャラクターにある。

 日本では、7年前の【FUJI ROCK FESTIVAL '13】のステージが絶賛され、翌2014年1月の単独来日公演はソールド・アウトと、今も高い人気を博しているハイム。過去2作もすばらしかったが、さらに成長した本作『ウーマン・イン・ミュージック パートIII』で、また多くのファンを獲得するだろう。国内盤は、7月1日に発売予定。

Text: 本家 一成

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