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2020/06/10

<緊急寄稿:COVID-19とジャズ>世界のジャズの中心地=ニューヨークのライブハウスが、いま取り組んでいること

 ニューヨークは世界のジャズの中心地だ。この街には世界中から才能あるジャズミュージシャンたちが集まってきていて、この街にある世界屈指のライブハウスで演奏するために切磋琢磨している。ミュージシャンにとってだけでなく、リスナーにとってもこの街は特別な唯一無二の場所と言っていいだろう。

 一方で、ニューヨークは世界で最もCOVID-19の被害が大きい街でもある。日本とは異なり、都市は早々にロックダウンされ、店舗の営業は「自粛」ではなく「禁止」になっていた。食料品店や薬局などの生活上必須の事業を除く事務所・店舗は閉鎖、集会も全面的に禁止されていて、違反者には罰金が科せられていた。ステイ・ホームが「要請」ではなく、「義務」だったということだ。つまり、ライブハウスでのコンサートの配信も不可能な状態だった。

 そこから徐々に解除されてはいったものの日本では緊急事態宣言が解除された6月の現時点でもニューヨークの街が動き出すまではもう少し時間がかかりそうだ。そして、日本同様にライブハウスが元に戻るまでにはまだまだ長い時間を必要としそうな状況でもある。

 ここではそんな状況下でニューヨークにある世界屈指のジャズのライブハウスはどんな活動をしているのかを紹介したい。

 基本的には全てがオンラインでの活動で、そのほとんどがページのトップにペイパル決済できるドネーション(寄付)のリンクがある。もしサポートしたい方はぜひ、ドネーションしてみてください。

現代のジャズシーンを支えてきたライブハウスたちの取り組み

 まず紹介したいのはThe Jazz Gallery。ここはニューヨークの若手ジャズミュージシャンの登竜門で、ハイブリッドなサウンドを作る近年のジャズミュージシャンたちにとって、必ず出演したい場所だ。アーティストの挾間美帆がディレクターを務めるラージアンサンブル/ビッグバンドの新たな作曲家を紹介するイベント【Jazz Composers' Showcase】を行っていたりするのもそんなThe Jazz Galleryのコンセプトがよくわかる事例だと思う。COVID-19後、過去のライブ動画も公開しているが、メインにはアーティストとのZOOMでのオンライン・ミーティングを中心にインタビュー動画の公開などを行っている。これは以前、紹介したスナーキー・パピーが運営する〈GroundUP Music〉がCOVID-19以後にやっているオンライン・レッスンに近いと言える。日本でもお馴染みのシャイ・マエストロやマーカス・ストリックランド、ミゲル・ゼノンらに加え、まだ20代の超若手のジョエル・ロスなど実に興味深いラインナップだ。そういったミュージシャンのオンライン・ミーティングやレクチャーを取りまとめ、広く知らしめるためのプラットフォームとして、世界的な知名度を誇るライブハウスを使っている。ジャズと教育の距離が近いことを示す動きとも言える。

https://youtu.be/QVNE17wFKgM


 早くから動いたのがSmallsLIVE。ここは90-00年代のコンテンポラリー・ジャズ・シーンに最も貢献したライブハウスのひとつで、ライブだけでなくここで行われジャムセッションなどで多くのジャズミュージシャンが育ち、発見されてきたことでも知られている。どちらかと言うとストイックなジャズを追求するタイプのジャズミュージシャンの活動にとって重要な場所でもあり、ミュージシャンたちにとって特別な場所と言っていいだろう。2003年に一度閉鎖して、2006年に再開していることもあり、再開後は運営に関しても工夫していて、その中でミュージシャンたちのライブを2007年ころから生配信していたことでも知られている。日本での生配信が定着した『DOMMUNE』のオープンが2010年からと考えるとかなり早い。生放送であれば誰でも見られて、料金を払えばそのアーカイブを見られる仕組み。その動画のロイヤリティはSmallsLIVEからミュージシャンに直接支払われ、リスナーが動画を見ることでミュージシャンをサポートできるようになっている。COVID-19以降はそのシステムをアピールして、ドネーションやサポートを募った。長い間、蓄積してきたライブ動画のアーカイブがあったからこそ動けたとも言える。

 長い運営の中で残っていた映像アーカイブを活かしているといえば、名門ジャズクラブのBlue Note New York。サブスクリプションモデルで毎月10ドルを払えば、ここで配信されているレジェンドたちの貴重映像を有料で見ることができる。ジョアン・ブラッキーン、ダイナ・ショア、アイザック・ヘイズ、ジョン・トロペイ、マーク・コープランド、ジャッキー・マクリーン、ロイ・ハーグローヴなどのライブだけでなく、インタビューの映像も見られる。長い経営の中で撮り貯めてあった映像がこういう時に活きてくるようだ。このサービスはCOVID-19禍対応で現状4か月間限定と記されているので公開されているうちに契約して、見られるうちに見ておくべきかもしれない。

危機状況下での「小さなビジネス」を支えるもの

 ちなみにBlue Note New Yorkが使っているのは「Patreon」というサービス。コンテンツ提供者側から見れば自前でファンクラブが作れるような仕組みで、ファンは月額を払うことでアーティストの動画やメッセージ、楽曲などを視聴できる。月額も何段階かに設定できて、金額に応じたサービスを設定することもできる。Blue Note New Yorkは、これを使って営業再開後の会場での特別なサービスを加えたVIPプランも提供している。Patreonは日本で言えば、noteが提供している有料マガジンもしくはオンライン・コミュニティ・サービスのようなもので、Blue Note New York以外にもステイ・ホーム中のジェイコブ・コリアーベッカ・スティーブンスカミラ・メサらが定額制でテキストや動画を提供したり、オンラインQ&Aを行ったりしている。今まではジャズのシーンではこうした使用例はあまり見られなかったが、COVID-19禍中にこういうサービスも使われ始めているのは、(ライブが再開されるまでの期間限定かもしれないとはいえ)変化のひとつと言えるかもしれない。

 少し脱線したが、Blue Note New Yorkに話を戻すと、有料の動画だけでなく、無料の動画配信も行っていて、Blue Note at Homeという企画で様々なアーティストの自宅ライブの生配信をフォロワー10万人を超えるBlue Note New YorkのInstagramFacebookページのアカウントでやっている。世界で最も有名なジャズクラブだけにラインナップも素晴らしいので要チェックだ。

 
 
 
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Blue Note New York(@bluenotenyc)がシェアした投稿 -2020年 6月月7日午後6時26分PDT


 The Jazz Gallery、SmallsLIVE、Blue Note New Yorkのどのライブハウスもオフィシャルサイトを見ればわかるが、あくまで生演奏のライブにこだわって音楽を提供していたライブスペースであり、これまでオンラインに関しては積極的に推し進めてきたわけではない。だが、そこで行われていた質の高い音楽とその演奏の記録、そして、そこに集うハイレベルなミュージシャンたちがいれば、COVID-19禍の状況でも面白いものを提供できることを示していると言えるだろう。

 名門Village Vanguradもこれから配信を始めるとのこと。他にもRockwood Music Hallはアーティストの自宅からのオンライン・ライブをインスタライブで配信していて、まだ知名度低いアーティストを紹介している。スモール・ビジネスでもあるジャズシーンからはCOVID-19禍だからといって驚くようなサービスはなかなか出てこないかもしれない。しかし、そのコンテンツの確かさと地道さで着実に生き抜こうとしていることは注目に値すると僕は考える。ニューヨークのライブハウスがそれぞれにコンセプトをきちんと掲げ、それを守ることでそのライブハウスのイメージを定着させていることがこういった活動を可能にしている状況は、ポスト・コロナを考える際のヒントになるかもしれないとも思う。

Text:柳樂光隆(Jazz The New Chapter)