昨年のクリスマスイブに酒をやめて以来、実に多くの変化がある。酒が欠かせなくなった原因はストレスだった。晩酌の際に、夜遅くに食事も摂る。体重も増え、酒が覚めた時、心身ともに不調の日が増える。そのストレスを晴らすために、さらに酒量が増える。そんな悪循環が続いていた。

まず、食欲が減り、夜中にご飯を食べなくなった。次に、睡眠が深くなり、しかしながら、常に眠くなった。血圧計で計測したら、15ぐらい下がっていた。活動時間が増えたので、読書量が増えた。酒代が、書籍や映画などの代金に代わった。

以前は、グラスを傾けながら、企画原案のメモを作ることも多かった。例えば、「東京パフォーマンスどーも」は、行きつけの店でひらめき、その場で書き留めた。このように生まれたアイデアは、かなりの数、存在する。

いまでは、会食でもノンアルコールだ。しかし、そのような場でのひらめきや発見は、全く減ることがない。むしろ、冷静に観察できるので、ヒントをたくさん得るようになった。ウーロン茶でも、十分、心は解放されている。

先日、札幌で、友人たちと、地元の人が集まる居酒屋で寄り合いを催した。元々、東京で数々のアーティストを手がけ、いまは故郷の札幌でプロダクションを経営する方。縁があり、札幌で起業した、ヘビメタバンドのドラマー。北海道に魅せられ、札幌で就職した、大学の教え子。立場が異なる者同士で語り合うエンターテイメントの話題が、旬の素材の料理の味を彩った。東京にばかりいると、ついつい、狭い視野で物事を考えてしまう。ところが、札幌から日本の音楽シーンを俯瞰すると、どのようにすれば日本全体に音楽が行き渡るか、その大切さと難しさが、同時に見えてくる。やはり、どんなにテクノロジーが進んでも、その場に行かないと感じ取れないことばかりだ。

何のプランも持ち合わせない滞在だったので、当日券を買い求め、札幌コンサートホールKitaraで開催された、ピアニストの及川浩治さんのリサイタルにも足を運んだ。Kitaraは、北海道の木材をふんだんに使った、実に素晴らしい響きを持つ会場だ。かつて、札幌で勤務していた際は、仕事で、何度も足を運んだ。初めて私が制作に関わったCDは、札幌交響楽団による、ベートーベンの「第9」だった。及川さんは、ベートーベンの5大ピアノソナタを演奏した。１つ１つの音色が、心と体に沁み込んだ。オフだからリラックスしていたこともあるが、酒が抜けたので、聴こえ方も変わったのだろう。

札幌の街中には、海外から来た観光客が数多く見かけられた。彼らに提供し、楽しんでもらえる、日本のエンターテイメントは何なんだろうか？私が海外に行った時のことも鑑みながら、インバウンドとエンタメをどのように掛け合わせれば良いのか、思索を巡らせた。街中では、なかなか、日本の最先端の音楽シーンを発見することが出来ない。ネットの中で拡大した音楽シーンを、如何に実際の風景の中で接触するように出来るか。狸小路を何度も往復しながら、3.5次元的な発想が、20年代の鍵になることを、強く感じた。

またいつか、酒と上手く付き合える時がきたら、飲み始めようとは思っているが、いまは、穏やかな気持ちを楽しんでいる。幾つもの重層的な世界が相互作用している現代だが、そうは言っても、私たちは、リアルワールドに生きざるを得ない。ヴァーチャルワールドの英知を取り込むためにも、まず、自分のインナーワールドを変えていく。その大切さに、この冬、気づいた。Text：原田悦志

原田悦志：NHK放送総局ラジオセンター　チーフ・ディレクター、明治大学講師、慶大アートセンター訪問研究員。2018年5月まで日本の音楽を世界に伝える『J-MELO』（NHKワールドJAPAN）のプロデューサーを務めるなど、多数の音楽番組の制作に携わるかたわら、国内外で行われているイベントやフェスを通じ、多種多様な音楽に触れる機会多数。現在は「イチ押し　歌のパラダイス」「ミュージック・バズ」「歌え！土曜日Love Hits」（NHKラジオ第一）などを担当。