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2019/11/09

カラオケは「ノスタルジー」から「ディスカバリー」へ【世界音楽放浪記vol.72】

ビルボードジャパンの「チャート・インサイト」を見ると、現代のヒットの要素が並んでいる。そのほとんどは、「CDセールス」「ダウンロード」「ストリーミング数」「ツイート数」「動画再生回数」など、「音楽に接触し、受容するプロセス」を指標化したものだ。だが1つだけ、異質な項目がある。「カラオケ」だ。カラオケは、記憶に宿った「うた」を、人が自ら表現するためのツールだ。つまり「リスナー」が「パフォーマー」とならないと、カラオケではヒットを記録しない。

音楽は人生に寄り添うものだ。特に、多感な青春時代の思い出には、その時代の音楽が彩りを加えているという方も多いだろう。マーケティング用語では、よく「刺さる」というキーワードが用いられる。では、心に刺さった音楽の命は、どこに宿るのか。私は、「口」だと考えている。1人でも口ずさんでいる限り、その楽曲は命を持ち続けている。多くの人々が口ずさむ音楽は、それだけ、大きな生命力を持っているのだ。

かつて、ヒット曲が社会的に共有されていた時代は、カラオケで参加者が合唱することは、当たり前の光景だった。いわば「ノスタルジー=旧懐」としての機能だ。「1人1ジャンル」のいま、カラオケには、もう1つの機能が加わった。「ディスカバリー=発見」の場だ。私が講師を務める明治大学の学生たちの調査によると、「どこで音楽を聴くか」の1位はカラオケだった(https://www.meiji.ac.jp/nippon/info/2018/6t5h7p00000sdihk-att/a1533536983988.pdf)。彼らと一緒にカラオケに行くと、各自が、ジャンルや時代を超えた、好きな曲を歌う。友人の歌った、それまで知らなかった楽曲を聴くと「それ、何て曲?」「いい曲だね!」とリアクションし、スマホでストリーミングし、ダウンロードする。彼らにとってカラオケは、歌うだけでなく、他の人の「好き」を知る場になっているのだ。1人1人の「好き」の集積がヒットを生み出す現代において、カラオケは、「人々の口に宿った」生命力溢れる曲の最前線を知ることが出来る、稀有な場に変容した。

ビルボードジャパンの10月21日~28日のカラオケチャートの1位は、89週に渡りチャートインを続ける、米津玄師の「Lemon」だ。2018年2月にリリースされて以来、多くの人々が歌い続けている姿が目に浮かぶようだ。同じように、2位の「Pretender」(Official髭男dism)は28週、3位の「マリーゴールド」(あいみょん)は68週、4位の「パプリカ」(Foorin)は44週、5位の「さよならエレジー」(菅田将暉)は92週と、ロングテールのヒットを続けている。

さらにページをスクロールしていくと、8位の「糸」(中島みゆき/1998)、11位の「残酷な天使のテーゼ」(高橋洋子/1995)など、20世紀の歌もランクインしている。「ノスタルジー」が、新しい世代にとっては「ディスカバリー」となり、「うた」の命を繋いでいることが分かる。

私が担当している「ミュージック・バズ」(NHKラジオ第一・毎週土曜 午後1時5分~)では、毎回「カラオケ・バズ」というコーナーを設けている。ラジオでカラオケ音源を流すのは異例かもしれないが、リスナーの皆さんには「聴く」だけではなく、「歌う」楽しみも堪能してほしいという思いからだ。ニコニコ動画の「歌ってみた」「踊ってみた」などを同時代体験した世代は、自らの「好き」を、SNS等で発信したり、共有したりすることに躊躇しない方も少なくない。ヒットチャートは、リスナーがアーティストや楽曲を発見し、各自が「好き」を伝え合い、創出する時代だ。近々、また、カラオケに、他の方の「好き」を知りに行きたいと思っている。Text:原田悦志


原田悦志:NHK放送総局ラジオセンター チーフ・ディレクター、明治大学講師、慶大アートセンター訪問研究員。2018年5月まで日本の音楽を世界に伝える『J-MELO』(NHKワールドJAPAN)のプロデューサーを務めるなど、多数の音楽番組の制作に携わるかたわら、国内外で行われているイベントやフェスを通じ、多種多様な音楽に触れる機会多数。