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2018/12/12

16年の空白をピュアな空気で満たしてくれたヴァネッサ・カールトン。美しい旋律とアコースティックな響きに身を委ねる、イルミネーション煌めく夜

 「こんばんは……」――完璧な発音とイントネーションの日本語で挨拶すると、少し緊張した表情でピアノに手を置き、ていねいに鍵盤をなぞり始めた。そのあとを追うように、一緒にステージに上がったメンバーのスカイ・スティールが抒情的にヴァイオリンを絡ませていく。静かな会場に粒立ちのいいアコースティックな音が美しく響き渡っていく。

 16年ぶりの来日を果たしてくれたヴァネッサ・カールトンが、公私にわたるパートナーのジョン・マッコーリー(g)を含む3ピースのステージを僕たちにお披露目してくれた。

 リズム・セクションのいない編成。彼女が届けたいのはダンス・ミュージックではなく、心をピュアにしてくれるメロディと湧き上がる想いを込めた言葉。その両者が響き合うことで、ヴァネッサ独自の音楽が聴こえてくる。冒頭から深い色合いの音を奏でながら、しっとりと歌い始めたヴァネッサに、観客は次第に釘付けになっていく。リリカルな旋律に導かれた、誠実な“物語り”を感じさせるライブになった。

 2001年にリリースされた「A Thousand Miles」のキャッチーなメロディと凛とした歌声に衝撃を受けたファンの1人として、僕は02年の「Ordinary Day」も惚れ惚れしたし、04年の「White Houses」でのキュートな語り口も大好きだった。どの曲にも軽快なリズムと親しみを感じさせる旋律が敷き詰められていて、ヴィヴィッドで品のいいポップスをたっぷり楽しませてくれた。

 しかし、今宵のヴァネッサは前回の来日のときから格段の成熟を遂げ、アーティストとしての深みをたっぷり感じさせるシンガー・ソングライターに“変貌”していた。

 米国・ペンシルヴェニア州出身のヴァネッサ・カールトンは、現在38歳のシンガー・ソングライター。クラシックをバックボーンにした気品を滲ませながらも、揺れ動く女性のリアルな感情を瑞々しく表現し、02年にリリースしたデビュー作『Be Not Nobody』が同世代を中心に支持を得た。そこからドロップした「A Thousand Miles」はオーストラリアで1位、イギリスで6位に。その他、ヨーロッパ各国でトップ10入りのヒットを記録した。また、今年は3月から6か月連続でカヴァー曲のレコーディングを実践。ニール・ヤング以外、すべて女性が作ったり歌ったりしたナンバーを取り上げたこの企画は、彼女独自の“読み替え”が秀逸だ。そしてニュー・アルバムのリリースが間近と噂されているタイミングでの再来日。

 鍵盤からは艶やかな音がこぼれ落ち、声には繊細なエモーションが波打っている。スカイ・スティールと2人で進行した前半は、目下のところ最新アルバムの『Liberman』(15年)や『Rabbits On The Run』(11年)からのナンバーを中心に歌と音を紡いでいく。そして中盤にはジョンのギターも加わり、ヴァネッサがピアノを離れてスタンドマイクの前に立つシーンも。厚みを増し、響きが広がっていく音に、どことなく幸福感が漂っているように感じるのは僕だけだろうか――。リラックス感が滲む演奏に観客もネクタイを緩め、くつろいで聴き入っている。

 デビュー当初は20代前半だったヴァネッサも、現在はアラフォー。ニューカマーの時代は躍動感溢れる瑞々しいメロディが看板だった彼女も、今はより深い表現領域に足を踏み入れている。その端的な表れが歌詞の新たな意味付けだ。聴き慣れたナンバーが、リリースされたばかりのときよりも多面的な意味を孕みながら観客に届けられる。

 また、基本的な音楽スタイルは不変ながら、彼女の発する音は絞り込まれ、研ぎ澄まされ、確信に満ちている。そのポジティヴな響き。1つひとつの音に込められた意思、そして想い。シンガー・ソングライターとして、例えばキャロル・キングのように、僕たちリスナーの気持ちを高揚させ、癒してくれる歌。一瞬にして本質を捉え、それを深い旋律と共鳴させていく鮮やかな感性。深いエモーション――。

 まるで手綱を力強く引き寄せるように、観客の意識を束ねてしまうヴァネッサの吸引力。会場の空気がディープな色に塗り替えられていく。終盤に、それを象徴するシーンが訪れた。
 ラスト・ナンバーでピアノの演奏を止め、ハンド・クラップを始めた彼女に応えるように、観客も手を叩き始める。ステージと客席を繋いだ手拍子は聖堂に響く賛美歌のよう。空気が凍った12月の夜の街に、まるで精霊たちが舞い降りてくるようなエンディング。時間の経過と共にピュアな空気が会場を包んでいき、演奏者と聴き手は1つになった。

 16年の空白を充分に埋めてくれたディープな今回のステージ。彼女の歌と演奏は12日の今日も東京で、14日には大阪で“体験”できるチャンスがある。真摯なメッセージと親近感溢れるメロディを全身に浴びて、師走の気ぜわしさをほんのひと時、忘れてみるのもいいのでは? あと半月の「今年」を駆け抜けるためにも、ヴァネッサのライブでエネルギーをチャージしてみて。


◎公演情報
【ヴァネッサ・カールトン】

≪ビルボードライブ東京≫
2018年12月11日(火)※終了
2018年12月12日(水)
1stステージ 開場17:30 開演19:00
2ndステージ 開場20:45 開演21:30

≪ビルボードライブ大阪≫
2018年12月14日(金)
1stステージ 開場17:30 開演18:30
2ndステージ 開場20:30 開演21:30

URL:http://www.billboard-live.com/

Photo:Masanori Naruse

Text:安斎明定(あんざい・あきさだ) 編集者/ライター
東京生まれ、東京育ちの音楽フリーク。12月も中旬を迎え、パーティ・シーズンたけなわ。今年はクリーミーなスパークリング・ワインにこだわってみてはいかがですか? シャンパーニュはもちろん、瓶内二次発酵によってきめ細かな泡立ちを実現したヴァン・ムスー。ほんの少しのドサージュが爽やかな口当たりの甘味も楽しませてくれる。今年もあと半月。クリーミーな発泡ワインで1年の疲れを洗い流して、リフレッシュした気分で新しい年を。

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