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2021/08/16

『プレッシャー・マシーン』ザ・キラーズ(Album Review)

 昨年8月にリリースした前作『インプローディング・ザ・ミラージュ』は、かつての煌びやかな“キラーズ・ロック”的要素は薄れたものの、時世とキャリアに見合ったスタイルのすばらしいアルバムだった。遊び心のある華やかでラジオ向きのポップ・ロックこそ……という往年のファンには物足りなさもあったかもしれないが、謙虚且つバランスを備えた今のキラーズを支持する声も多く、バンドは良い塩梅に熟成しているように思える。

 本作『プレッシャー・マシーン』は、その『インプローディング・ザ・ミラージュ』から1年をかけて完成した、通算7枚目のスタジオ・アルバム。前作に続き、ショーン・エヴェレットとフォクシジェンのジョナサン・ラドーを共同プロデューサーに迎えた意欲作で、フロントマンのブランドン・フラワーズが青春期を過ごした米ユタ州の小さな街ネフィでの出来事や想い出など、実話をベースに制作したのだという。モノクロのシックなカバー・アートも、現地で撮影した写真をそのまま起用。

 故郷の想い出と言っても、ノスタルジックで温かみのある回想シーンはなく、経済的困難に陥った街の政治・社会情勢、オピオイド等の薬物蔓延、打ちのめされるような悲劇・後悔といった重い主題がのしかかる。もちろん、昨年から世界を混乱させている新型コロナウイルス感染についてもしかり。前作『インプローディング・ザ・ミラージュ』もそうだが、パンデミックを受けてこそこういった課題に取り組めたという捉え方もできなくはない。先行シングルの反響を手探りすることもなく、初めて歌詞から曲作りをするという新しい試みにも挑戦した。

 アルバムは、街の雰囲気・情景が浮かぶカントリー調のミディアム・メロウ「ウエスト・ヒルズ」で幕開けする。チェロ&ストリングスの優しい音色と力強いエレキギターの対比、広がりのあるサビが心に響くオープニングに相応しい傑作で、ブランドンの基盤にあるキリスト教会(モルモン教)を題材に厳しい現実を訴える。インタールードの野性的なハーモニカと繊細なピアノ・ソロが映える、80'sニューウェーブ風の次曲「クワイエット・タウン」では、ドラッグ中毒に陥った子供たちの悲劇と、小さな街の悲しみをあえてハイテンションに描写した。

 ジョナサン・ラドーのハーモニカとアコースティック・ギターがアクセントになったバラード曲「テリブル・シング」では、か細いボーカルで若者のセクシャリティ~自殺について取り上げ、デイヴィッドのノイジーなギタープレイとサラ・ワトキンスのフィドルが光るロッカ・バラード風の「コーディ」では、思春期に出会ったちょっと悪い友人について触れ、次の「スリープウォーカー」では、繊細なタッチで街の美しくも儚い季節の移り変わりを感じさせてくれる。

 唯一ゲストが参加した「ランナウェイ・ホーセズ」は、米LA出身の女性シンガー・ソングライター=フィービー・ブリジャーズとのコラボレーション。バックで囁くように歌うフィービーのボーカルが活きたインディー・フォーク調のサウンド、困難な人生に立ちはだかった時の優しいメッセージを乗せた歌詞共に心に訴えるものがある。ミディアム~スロウが続いた後、次の「イン・ザ・カー・アウトサイド」ではシンセとエレクトリック・ギターが疾走する爽快なダンス・ロックへと転換する。この曲の内容も、宗教的な要素が強い。

 8曲目の「イン・アナザー・ライフ」は、選択肢により人生は違う方へ向かう……という誤ったジレンマをテーマにした曲。誰しも一度は直面するこの遣る瀬無い主題に直結したメロディラインが、曲のイメージ・思想をさらに膨らませる。フィクションではあるが、家庭内暴力という深刻なテーマを題材にした「デスパレット・シングス」も、地味が故にメッセージの強さが引き立ついい曲。典型的なキラーズのサウンドではないが、ストーリー・テラーという観点でみると本作で最も“それに相応しい”といえる。

 悲痛なニュアンスを含む歌詞を心地よいファルセットで包み込む、 ブルーグラス~カントリーのような穏やかさの「プレッシャー・マシーン」、闇から光を見出そうとする少年(時代)目線のメッセージ・ソング「ザ・ゲッティング・バイ」まで、アルバムはひとつの物語として成り立っている。後者は、米LA出身のオルタナティブ・ロック・バンド=ドーズのテイラー・ゴールドスミスとグリフィン・ゴールドスミスをバック・コーラスに迎えた70年代フォーク・ロック調のナンバーで、最終曲らしいタイムレスなメロディー&ハーモニーで締め括った。

 本作については、ブルース・スプリングスティーンの名盤『ネブラスカ』(1982年)や、昨年大ヒットを記録したテイラー・スウィフトの『フォークロア』といったフォーク主体のアルバムとの類似点が挙げられていて、彼らの真骨頂ともいえる「ライブ向き」ではないとの指摘もみられたが、実体験を基にした感情的な歌詞、スリリングな展開、そして洗練されたサウンド・プロダクションいずれも完成度は高く、“これまでのキラーズ”という概念を取っ払えば、その2作に匹敵するディープな名盤といえるのではないか。

 昨年、新型コロナウイルス流行により中止となったツアーは、翌2022年に再開する予定とのこと。現時点では実現が保証されておらず、詳細も明らかににはなっていないが、前作『インプローディング・ザ・ミラージュ』~本作『プレッシャー・マシーン』を引っ提げての内容になるのではないかと思われる。感染予防を考慮して席間を空けたり、小さな劇場になったとしても、この2枚の内容からすればサウンド面では(ある種)適していて、それはそれで楽しみだ。日本盤は翌8月20日に発売予定となっている。

Text: 本家 一成

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