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<わたしたちと音楽 Vol. 58>ローレン・ローズ・コーカー 遠慮も完璧さもいらない、女性たちがもっと自由に挑戦するために

インタビューバナー

 米ビルボードが、2007年から主催する【ビルボード・ウィメン・イン・ミュージック(WIM)】。音楽業界に多大に貢献し、その活動を通じて女性たちをエンパワーメントしたアーティストを毎年<ウーマン・オブ・ザ・イヤー>として表彰してきた。Billboard JAPANでは、2022年より、独自の観点から“音楽業界における女性”をフィーチャーした企画を発足し、その一環として女性たちにフォーカスしたインタビュー連載『わたしたちと音楽』を展開している。

 今回のゲストは、15年以上にわたって日本の音楽業界に携わり、現在はVegas PR Groupの代表として国内外のプロジェクトを手がけるローレン・ローズ・コーカー。配信時代の音楽とジェンダーをめぐる環境の変化、そして女性がリーダーとして歩むことのリアルについて、自らの経験をもとに語ってもらった。なお、インタビューはポッドキャストとしてもBillboard JAPANのApple Music、SpotifyとYouTubeチャンネルで配信されている。(Interview:Rio Hirai[SOW SWEET PUBLISHING] l Photo:Yu Inohara)

グローバル配信で変わる景色、
【MUSIC AWARDS JAPAN】から見る未来

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――5月21、22日に京都で授賞式が初開催される【MUSIC AWARDS JAPAN】は、音楽業界の主要5団体が共同で設立した一般社団法人カルチャー アンド エンタテインメント産業振興会(CEIPA)が主催する新しい音楽賞です。YouTubeで世界配信されることでも注目されています。ローレンさんはPRを手がける立場ですが、このアワードが日本で開催される意義について、どうお考えですか?

ローレン・ローズ・コーカー:これまで日本で【MUSIC AWARDS JAPAN】のような世界的アワードを開催するのは難しかったと思います。CDが主流だった時代は、日本の音楽が海外に届く手段が限られていて、世界中の人たちにリアルタイムで届けることは現実的ではなかった。でも今は、SpotifyやApple Musicのような配信サービスが当たり前になり、アーティストの楽曲が瞬時にグローバルに届くようになりました。

5月に開催されるアワードは、YouTubeを通じて全世界に配信されます。これによって、世界中の人たちが日本のアーティストのパフォーマンスを目にすることができる。技術や時代の変化に支えられて、日本から世界へ発信する土壌が整ってきたと感じています。


――そうした変化を、15年間日本の音楽業界で働いてきた立場からどう感じていますか?

ローレン:本当に「やっとここまで来たな」と思います。もっと早く実現できていれば良かったという気持ちもあります。以前は、配信を行うことでCDの売上が下がるという懸念が業界内にあり、なかなか踏み出せなかった。でもそれによって、海外での展開のチャンスを逃してしまった部分もあると思います。

CDを海外で販売していなかったため、海外のリスナーが日本の音楽を聴くには、日本に来るか、違法ダウンロードに頼るしかなかった時期もありました。今ようやく、配信を前提とした世界的な展開が可能になり、日本の音楽業界が新しいステージに進もうとしている。それは私にとっても大きな希望です。


――実際に、日本の音楽が世界でどのくらい聴かれているか、数字で実感されることはありますか?

ローレン:はい、2022年時点で世界中で再生された楽曲の中で日本語の楽曲は1.3%。それが翌年には2.1%にまで増えているというデータがあるんです。これって大きな伸びなんですよ。日本人の世界人口比率は1.5%以下ですし、しかも日本人全員がSpotifyなどの配信サービスを使っているわけではありません。つまり、この再生数には日本以外のリスナーも多く含まれているということです。

今後は、海外のリスナーが日本の音楽の再生数の半数以上を占めるようになる可能性も高い。世界中の人たちが日本語の音楽を選んで聴いているというのは、これまででは考えられなかったことです。


アニメ、配信、インディペンデント、
世界に届く“日本の声”

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――配信が一般化したことで、アーティストの活躍の場が世界に広がっているということですね。

ローレン:間違いないです。しかも、英語以外の楽曲が世界中で増えていて、逆に英語のシェアが少しずつ下がっている。例えば韓国のK-POPもそうですが、インディペンデントなアーティストや非英語圏の楽曲にチャンスが増えている。日本のアーティストにとっても今は本当に追い風の時代だと思います。

それに加えて、アニメの影響も非常に大きい。アニメの主題歌として海外に楽曲が広まることで、アーティストの認知度も一気に上がる。さらに、インターネットの力によってメインストリームだけでなく、ニッチなジャンルや表現にも光が当たる時代になりました。


――まさに今が、日本の音楽が世界とつながる大きな転換点なんですね。

ローレン:そうだと思います。昔は「アメリカで売れなきゃ成功じゃない」みたいな風潮がありましたが、今は多様なフィールドでの活躍が可能です。たくさんの人に届くチャンスがあって、しかもそれが日本語のままで実現できる。そんなタイミングで【MUSIC AWARDS JAPAN】のような世界基準のイベントが日本で開催されるのは、本当に素晴らしいことだと思います。


リーダーになるのは、
誰かの許可がなくてもいい

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――ローレンさんは長く日本の音楽業界で働いていますが、業界におけるジェンダーギャップについてどう感じていますか?

ローレン:決定権を持っている人たち、例えばレーベルや事務所、イベンターなどの上層部は、圧倒的に男性が多いです。社員には女性も多いと思いますが、課長、部長、役員などのポジションに上がっていくと、ほとんどが男性。バランスが取れているとは言えないですね。しかもこれは日本に限ったことではなく、海外でも同じ。メジャー・レーベルの社長は、ほぼ全員が男性です。


――それは海外でも同じですか?

ローレン:そうですね。だから、自分で会社を作るしかないと思ったんです。女性が上のポジションに就くには20年以上かけて育てていく必要があるし、変化が現れるのは10年後。でも、今始めなければ10年後も変わらない。


――ローレンさん自身も会社を立ち上げましたが、どうしてその道を選んだのでしょう?

ローレン:以前勤めていたソニー・ミュージックエンタテインメントはとてもいい環境で、仕事も仲間も上司も好きでした。でも、大きな会社ではどうしてもリスク管理が優先され、実験的なことがしにくい。私はもっと軽やかに新しいことに挑戦したかったし、自分がトップに立って人を率いてみたかった。そこで、自分の会社を立ち上げることを決意しました。


――女性がキャリアを続けるうえで難しさを感じるのはどのタイミングだと思いますか?

ローレン:30代後半が1つの分岐点になると思います。子どもを持つか、キャリアをさらに進めるかという選択を迫られることが多い。男性は子どもが産まれると「責任感がある」と評価されることもありますが、女性は「家庭に重点を置くのでは」と見られてしまう。特に日本の企業では、出産後のキャリア継続が難しいという声も多いですよね。


――管理職に就きたいと思う女性が少ないという指摘もあります。リーダーの役割にどういう面白さを感じていますか?

ローレン:確かに責任も重くてプレッシャーもある。でも、自分で決断をして進んでいく過程には大きなやりがいがあります。それに、若い女性たちに伝えたいのは、「失敗してもいい」「間違えてもいい」ということ。すべてを完璧に準備してから動き出そうとするのではなく、まずやってみる。そういう気持ちで挑戦できる環境が必要だと思います。


――そうした環境の中で、ローレンさん自身がチャレンジできた理由は?

ローレン:私はアメリカ人で、日本人女性が感じる社会的なプレッシャーをあまり受けてこなかったというのは大きいと思います。アメリカの上場企業でも女性社長の割合は10%以下で、日本よりは多いですが、構造的には男性中心の社会です。それでも自分で動いていける土壌がありましたし、私自身の性格もあって、チャレンジしやすかったと思います。


遠くから来たから見えた、
日本の音楽と女性たちの可能性

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――どうして日本で会社をやることを選んだのですか?

ローレン:選んだというより、気づいたらそうなっていた感じですね。大学で日本語を学び、日本に来て英語教師をして、イベント会社やソニーに転職して……と、気づけば10年。30歳を過ぎて、「このままでいいのかな?」と考えるようになりました。あと10年我慢すれば部長になれるかもしれない。でも、それは私の望む未来じゃなかった。それで、自分のやりたいことをやろうと思ったんです。


――そもそも、日本語に興味を持ったきっかけは?

ローレン:アメリカの田舎で育って、「世界を旅するような人生を送りたい」と思っていました。大学で言語を選ぶときに、スペイン語やフランス語はいつでも学べると思って、あえて難しそうな日本語を選びました。学んでみたらすごく面白くて、函館に留学してホームステイも経験し、より深く日本に興味を持つようになりました。


――注目している日本の女性アーティストはいますか?

ローレン:昔から好きだったのは宇多田ヒカルや椎名林檎。すごくクリエイティブでアーティスティックな存在で、音楽もビジュアルも強く印象に残っています。日本の音楽シーンはアイドル文化が主流になった時期もありましたが、最近では女性のラッパーも増えてきていて、例えばゆるふわギャングのNENEように自分の言葉で発信しているアーティストがいて、すごく勇気があるなと思います。


――日本では女性のロックバンドが多いのも特徴ですよね。

ローレン:アメリカやヨーロッパでは、女性だけのバンドって本当に少ない。でも日本では、先日メンバー全員が産休・育休から復帰したHump Back、SCANDAL、花冷え。、NEMOPHILAなど、女性メンバーで構成されたバンドがしっかりと活動していて、しかも武道館やドームでライブができる規模になっている。それって世界的に見ても非常にレアなことです。海外のファンにとっては、日本のガールズバンドがとても魅力的に映っていると思います。


――女性であることがキャリアに影響したと感じたことは?

ローレン:あります。20代の頃はセクハラも経験しました。音楽業界は、深夜のスタジオ作業や打ち上げ、出張も多くて、職場とプライベートの境界が曖昧になりがち。#MeTooの動きが起きて以降、多少は変わってきたと思いますが、根本的な文化や価値観はまだまだ変化の途中だと思います。


――これからキャリアを築いていこうとする若い女性に伝えたいことはありますか?

ローレン:「準備ができてから」じゃなくて、まずはやってみること。完璧じゃなくても大丈夫だし、最初は誰も注目していないからこそ、思い切って動ける。自分自身の声を出していくこと、そして失敗してもまた立ち上がれるような環境を、私たち自身が作っていくこと。それがこれからの社会に必要だと思っています。



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