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<インタビュー>音楽配信が無制限になる「Unlimitedプラン」をローンチ――TuneCore Japanが描き出すインディペンデントアーティストの未来とは

インタビューバナー

Interview & Text:岡本貴之
Photo:筒浦奨太


 日本最大級のディストリビューションサービス「TuneCore Japan」(以下・TCJ)が、1作品の配信ごとに登録料が発生する従来のプランに加え、年間固定料金で無制限に楽曲を配信リリースできる「Unlimitedプラン」をスタートした。今回のプランが生まれるに至った背景や、今後アーティストや音楽業界に与える影響について、デジタルプロモーション・マーケティング会社arne代表・松島功にインタビューを行い、第三者の視点から語っていただいた。

「Unlimitedプラン」の登場

――まず、松島さんは現在どのようなお仕事をしていらっしゃるのか教えてください。

松島功:レコード会社さんやアーティスト事務所さんのお手伝いが事業の半分で、残り半分は個人のアーティストさんのお手伝いをしています。ですから、個人のアーティストさんのお手伝いのときにTCJさんを利用させていただているという立場です。会社として取引があるわけじゃなくて、どちらかというと利用者側ですね。


――ありがとうございます。今日は第三者の立場から「Unlimitedプラン」について訊かせてください。昨年12月のプラン発表時はどのように感じましたか。

松島:海外ではこういうサブスクっぽいサービスを提供されているディストリビューターって結構あるんですけど、日本にはあんまりなかったので、結構驚いた部分が多いです。TCJさんもこれまで、作品ごとに年間登録料を払っていく「Pay Per Releaseプラン」でしたから、こういうプランを始めるという予想はしていなかったので、最初は驚いたっていうのが一番でした。




――TCJがこういうプランを開始するに至った背景、昨今のディストリビューションサービスとアーティストを取り巻く状況についてはどう感じていらっしゃいますか。

松島:去年のデータはまだ発表されていないですけど、一昨年の段階の所謂ストリーミング再生国内マーケットのシェアって1位がユニバーサル ミュージック、2位がソニー・ミュージックで、3位がTCJなんですよ。


――所謂3大メジャーレコード会社の一角に食い込んでいるんですね。

松島:そうなんです。それだけ作品数が多く世の中に出ていて、聴かれている作品もたくさんあるっていう感じですね。それぐらい全体の登録数も多いしヒット曲も多いしっていう状態にはなっている中で、ほとんどの人は作品ごとにシングルだったらこの値段、アルバムだったらこの値段っていうのをずっと払っていらっしゃったのが、「Unlimitedプラン」で年間これだけ払えば、ある種“リリースし放題”になるっていうのは、ちょっとゲームチェンジャーっぽいところがあると思いますね。


――既存のTCJのサービスは、アーティスト側からすると「割とコストがかかるな」っていう印象だったのでしょうか?

松島:そうだと思います。現実的にやっぱり、作品を出せば出すほどお金がかかるんですよね。例えば50作品を出すとして、シングル1曲 1,551円(税込・以下同)なので、×50だと年間77,550円ですから、結構かかりますよね。アルバムは2曲以上で5,225円なので、2枚出したら10,450円を毎年払わないといけない。その分収益が入ってきたらもちろんいいんですけど、活動を長くしていけばいくほど大変だと思います。だから年額で決まった料金で出せるっていうのはめちゃくちゃ大きいかなと思います。


――メジャーもインディーズもないというか、自分で曲を作って発信できるっていう世の中になったところも背景として大きいですよね。それだけ需要があるというか。

松島:そこは大きいと思います。「Unlimitedプラン」で一番低価格の「スタータープラン」だと年間4,400円だけですもんね。これは海外の基準からしても、相当優しいと思いますよ(笑)。「スタータープラン」だとかなり削ぎ落とされてるというか、例えばアルバムを出すときも5曲以内じゃないといけないとかリリース日が指定できないとかいうところはあるんですけど、そこまで気にしない人だったら全然これで困らないかなっていうのは正直あります。あとは、個人でアーティスト活動していると、レコーディングにしても曲作りにしてもお金がかかるじゃないですか?僕がすごくいいなと思うのは、この「Unlimitedプラン」の登場によって音楽配信の「生涯経費」が判明することですね。


――生涯経費というと?

松島:「プロプラン」なら年間23,100円ですけど、これを生涯払い続けたら、ずっと作品が出せるんですよね。なので残り40年生きるという人がいたら、23,100円×40年である種の生涯経費が見えるという感じですね(笑)。作品をどんどん出したい人からすると、出せば出すほど登録料がどんどん増えていくので、この先どれだけお金かかるかってのは、ぶっちゃけわからないんですよね。「Unlimitedプラン」にすれば、かかる経費はもうこれでバチッと見えるので、それはすごく良いことだと思います。



――実際、松島さんが関わっていらっしゃるアーティストさんの反響はいかがですか。

松島:お手伝いしているアーティストの中でももうこれに切り替えてらっしゃる方はいます。あと結構大きいのが、既に出している作品もこのプランに含まれるんですよ。なんなら、過去に作品を出していて、今は活動していないという人でも、金額的にはこちらの方が得になる方はかなり多いと思います。


――競合他社との比較についてはいかがでしょうか。自分も趣味的にDAWで曲を作って何曲か配信しているんですけど、ディストリビューターは還元率が低い代わりに初期費用が無料のところに登録しています。正直ただ曲を公開したいだけなので、再生収益で稼ぐことより無料で始められることを優先したいというか。

松島:Eggs PassさんとかBIG UP!さんとか、受け取れる還元率は低くても登録料が無料のサービスを使いたいっていう層は一定数いらっしゃると思います。だからそこはある種の競合になるかな。でも、やはりある程度聞かれるようになったらTCJのほうが収益率が高いので、乗り換えるタイミングを見極めるのがポイントだと思います。

ただ、TCJさんが「Unlimitedプラン」をやるって聞いたときに一番感じたのは、「TCJさんはこのサービスを止めずにずっと続けて行くんだな」という強い意志ですよね。要はこれって、何年かしたらサービスをやめる可能性があるっていう会社は絶対できないんですよ(笑)。「このままずっと作品を預かっていきます」という固い決意がない会社じゃないとこれってできないサービスだと思うんですよね。ディストリビューターって、途中でサービスの内容が変わったり終わっちゃったりするところが、いくつかあるんですよ。


――そうなんですね。

松島:実際に海外含めてこれまでもそういう例がありました。正直、こういうサービスがいつまであるかって誰もわからないというか。だから、自分の作品をどこに預けるか考える際は、そのサービスが今後ずっとあるのかどうかも考えた方がいいと思うんですよ。その視点で僕は今回、TCJさんの「ずっと作品を預かっていく」っていう意思表示を感じとりました。これはアーティストがディストリビューションサービスを選択する上で大きいと思います。


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音楽市場にどんな変化が訪れるのか

――松島さんがアーティストからディストリビューターに関することを相談される際は、どのような疑問が多いんですか?

松島:「どこを使ったらいいですか?」って訊かれることが多いですね。そこまで楽曲が再生されないアーティストさんもたくさんいらっしゃますし、個人で活動されているそういった方の一番の悩みとして、出せば出すほどお金がかかるので、TCJさんに支払っている金額の方がストリーミングで得る収益よりも多いってことがあります。そこでやっぱり自分が受け取れる金額を下げてでも、登録料無料のところで出したいなって考える人もたくさんいますし、自分で考えていくしかなかったんです。

「Unlimitedプラン」に関しては、一番低価格のプランで年額4,400円があるので、受け取れる料率が下がって無料でできるサービスよりも、こっちの方がいいんじゃないかなっていう気はします。中高生で音楽活動している方とかだったら全然これでいいと思いますし、ライフステージとかの状況に合わせて選べるのがいいんじゃないですかね。


――お金をかけた場合、年額費用を回収できるラインってどのぐらいなんでしょう。

松島:年額4,400円だったら、どのサービスで聴かれるか・どこの国で聴かれるか・有料会員か無料会員かの3点によりますが、出している全楽曲で7,000回〜15,000回再生ぐらいすればペイできると思います。



――ディストリビューションサービスを選択する上で、金額以外の部分だとアーティストのサポートについても検討材料になるのではないでしょうか。オーディションやプロモーションなどのサポートが充実してくると、レーベルや音楽事務所の役割に近くなってくるような気もします。

松島:(TCJは)ディストリビューションサービスぽくないっていうか、じゃあレーベルなのかっていうとそうじゃないし、言うなれば「アーティストのライフワーク全般サポート」になってる感じですかね。 今回のプランもそうですけど、作品ベースでお手伝いしたいっていうよりは、アーティスト活動全体をお手伝いしたいっていうことなのかなと思います。1つ例を挙げると、「スプリット機能」がめちゃくちゃいいので、そこがTCJさんに登録する理由になっている方が多いと思います。


――「スプリット機能」とはどんなサービスなんですか。

松島:例えば私が曲を出したとして、ミュージック・ビデオを撮ってくれたカメラマンやトラックを一緒に作ってくれたトラックメーカーがいるとします。私が登録者の場合、通常は私に収益の100%が入ってくるんですけど、この2人がTCJのアカウントを作ってくれたら、それぞれに私の収益から%を設定して、あとは自動でお金が分配されるという機能なんです。これがめちゃくちゃ優秀で、すごく楽なんですよ。それも理由に選んでみたらめちゃくちゃいいと思いますよ。間違いなく、どこのディストリビューターよりも優れてると思います。


――「Unlimitedプラン」を利用することで、アーティストの作品づくりへの影響ってありそうですか。

松島それはあると思います。「Pay Per Releaseプラン」だと2曲以上の作品はアルバム扱いになるんです。なので、2曲以上収録されたものをTCJに登録しようとすると1作品あたり5,225円かかるんですけど、普通のインディーズアーティストからすると、この負担が結構大きくて、なかなかアルバムを出せなかった人ってめっちゃいるんですよ。僕らの感覚で言うと、シングルとアルバムの間にEPっていうものもあったりするじゃないですか? 3、4曲ぐらい入ったEPを出したいなと思っても、TCJではアルバムの登録になるから、これまでだと「3、4曲でアルバムを作って回収できるかな?」とか、いろんな心配があったんです。今回のプランだと、シングルを毎月出して、半年に1回4曲入りの作品を出して、毎年年末に必ず15曲入りのアルバム出すとかっていうのも考えやすくなるんです。


――アーティストとして活動プランを立てやすくなる?

松島:そうなんです。そこもめちゃくちゃ大きいと思いますよ。活動していく上で、お金がかかるからスケジューリングしづらい部分があったと思うんですけど、やっぱりアルバムは絶対モーメントとして置いて考えた方がいいと思うんですよね。アルバムという形態はファンとのエンゲージメントを高める最強のストリーミングプロダクトだと思っています。だから、今年ちゃんとアルバムを作ってお客さんに届けようとか、これを持ってちゃんとツアーしようとか、「だからここでアルバムを出したいな」っていうことをストレスなく決められるだけでもめっちゃ価値があるなって。逆に、3曲入りのアルバム作品を連続して出していくとかっていう今まであまり見られなかったことも全然できちゃうんですよね。だからたぶん、すごく新しい音楽の届け方が出てくると思います。


――モチベーションにもなるし、表現の自由さが増しそうですね。

松島:幅が広がっていくと思いますし、その辺の影響は結構デカいと思います。僕らが想像しないものが出てくるかなとは思いますし、そこはめっちゃ楽しみですね。これはやらないと損じゃないかなって思います(笑)。でも変な話、このプランってTCJさんは損すると思うんですよ。だって、毎年作品ごとにお金をもらった方が儲かる気もしますよね(笑)。それはさっきもお話したように、長く預かりたいっていう意志だと思いますし、長くうちを使ってねっていうメッセージだとは思っています。実際このサービスを使ってヒットする曲がしっかり出てきたら、業界も盛り上がるかなって思います。



――実際、Billboard JAPANチャートにランクインしている曲でもTCJから配信されている曲も多いようです。

松島:マーケットシェアが3位っていうだけですごいですからね。TCJで配信されている2024年の日本国内の再生数で2000万回再生から5000万回再生の間の曲が28曲あるんですよ。これは年々増えているんです。ただ、去年の年間ヒット曲の中で、上位にTCJの作品がめちゃくちゃあったかっていうとそこは去年や一昨年とあんまり変わっていないんですよ。いわゆる1億回超えとか3億回いったような曲は3曲なので、そこは2023年も2024年もそんなに変わらないんですけど、このもうちょっと下になると、年間2,000万回から5,000万回再生されるような曲は年々すごく増えてるんですよね。この人たちって数千万収益があって、現実的にちゃんと音楽で生活ができてる人たちなので。そこのゾーンが増えていること自体がTCJを利用してのインディペンデントな活動が広がっている証かなと思います。

また、1,000万回以上もめっちゃ多くて、去年120曲あるんです。これって他のディストリビューターサービスと比較しても際立って多いんですよ。1,000万回再生の曲がこれだけ出せてるっていうのはすごいと思います。Billboard JAPANのチャートでもそういうアーティストは入ってますし、乃紫さんとかシャイトープさんとかその辺はまさにTCJさんからのリリースなので。


――こっちのけんとさんの「はいよろこんで」もそうですよね。

松島:そうですね。それこそ、またこの先こっちのけんとさんもたくさん作品を出されていくのであれば、こういうプランを考えられるのも1つだと思います。


――「エンタープライズプラン」という年間11万円の法人プランがありますが、マネジメントが今後こういうプランを使うことで、何かレーベルよりもマネジメントの方が力が強くなるような気がするんですけど、そこはいかがですか?

松島:新しいパワーバランスになってきているのは間違いないと思います。今売れてるメジャーなアーティストさんでも、メジャーに行く前の初期の作品は自分たちの事務所の中でTCJを使って出していて、メジャーに行って有名になればなるほど、その事務所が持っている過去作の売り上げが増えてすごい金額になってる人たちっていっぱいいらっしゃるので、そこはリアルにあると思います。


――例えばなんですけど、ディストリビューションサービスが出てきた時点で、言ってしまえばレーベルってある意味機能を1つ奪われているところがあるんじゃないかと思います。そのように、今回の「Unlimitedプラン」スタートによるインパクトは、今後の市場にどんな変化を及ぼすと思いますか。

松島:忌憚なく言うと、今までだとインディペンデントで活動するときはディストリビューターを選択する、メジャーでの活動はどこのレーベルを選択するっていう、議論としてはこの2つしかなかったんですよね。個人的にTCJさんとは別の話で、今後は、「レーベルかディストリビューターか」っていう感じじゃなくて、ソリューションパートナーとかソリューションカンパニーと呼ばれるような領域が増えて行きそうな気がします。

例えば今、イベントをやってグッズを作りたいCDを作りたい、ライブで全国を回りたいってなると、1つずつどこかそれを作れる会社を見つけてやっていくっていう形になるんですよね。そういったところをソリューションとして一元化して提供するようなサービスや会社っていうのは増えそうだなっていう気はすごくしています。今のTCJさんのインフラの枠を増やしていこうっていう流れは、それにも近いのかなって。今までアーティストとレーベルと事務所がパートナーとしてやってきたアーティスト活動っていうものより、何を選択してスタックしていくか、みたいな。そうすると、アーティストの主体性がすごく重要になってくると思います。作品は絶対増えると思うので、それによる競争もすごくあるんじゃないかと思います。


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