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<インタビュー>十明、等身大の感情で問いかける――ニューEP『僕だけの愛』

インタビューバナー

Interview & Text:蜂須賀ちなみ

 2022年公開の映画『すずめの戸締まり』で主題歌を歌うボーカリストとして抜擢され、2023年7月にメジャーデビューを果たしたシンガーソングライターの十明が、1stデジタルEP『僕だけの愛』を完成させた。今回のインタビューでは、EP収録曲についてはもちろん、『すずめの戸締まり』のオーディションに合格した当時のことや、曲作りを始めた高校時代のことも聞き、等身大の感情をクールなアートへと昇華させる十明のマインドを探った。無垢と狂気が隣接する歌の背景にあるものをぜひ感じ取ってほしい。

「自分の本心や好きなことを歌えるようになっていましたね」

――映画「すずめの戸締まり」の主題歌「すずめ feat.十明」を歌唱されている十明さん。TikTokでの十明さんの弾き語り動画を『すずめの戸締まり』の音楽スタッフが見つけたことがきっかけで、オーディションに参加、そして合格されましたが、当時どんな心境だったのかを改めて伺えますか?

十明:実はその直前に別のオーディションに落ちてしまって、めちゃくちゃ落ち込んでいたんですよ。「やっぱり音楽は無理かも」と思っていた時にお話をいただいたので、オーディションを進めている最中は……何なら、映画が公開されるまではずっと「これは夢なんじゃないか?」と思っていました。実際に映画を観てもなお信じられませんでしたね。「本当に私の声だよね?」という感じで。だけどそのあとに、「やっぱり本当だ」という実感もじわじわ湧いてきました。すごく嬉しかったです。


――「すずめ」のレコーディングに向けて準備をする中で、野田洋次郎さんからアドバイスをもらうこともあったんでしょうか?

十明:レコーディング自体が人生で初めてだったので、緊張して声が出なくなってしまうことも何回かあったんです。そういう時に洋次郎さんから「そのままでいいよ」「上手く歌おうとしなくていい」というようなことを言ってもらって。今まではカバーを歌う機会が多かったから、本家に寄せることを意識しがちだったし、「こういう歌い方をしなければいけない」という気持ちが常にありました。だけど、洋次郎さんから与えてもらった言葉がきっかけで、「素の声で歌っていいんだ」「声を作ったり、自分を偽る必要はないんだ」と思うことができて。自分の声や自分自身の素の部分に、初めて着目することができたんです。それは、他のボーカリストの方からしたら当たり前のことかもしれないけど、私にとっては大きな変化でした。


――楽曲を受け取った時に、自分がどう歌いたいか、すんなりとイメージできたそうですね。

十明:曲の冒頭が「ルルル」というハミングなんですけど、その歌い方もいただいたデモ通りではなくて、ちょっとアレンジしちゃっているんですよ。だけどそれは無意識だったというか。のちのちデモ音源と自分が歌ったものを聴き比べたら、全然違ったので、「ということは、“私はこう歌いたい”というイメージが自然と湧いていたんだろうな」とその時初めて気づきました。自分らしく歌おうとアレンジを加えたというよりかは、もう勝手にそう歌っているような。不思議な感覚でしたね。



「すずめ feat.十明」


――十明さんは2023年7月にメジャーデビューしましたが、それ以前からオリジナル曲を制作し、TikTokに投稿していましたよね。初めて曲を作ったのはいつでしたか?

十明:高校3年生の頭です。高校2年生から高校3年生の頭までの約1年間、「この1年間で売れる見通しが立たなかったら音楽の道は諦めよう」という感じで、プロのシンガーソングライターを目指して活動していたんですよ。動画を投稿したり、下北沢とかのライブハウスに出演させていただいたり。結果的にその時はダメだったんですけど、「もう諦めよう」と決める直前に「1曲くらいは作ってみようかな」と、最後のひと踏ん張りのような感じで曲を書きました。だけど恥ずかしくて、どこにも投稿できなかったんですよね。自分の歌いたいことと自分の作っているものが違っているように感じて。


――本当はどんなことを歌いたいと思っていたんですか?

十明:高校生の頃はまだ、歌で何を伝えたいのかが明確ではなかったんですけど、居心地の悪さみたいなものをずっと抱えていたんですよ。


――というと?

十明:高校1年の時に軽音楽部でバンドを組んだんですけど、1年も経たないうちに解散してしまって。バンドが解散するとだいたいみんな部活をやめていくんですけど、私の場合は、顧問の先生に「一人でもやっていいよ」と言ってもらえたので、ギターの弾き語りになってからも引き続き軽音楽部に所属していたんです。だけど、みんなはバンドメンバーとともに目標に向かって頑張っているのに、私は一人だし。校内のライブとかで、5人組バンドに20分の演奏時間が与えられるのに対して、私はその20分を一人で使うことができるし。自分だけが特別扱いされているような状況の中で、周りの目線も気になってきて。同級生からは「なんで?」という顔をされるし、新しく入ってきた下級生も「あの先輩、バンドじゃないのになんで軽音楽部にいるんだろう」って思っていただろうし……もしかしたら被害妄想だったかもしれないけど、「きっとみんなからズルいと思われているんだ」「私ってズルいんだ」と感じてしまって、どんどん孤立していくような感覚がありました。だから、高校生の頃はずっと、居心地の悪さを感じていたんです。



――そうだったんですね。

十明:だけど初めて作った曲は切ない系の恋愛ソングで。別にその時恋をしていたわけじゃないのに、我ながら「なんでそんな歌を作ったんだろう?」という感じでした。今思うと、「人からよく思われたい」「みんながいいと言ってくれそうな曲を作ろう」という下心があったから、当時流行っていたものに近しいものをなんとなく作ってしまったのかもしれない。自分でもちょっとモヤッとしたというか、「あんまりいい出来の曲じゃないな」と思ってました。


――でも、結果的にその曲が最後の1曲にはならなかったですよね。「これが最後だ」と決めたあとも、音楽のことを考え続けていたんでしょうか?

十明:そうですね。「もう終わりにしよう」と思っていたけど、結局音楽から離れられませんでした。大学生になってちょっと時間ができた時に、「せっかく自分が得意なことなんだから、これだけを仕事にするのは難しかったとしても、やっぱり自分の得意なことが認められる場所に行きたい」という気持ちになったので、動画投稿などの発信を再開したんですよ。その時にTikTokに投稿したサビだけの楽曲が2~3個あって。どれも居心地の悪さゆえの反骨心から生まれたものだったんですけど、そういう曲に対して「いいね」やコメントがつくようになったことから、「ああ、私が歌いたかったことってこういうことだったんだ」「それを認めてもらえるようになったんだ」と思えるようになって。そうやって徐々に、気がついたら、自分の本心や好きなことを歌えるようになっていましたね。


――先ほどのお話を踏まえると、十明さんはプロとしてデビューする以前から「シンガーソングライターとして表現するからには、自分の心から出る歌を歌うべき」と理解していたようですが、そういうものをアウトプットすることで、十明さん自身はどのような気持ちになるんでしょうか?

十明:ストレス発散みたいな感じで、わりとスッキリしますね。自己分析をすると、自分のマイナスな部分とか悩み事が出てくるから、落ち込んじゃう人も中にはいると思います。だけど私の場合は、「こんなにも自己嫌悪に浸っているなんて、私ってバカだな」「こんなことでこんな気持ちになっているなんて、幼いな」という感じで、逆にちょっと面白くなってきちゃうんですよね。自分の中のモヤモヤを皮肉るというか、馬鹿にして吹き飛ばしているような感覚なので、曲を作っていて落ち込むことはあんまりないです。



デビュー曲「灰かぶり」

――“もう一人の自分”がいるような感覚があるんですかね。当事者としての自分を遠くから冷静に眺めているような。

十明:そうですね。夢を見ていると、自分のことを客観的に見られる時がたまにありませんか? あんな感じで、自分自身の目と外部の目を行ったり来たりしているような感覚が結構昔からあります。私って見栄っ張りなんですよ。だから「なんでこんなことを言っちゃったんだろう」と落ち込むこともあるんですけど、すぐに外部の目に移行するから落ち込むのは一瞬で、そのあとは「なんだ、この愚か者は(笑)」という感じで面白くなっちゃいます。曲を作り始める前から、そういう性格でしたね。自分自身をちょっと馬鹿にしているところはずっとあると思います。あと、「まあ、そんなところもいいよね!」という気持ちも常にどこかしらある。自分がすごく性格の悪いことを考えていたとしても、「こんなことを考えてしまって、やっぱり嫌なやつだな」「だけど、人間らしくていい!」って思っちゃいます(笑)。自己肯定感が高いのか分からないですけど。


――実はデビュー曲の「灰かぶり」を聴いた時、「十明さんってこんなにロックな人だったのか」と驚いたんですよ。

十明:あははは。「灰かぶり」は、「『すずめ』だけで終わらせたくない!」というふうに、心のトゲトゲレベルがすごく高い時期に作った曲ですからね。やっぱり「シンデレラストーリーじゃないぞ」「私も結構頑張ってきたし、悶々としていた時期だってあったんだぞ」という気持ちがずっとあったんですよ。そういう気持ちから生まれたダークな曲を洋次郎さんに聴いていただいて、最初の曲にしていただいたというのは面白いなって、自分でも思うんですけど。私は編曲のことは詳しくないので、「どういう雰囲気にしたいのか」「だったらどんなアレンジャーさんにお願いしたらいいのか」という部分を洋次郎さんと話しながら詰めていったんですけど、自分が本当はどういうものを作りたいと思っているのか、すごく丁寧に引き出していただきました。制作中、自分にはないアイデアをいろいろな人からいただいたので。自分だけの曲っていう感覚がないですね。みんなのおかげでできた曲だなと思います。


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「自分が成長していく過程も、今後みなさんに届けていきたい」


――「すずめ」が神秘的な曲だった分、「灰かぶり」がダークポップテイストだったのも新鮮でした。今回の5曲を制作するにあたって、アレンジの方向性をオーダーしたり、今好きな音楽を共有したりすることはありましたか?

十明:「この曲のような雰囲気にしたいです」とアレンジについてお願いすることもありましたし、「今こういう曲にハマってます」と洋楽の曲を洋次郎さんに共有させていただいたこともありました。ビリー・アイリッシュの名前はいつも出してますね。大好きなので。あと、この5曲を作っていた頃には、メラニー・マルティネスにもハマってました。


――あと、歌詞の語感も意識されているのかなと思いました。例えば2ndシングルの「Discord-disco」は、「気取ってもうてる」「だって欲しいんだもん」と口語っぽい歌詞が印象的ですが、こういった言い回しをすることで生まれるリズムがあるように思います。

十明:発音した時の気持ちよさはすごく考えてます。感覚的な言い方になっちゃうんですけど、英語って、文章の末尾の音が日本語よりもふわっとしている気がするんですよ。日本語の「〇〇だ」「〇〇である」という末尾はちょっと角ばっているというか。「Discord-disco」の歌詞は、音に着目しながら、末尾の音を心地いいものにすることを意識しながら書きました。その結果、発音した時にやわらかくなる言葉=口語が増えたのかなと思いますね。



「Discord-disco」

――なるほど。その「Discord-disco」は、どのような想いから生まれた曲でしょうか?

十明:風刺画を描くような気持ちで作った曲です。コロナ禍で、直接の対面よりもSNSの繋がりが増えたじゃないですか。それによって、社会や世間のドロついた部分、人の心の醜さがよく見える時代になったように思うんです。自分自身の承認欲求とか、他人に対して「いいな」と思う気持ち、嫉妬心が増幅しやすくなったというか。あと、お金のことが見えやすくなってしまったのも大きいですよね。例えば、高級なバッグの写真をSNSに載せている人を見て、「この人、いつもリッチなものを持っているな」と思ったり、「いいな、うちもお金があればな」と考えてしまったり。心がどんどん醜くなって、「お金=幸せ」みたいな価値観が生まれつつある自分を嘲笑おうと思って、「そんなバカなことを考えるんじゃない」という気持ちで書きました。


――3rdシングル「僕だけが愛」では、やわらかい音像に乗せて独占欲を歌っています。

十明:怖い曲ですけど、自分にとっては純愛の歌です。「私だけが知ってるあなたが好き」というふうに、自分の好きな人や大切な人が変わっていくのを拒みたくなる気持ちは、きっと誰しも持っているんじゃないかと思っていて。そういう独占欲や支配欲のようなものが私の心の中には強くあるので、それを歌にするのはすごくやりやすかったです。実体験を書いたわけではないんですけど、素の自分にすごく近い曲だなと思います。



「僕だけが愛」


――そして今回のEPには、新曲が2曲収録されています。1つ目の新曲「メイデン」は、歌とギターの掛け合いに始まり、バンドの音が前に出ている印象がありました。

十明:今までは打ち込みの印象が強いような楽曲が多かったんですけど、「メイデン」はバンドサウンドが際立つアレンジにしたいとお願いしました。この曲は“焦り”をテーマに書きました。焦燥感は今も常に持っているんですけど、青春時代には特に感じることが多かった気がするんですよ。高校3年までと決めて、弾き語りの活動をしていた時には「売れなきゃ!」と焦っていたし、友達に恋人ができるたびに「私に恋人ができなかったらどうしよう!」といちいち不安になっていたし。常に焦っていてドキドキしていた青春時代の気持ちを、可愛いテイストで届けたいと思って作った曲です。



「メイデン」ミュージック・ビデオ


――もう一つの新曲「蛹」については、いかがでしょうか?

十明:この曲は、誰かに何かを伝えるというよりも、「今の自分はこうです」と現状報告する気持ちで書きました。幼虫、蛹、蝶々という段階のうち、空が飛べるようになる一歩手前の蛹の状態が一番気持ち悪いと私は思っていて。


――曲中には「私なんて 気持ち悪い」というフレーズもありますね。

十明:はい。「早く飛べるようになりたい」「早く綺麗になりたい」と思いながら内側でうずくまっているなんて超キモいけど、それってまさに今の自分だなと思いました。


――EPのアートワークは、蝶が羽化する瞬間ですよね。

十明:そうなんです。触覚とかが結構リアルで、よく見るとちゃんとキモいのが嬉しい(笑)。 虫はそんなに好きじゃないけど、だからこそ、このジャケは本当にいいなと思います。お気に入りです。自分はやっぱり人間の“気持ち悪さ”がすごく気になるし、好きなんですよ。ヒロインぶっている「灰かぶり」の主人公も、お金に執着している「Discord-disco」の主人公も、相手のことがとにかく好きな「僕だけが愛」の主人公も、すごく焦っている「メイデン」や「蛹」の主人公も、行き過ぎておかしくなっちゃってる。でも、それは美しさでもあると私は思っていて。


――分かります。

十明:私、本当に嫌なやつなんですよ(笑)。私みたいに「自分の心って不細工だな」と思っている人ってきっといると思うんですけど、心の醜さを肯定するでも否定するでもなく、ただ曲に描くことで寄り添いたいという気持ちがあって。自分のこと、嫌いにならないでほしいです。開き直るのは違うと思うけど、「なんて愚かなんだ」と笑えるくらいの気持ちをみんなにも持ってほしいです。「いい人でいなくていいんだよ」「綺麗すぎなくていいんだよ」と、音楽を通して伝えたいです。今は刺々しい曲ばかりだけど、少しずつ大人になっていくわけだし、年相応の、やさしい曲も作れるようになりたいなと思っていて。自分が成長していく過程も、今後みなさんに届けていきたいです。


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