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<インタビュー>【歌ってみた Collection ~2023 Spring~】優勝者インタビュー NORISTRYが感じる【歌コレ】、そしてボカロシーンを取り巻く環境の変化

インタビューバナー

Interview & Text:小町碧音


 ボカロPが各種ランキングを競い、活況を呈する【The VOCALOID Collection】(ボカコレ)に続く歌い手ver.として、2022年春から開催されている「歌ってみた」最大級の動画投稿祭【歌ってみた Collection】(通称:歌コレ)。

 Billboard JAPANでは、4月21日から24日にかけて開催された3回目となる【歌ってみた Collection ~2023 Spring~】(歌コレ 2023春)において、同投稿祭史上初の4冠を達成したNORISTRYにインタビュー。NORISTRYは、ボカコレの公式生放送『ボカコレステーション』で初回からMCに抜擢された歌い手で、今も引き続きMCを担当している。【ボカコレ】とはゆかりがある歌い手のひとりだ。

 「新人類(NORISTRY × タラチオ × もるでお)」がTOP100、グループランキング、まらしぃ部門(ボカロP部門)ランキングで1位、そしてまらしぃが選ぶ優勝作品に輝いた。また、TOP100では、ソロ歌唱の「絶望。」もランクイン。なかでも「新人類」は、NORISTRYが『ボカコレステーション』でMCを務めた【ボカコレ 2023春】のTOP100で1位に入賞した、ボカロ界隈でいう“レジェンド”まらしぃ、じん、堀江晶太(kemu)によるコライト作品となっている。インタビューの中で触れたのは、【ボカコレ】とのコネクションの先に、歌い手として気持ちの変化が芽生え、今回のふたつの作品が生まれたということだった。

「歌い手」を知って、活動を始めて受けた衝撃

――歌い手のGeroさんの歌ってみた動画がきっかけで、2012年から歌い手活動を始められたそうですね。

NORISTRY:当時、プロの音源がインターネットに上がっていることが少なかったなかで、Geroさんの歌ってみた動画の音源は、メジャーアーティストだと思うくらいに完璧で。でも実際は個人で投稿した動画と知って、かなりの衝撃を受けました。そこからほかにもいろんな人の動画を観るようになっていったんです。僕は昔から歌うことが好きだったので、こんなにレベルの高い人たちが投稿しているんだったら、自分も挑戦してみようと。


――R&Bやシティポップなど、大人びた雰囲気のナンバーが似合うNORISTRYさんですが、やはりもともとご自身の歌声に自信はありました?

NORISTRY:歌い手を始める前のほうが歌に自信はあったと思います。歌い手を始めて、ネットで仲良くなった歌い手さんたちとリアルでカラオケに行ったことがあったんですけど、みなさんのあまりの歌の上手さにボキボキに鼻を折られて、耐えきれなくなってトイレに駆け込んで泣いたことがあるんですよ(笑)。歌い手界隈に一歩入ると、無名なのにとんでもなく歌が上手い人たちがたくさんいて、素人で世界一上手いんだと思い込んでいた自分が初めて恥ずかしくなった瞬間でしたね(笑)。



『ボカコレステーション』での発見

――NORISTRYさんは、約8年間で歌い手としての実績を積んだ後、2020年12月に初開催された【ボカコレ】の公式生放送『ボカコレステーション』から、主に星野卓也さんとMCを担当されるようになりました。

NORISTRY:MCのお話をいただいた時はびっくりしました。ずっと歌う人として活動を頑張ってきて、MCは練習してこなかったので。最初は「僕でいいのかな?」と不安はありました。でも今は逆に、オファーをいただけなかったら拗ねると思います(笑)。


――『ボカコレステーション』のコーナーであるボカロP対談では、ボカロPさんをゲストにお呼びすることもありますよね。活動を始めてから今まで交わる機会のなかったボカロPさんとの距離も自然と近くなったのでは?

NORISTRY:僕が歌い手を始めた2012年は、歌い手界隈にも商業的な匂いがしてきた頃で、歌い手とボカロPがいちばん犬猿の仲(な時期)だったと思います。ニコニコ動画もYouTubeも、今みたいな歌い手が投稿した「歌ってみた」動画からボカロPにお金が還元されるシステムは過渡期にありましたし。最近まで、「自分は歌い手だから嫌われているんだよな」と被害妄想が激しかったので、ボカロPさんと面と向かって会ったり話したりするのはめちゃくちゃ怖かったんですよ。なので、【ボカコレ】の生放送でボカロP対談のMCをすることになった時、不安で仕方なくて(笑)。でも、実際に今の時代を生きているルーキーのボカロPさんたちと話してみると、意外とその“しこり”がないことを肌で感じました。MCをさせてもらって初めてそれに気づけて、自分の中で解消できたので、担当させていただけていることに感謝していますね。


――楽曲のトレンドが移り変わっていくボカロシーンですが、作品を表現する側の形も変化しているのは面白いですね。

NORISTRY:そうですね。僕の肌感ですけど、最近、活躍されている方たちは、ボカロPと歌い手とかボカロPと絵師とかじゃなくて、あくまで"人と人”として向き合っているイメージがあって。きっとそうなることができるのは、お互いにそれぞれリスペクトを持っているからこそだと思います。


「新人類」コラボのエピソード

――【歌コレ2023春】では、4冠達成おめでとうございます。【歌コレ】は初回からソロ枠で参加されていますが、今回グループ枠で「新人類」(NORISTRY × タラチオ × もるでお)を投稿された理由を教えてください。

NORISTRY:ふたりとは知り合ってから5、6年経つ仲で、ライブで共演したり、お互いのワンマンライブにゲストとして呼び合ったりすることはありました。でも、最近までコラボ楽曲を投稿したことはなかったので、「そろそろ3人でコラボして動画で形を残していきたいね」と話していたんです。そんななか、僕が今年の春のボカコレの生放送でMCをさせてもらって、TOP100の1位になった「新人類」を聴いた時、この曲を3人で歌ったら絶対かっこいいなと思ったんですよ。それでふたりに提案してみたら、1~2時間後にはOKと返事をくれて。この曲でコラボすることが決まりました。





――レコーディングはどのようにおこなったのですか?

NORISTRY:(3人で)レコーディングスタジオに足を運んで、それぞれのレコーディングしている様子を見ながら録っていったんですよ。いちばん最初に歌った人、2番目、3番目とそれぞれの様子を見るんですけど、3番目の人が終わるといちばん最初の人は「このふたりがこんなにいいんだったら」と負けられなくなって録り直すことになるんですよね。お互いがお互いにどれだけプレッシャーを与えられるか、みたいなところで、いい意味で競争心が高まっていって(笑)。心地いい環境でありながら、しんどい面がありました(笑)。


――なかでも、印象に残ったできごとはありましたか?

NORISTRY:特にサビの〈ウッホウッホッホウッホッホ〉の歌詞がめちゃくちゃ言いづらかったことです。実際にブースに入って歌ってみたら、本当に発音が難しくて。3人とも「なんじゃこりゃ!」となっていました(笑)。3人とも、Aメロ、Bメロとかよりもいちばん時間がかかりましたね。


――また、A4。さんの「絶望。」を歌われた理由も教えてください。

NORISTRY:【ボカコレ 2022秋】のルーキーランキングで1位を獲得されたA4。さんの楽曲「天使の翼。」が結構尖っていてかっこよかったので、個人的にA4。さんのことを覚えていたんです。そこから、【ボカコレ 2023春】のルーキー部門に投稿されたA4。さんの「絶望。」を聴いたら、全く尖っていない素敵なバラードで。僕がめっちゃ好きな感じだったんです。しかも、今は3分を切るような短い曲が主流になってきているなかで、5分20秒もある曲になっているんですよね。それもある意味で尖っているなと興味が湧いてきて。【ボカコレ】から【歌コレ】まで1か月空いていたので、しっかり聴き込んで歌わせてもらいました。



――実際に歌ってみていかがでした?

NORISTRY:高低差が激しく難しすぎて、歌うのを諦めかけましたね。さっきお話した「新人類」にも通じますけど、聴いている時に感じることと、歌っている時に感じることは全然違うんですよ。思っていたよりも伴奏が静かだったので、歌声をきれいに響かせるような工夫が必要になったりして。でも、サビに入ると伴奏はめちゃくちゃ豪華になることもあって、静かなフレーズとのギャップをどうやって声で表現しよう、と色々と苦労しましたね。


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歌い手が「グループ」で活動するということ

――最近の歌い手界隈では、グループで作品を残していくことの価値が増しているような気がします。

NORISTRY:最近は固定グループ、ライブで活動するグループとかの成功したグループに憧れて、グループで活動する歌い手が増えてきているんですけど、メンバーの変更はもちろん、1年経たないうちに解散していることもある。僕は成人してからネットに触れるようになった世代なので、後先考えずに行動したら「周りに何か思われそう」とまず考えて行動できないタイプなんです。でも一方で、今の若い子たちは生まれてきた時からネットに触れざるを得ない世代なので、行動するのに臆しないというか。勢いがすごい。上手くいかなかったら、「次! 新しいグループを組もう!」みたいな熱量がある。なので、歌い手界隈でも、グループの勢いがすごくなってきているのかなと思います。


――【歌コレ】でもTOP100はもちろん、グループランキングも勢いがあります。

NORISTRY:歌い手に限った話ではないですけど、作品を生み出す人は孤独なんですよ。歌い手だったら、ひとりでパソコンに向き合って歌を録って、音源を編集して、ミックスする人はミックスもしてから動画を公開する。自分が満足のいく形になることもあれば、全然聴いてもらえなかったなと落ち込むこともあります。普段の生活には息抜きとして、夏祭りとかお正月とかバレンタインとか、お祭りが必要だったりするじゃないですか。今、僕らの界隈でのお祭りは、【ボカコレ】とか【歌コレ】になってきているんじゃないかなと思っていて。やっぱり、人と参加することでモチベーションが上がって、孤独を感じにくくなるというのもあって、グループ枠に参加してみようと思う人が多いのかなと思います。


【ボカコレ】、そして【歌コレ】について思うこと

――【ボカコレ】とはゆかりのあるNORISTRYさんですが、【ボカコレ】について思うことはありますか?

NORISTRY:5~10年くらい前は、有名なボカロPさんや歌い手さんがニコニコ動画のランキングで新人のボカロPさん、歌い手さんの動画を見つけてきて「すごい新人がいるよ!」みたいな感じでよくツイートしていたと思います。そのツイートがきっかけで新人が認知されて伸びていく文化がありました。でも、商業的な面が絡んでくるにつれて、今はいかに「自分のお客さんを取りこぼさないようにするか」というムーブになってきて。有名な方が新人を拾い出してみんなに拡散する文化は、自然と消滅してしまったんですね。


――なるほど。

NORISTRY:同時に、少しずつニコニコ動画のランキングの仕様が変わって、それまではニコニコ動画のランキングで楽曲を見つけていた人も、ニコニコ動画から離れていった時期があると思います。今はYouTubeにプラットフォームを移している人が多いですけど、YouTubeのランキング機能はこの界隈には適していない。なので、新人のボカロPさん、歌い手さんを発掘するのが難しい時代になっていたと思うんですよ。そんな中で、まず登場したのが【ボカコレ】でした。【ボカコレ】のTOP100ランキング、新人を見つけるルーキーランキングをはじめとした各種ランキングこそ、消滅してしまった文化の代わりを担っていると思っています。とりあえずランキングを上から探ってみることも、好きなジャンルのランキングを聴いてみることもできる。【歌コレ】も同様で、色んなことがすごくやりやすくて、可視化されました。【ボカコレ】と【歌コレ】がなかったら、当然スポットライトを浴びていないボカロPさんや歌い手さんはいっぱいいるはずなので、本当にありがたいですね。


――では、たとえば【ボカコレ】の盛り上がりが100%だとしたら、【歌コレ】の盛り上がりは何%でしょうか。

NORISTRY:まだ20%くらいですね。【ボカコレ】はゼロからイチを生み出している一次創作。でも、【歌コレ】とか【踊ってみた Collection】(踊コレ)は、誰かの作品を使用させてもらう二次創作で、スポンサーの付きやすさや褒賞の違いもあるので、正直そこの難しさはあると思います。【ボカコレ】は今回の「新人類」みたいに、急にレジェンドが参加することもあるので、今後は【歌コレ】もそういうサプライズがあってほしいなと思っています。無名の人とレジェンドが同じランキングにいるのは面白いし。今後、【歌コレ】も【ボカコレ】と同じくらいの規模のお祭りになると嬉しいです。



最近は“ボカロP”に興味がある

――最近、興味が出てきていることはありますか?

NORISTRY:今は作曲にめちゃくちゃ興味が出てきていて、やってみたいなと思っていますね。ちょうど勉強を始めたところで、空き時間に本を読んだりしています。ボカロ曲になるのか、自分のオリジナル曲になるのかはわからないですけど。今になって、"ボカロP”に興味が出てきています(笑)。


――ボカロPさんに近付くどころか、ボカロPになりたい気持ちが膨らんでいる(笑)。

NORISTRY:ボカロPさんは、ゼロからイチを生み出している人という印象が僕の中で本当に強いので、今までは「ボカロP始めてみようと思っているんですけど、どうやって調声するんですか?」みたいな相談をしたり、ボカロPさんと同じ目線になって音楽を語ったりすることができませんでした。でも今後、自分が作曲にも活動の幅を広げていったら、初めて胸を張ってボカロPさんに話しかけることができるんじゃないかなと。楽しみにしています。


――作曲に心が動いたきっかけは何だったのですか?

NORISTRY:僕は「歌ってみた」の畑で育った人間で、自分の気持ちとか、自分の世間に対する想いみたいなのを聴いてほしいという概念が全くありませんでした。カバーして歌っていることが楽しい。聴いてもらっていることが楽しい。録音して動画にすることが楽しいという感覚です。でも活動を続けていると、自分の言葉で伝えてみたいと思うことも増えてきて。そんななかで、【ボカコレ】生放送のコーナーで作曲の方法とか、(初音)ミクちゃんの調声の方法とかの動画を観ていたら、不思議と今までめちゃくちゃ高く感じていたハードルが下がった感覚になって、自分にもできるかも!と思えたんですよ。


――最近はイベントのほか、ボカロPさんがYouTubeなどのショート動画を利用して、楽曲制作の工程を紹介することも増えましたよね。

NORISTRY:僕ら世代の歌い手は歌うだけのイメージが強かったですけど、最近の若い歌い手さんの中には、歌えるうえに、音声合成ソフトもいじれる人がめっちゃ増えてきていると思うので、また時代は変わっていくんだろうなと思っています。


――今はVOCALOID、UTAUのほか、人の声に近いCeVIO AIなど様々な音声合成ソフトが誕生していますし、表現方法は無限にあるような気さえしてきます。

NORISTRY:VOCALOIDが誕生した当時に比べると、今の音声合成ソフトは何を喋っているかがわかりやすい。昔は、何を喋っているかわからなくてボカロ曲が苦手という人も一定数いたと思うんですよ。だからこそ、歌い手さんの歌ってみた動画で楽曲の理解を深めていった。でも今は、もうその次元じゃないというか。人が歌っているのと遜色ないくらいの調声をされる方もいるので。そうした意味でも、昔は「ボカロ曲が苦手」と言っていた層が「意外と聴ける」と気づくことで、今はボカロ曲がもっと広がりを見せてきたと感じています。



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