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高野 寛が語るトッド・ラングレンの魅力

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 2018年にデビュー30周年を迎えた高野寛が師匠と呼び、敬愛してやまないのが5月に来日するトッド・ラングレン。トッドのマルチな才能とソングライティングに影響を受け、トッドのプロデュースによるアルバム『CUE』を制作、「虹の都へ」のヒットを生んだことは音楽ファンの間ではよく知られている。1月に開催された30周年記念ライブ「Spectra Special」では、もう一人の師匠である高橋幸宏とトッドの 「I Saw the Light」のカヴァーを披露し話題を呼んだ。トッドの5月の来日公演は「TODD RUNDGREN THE INDIVIDUALIST TOUR」と称した彼の50年に渡るキャリアを集大成となる日本公演になることがアナウンスされている。稀代のメロディメーカーにして、変幻自在な音楽性を併せ持ち、数多くの名盤を生んだ敏腕プロデューサーでもあるトッドの魅力を高野寛に語ってもらった。

一番影響を受けたアルバムは『ミンク・ホロウの世捨て人』

 僕がトッド・ラングレンを知ったのは高校時代、音楽雑誌でマルチ・プレイヤーだと紹介されていて興味を持ったのがきっかけですね。大学に入ってからアルバムを集め始め、ソロだけでなくユートピアやトッドのプロデュース作品も熱心に聴くようになりました。リアルタイムで聴き始めたのは、『トッドのモダン・ポップ黄金狂時代 The Ever Popular Tortured Artist Effect』(1982)の後、『ア・カペラ A Cappella』(1985)くらいからになるんですが、80年代当時は1st(『Runt』1970)と2nd(『Runt. The Ballad of Todd Rundgren』1971)は高値がついていて入手困難で、その2枚はCD化された時にやっと聴くことができたんです。

 最初はマルチ・プレイヤーの部分に惹かれたものの、アルバムを聴き込むうちに曲が好きになり、特に『ミンク・ホロウの世捨て人(Hermit of Mink Hollow)』(1978)には影響を受けましたね。僕はオルガン教室にちょっと通った程度でキーボードはほとんど弾けなかったんですが、『ミンク・ホロウ』の曲は耳コピして、鍵盤のボキャブラリーはほぼそこで培われたと言ってもいいほど。コード進行も随分影響されました。

CD

 トッドが30歳で『ミンク・ホロウ』を発表した1978年は、パンク・ムーブメントが起きた頃ですが、そんな時期にあえてオーセンティックな内容のアルバムをつくる天の邪鬼さや、世の中の流れに迎合しない姿勢も自分と似たところを感じたのかもしれません。

 トッドの名盤といえば、『サムシング/エニシング?  Something/Anything?』(1972)や『魔法使いは真実のスター A Wizard, a True Star』(1973)を上げる人も多いですけど、時とともにどんどん変わってゆくところがトッドの面白いところで、僕もアルバムを聴く度に驚かされました。メロディアスでドリーミーな曲を作る一方、ハードロックやプログレ志向もあって、R&Bのカヴァーも歌えば、ビーチボーイズの完コピまでと、じつに多彩でめまぐるしい。1970年からはソロ、70年代半ばからは自身のバンド=ユートピアでもコンスタントにアルバムをリリースし、なおかつ数多くのプロデュースを手掛けているんだから、間違いなく才人ですよね。

 80年代半ばにXTCのニューアルバムをトッドがプロデュースしていると雑誌で読んだ時は「これはまさに理想の組み合わせだ!」と興奮しました。その後リリースされたXTCの『Skylarking』(1986)は、音楽史的にも僕にとっても大きなエポックでした。


プロデューサー、トッド・ラングレンとの出会い

 アルバムの初のCD化やXTCの『Skylarking』で、あらためてトッドに注目が集まったタイミングの1988年の来日公演は、大阪のサンケイホールで観ました。その時は、大ファンのあまり、自分のデモテープをステージに投げようかと思ったほどです(笑)。まさか、その後、トッドにプロデュースしてもらうことになるとは夢にも思っていなかった。同年の秋に僕はデビューしたんですが、宅録もまだポピュラーではなかったし、バンドの方が勢いがある時代だったので、元祖・一人宅録のトッドは憧れの存在でもありました。

CD

 トッド・ラングレンが日本のアーティストのプロデュースに興味があるらしいと聞いたのは、2ndアルバムを制作していた頃。早速デモを送ったら僕とレピッシュに興味を持ってくれたんです。最初にトッドにプロデュースしてもらったのはシングル・バージョンの「ある日、駅で」(1989)で、東京のスタジオで録音したんです。気難しいとか、オーバープロデュースの噂もあったんですが、実際会ってみたらユーモアのある人でホッとしました。その時、「君は僕と似ているから分かるけど、スタジオに籠ってばかりいないで、ツアーに出て歌を鍛えた方がいい」と言われたことをよく覚えています。そこでトッドのプロデュースワークを経験した後に、3rdアルバム『CUE』(1990)を彼のスタジオ=ユートピア・サウンド・スタジオでレコーディングすることになったんです。


楽曲第一のトッドのレコーディング哲学

 僕にとっては、ビートルズ・ファンのアビーロードに匹敵するトッドのウッドストックのスタジオは、鹿が出る森の中にあって、夜になると星がきれいな自然が豊かな場所。『Skylarking』に虫の鳴き声が入っていたり、牧歌的な雰囲気が漂うのはあの環境の賜物なんだと行ってみて分かりました。

 ただ、レコーディングの前は忙しくて準備もままならず、僕自身は背水の陣で臨んだんですが、迷ったときはトッドが方向を示してくれました。「えっ?今のテイクでOKなんですか?」という場面もあって、何度もやり直すのではなく、集中力を鍛えろということなんだと。「虹の都へ」は3回くらいしか歌ってないんですが、それがヒット曲になるんだから分からないものだと思いましたね。トッドのレコーディング哲学の優先順位は先ず楽曲で、演奏の善し悪しやサウンドはその次、どんなに良い演奏でも曲がつまらないと意味がないとも言っていましたね。

 僕の4thアルバム『AWAKENING』(1991)にはベーシストのトニー・レヴィンやドラマーのジェリー・マロッタが参加しているんですが、二人はトッドのご近所仲間だったんですよ。『サムシング/エニシング?』にもウッドストック周辺のミュージシャンが参加しているし、トッドはベアズヴィルスタジオのハウス・エンジニアでもあったから、そこで培われた人脈や経験は大きかったと思いますね。僕もニューヨークの「ハードロックカフェ」でジョー・ウォルシュを紹介されたり、TVの収録でデヴィッド・サンボーンやパット・メセニーとセッションしている現場を見ましたが、とにかく顔が広い。それもアーティスト/プロデューサーたる所以でしょうね。

 僕もレピッシュもトッドがプロデュースしたアルバムがいちばん売れて、何かそういうマジックを持っている人なんですよね。グランド・ファンク・レイルロード、ホール&オーツ、チープトリック、XTCなどアーティストの転換期に関わることが多いのも特徴的。僕自身、貴重な経験をしただけでなく、評価される作品をプロデュースしてもらったと思います。

 印象に残っているのは、「セルフ・プロデュースがいちばん難しいんだよ。自分自身のことは分からないから。」という言葉。名プロデューサーのこの一言は今もことあるごとに思い出しますね。


50年のキャリアを総括するライブに期待!

 来日のたびにトッドのライブは観に行くようにしていますが、ライブもアルバムと同様、どんな内容になるのか予測がつきにくいところがあるんですよ。80年代にはMIDIを駆使したワンマンライブ、90年代にはインタラクティヴ・ショー、僕は観ていないんですが、2015年のフジロックフェスティバルではDJと女性ダンサーだけでEDMを歌い踊り、観客の度肝を抜いたとか。そういう何をするか分からないところも熱心なファンは前向きに受けとめてしまうんですが(笑)、ライブでも失敗を怖れず、いつも何か新しいことに挑戦しようとするのがトッドなんですよね。ヒット曲や人気曲をやればファンは喜ぶんだろうけど、それをやらないのはルーティンに陥らないためなんだと思います。それでいて歌が抜群に上手くて、ギターもバリバリ弾くというのが他の誰にも似ていない独特の魅力でもある。

 昨年はユートピアの再結成ツアーに加え、ソロのツアー(「 An Unpredictable Evening 2018」)も行うなど、70歳になった今も精力的にライブを重ねているのは素晴らしいですね。数年前、ビルボードライブの公演で来日した時も対談で、「常にオーディエンスの前で歌うことが大事だ」と言っていたし、トニー・ベネットのように生涯現役で歌い続けていきたいと。昨年のセットリストを見ると、ナッズ時代の「Open My Eyes」や「I Saw the Light 」などのオリジナル以外にもウィーザーからトニー・ベネットまでカヴァーもたくさん歌っていて、ヴォーカリストとしても衰え知らず。

 5月の来日公演は、昨年12月に出版されたトッドの自伝(『The Individualist Digressions, Dreams & Dissertations』)と連動したツアーだと聞いているので、キャリアを総括するようなライブが期待できそうですね。トッドの50年の歩みを辿る楽曲を今回はカシム・サルトン、プレイリー・プリンス、ジェシ・グレスといったトッドと長い付き合いのあるバンドメンバーで聴けるのも楽しみです。長く音楽を続けていると、その人の本質が見えてくると思うんですが、シンガー、ソングライター、ギタリスト、ライブパフォーマーとしてのトッドの凄みを今回はおおいに期待したいですね。

 

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