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7つのキーワードから紐解く「マイルス・デイヴィス&チェット・ベイカー」 ~映画をより深く楽しむために

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 マイルス、そしてチェットのようにファースト・ネームだけで、世界中の人が瞬時に 認識出来る人は世界中に一体何人いるのだろうか?二人は、ジャズ・トランペットの永遠のアイコンだ。マイルス・デイヴィスは、革新的なジャズを何度も創造し、常にジャズ界を牽引してきた。チェット・ベイカーは、本格派のトランペットと繊細なヴォーカルで、“ジャズ界のジェームス・ディーン”と呼ばれ、絶大なる人気を誇った。

 昨年、二人の映画が封切られた。この度、遂にソフト化されたことを喜びたい。その映画をより深く楽しむために、7つのキーワードからマイルスとチェットを紐解いてみたいと思う。

Text: 音楽評論家 高木信哉
Miles Davis Photo: Redferns / Chet Baker Photo: Michael Ochs Archives

1. 生まれ:“イースト・セントルイスのボンボン”と“オクラホマのカウボーイ”

 マイルス・デイヴィスは、1926年5月26日、イリノイ州アルトン生まれ。とても裕福な家庭で、父親は、大学卒で、歯科医。二つの歯科医院に農場まで持っていた名士。祖父は、1000エーカーの土地を持つ地主だった。つまり“イースト・セントルイスのボンボン”だった。チェット・ベイカーは、1929年12月23日、オクラホマ州イェール生まれ。生活は苦しく、両親ともに働いた。父親は、一時期ギタリスト&バンジョー奏者だったが、仕事を転々とした。ロッキー・ナウアー(b)によると、スウェーデンでの夜間、零下でもチェットはTシャツ姿でも寒がらなかった。仲間から“オクラホマのカウボーイ”と呼ばれた。

2.チャーリー・パーカー:“チャーリー・パーカーとの邂逅”

 マイルスは、1944年6月、セントルイスに来たビリー・エクスタイン楽団で、チャーリー・パーカーと初共演する。感激したマイルスは、同年9月、ジュリアード音楽院入学のため、ニューヨークに出る(本当の目的はパーカーに会うこと)。2年で退学するが、パーカーと親しくなり、一緒に暮らすようになる。1945年8月には、晴れてチャーリー・パーカー・クインテットに入団する。チェットには、「1952年、西海岸に来たチャーリー・パーカーに名指しで選ばれた」という伝説(劇中にもあるように)がある。真偽が定かでないと言われているが、1952年5月、パーカー・クインテットの一員として実際にステージに立った。チェットは、パーカーに気に入られ、オフタイムにはパーカーを様々な名所に案内した。

3.歌:“マイ・ファニー・バレンタイン”

 マイルスとチェットの“マイ・ファニー・バレンタイン”は、共に神秘的な魅力がある。マイルスのミュートを用いた演奏は唯一無二のものだ。マイルスは、こう語っている。「俺はシンガーのように演奏しようとしているだけだ。フランク・シナトラが歌うように演奏出来たら上等だぜ。トランペットを始めた頃、俺はフランクの歌を研究した。フレージングだ。どこで吹くか、どこで吹かないか。その“どこで”が俺だけの秘密だ」。チェットの歌声は、初めて聴くとビックリする。まるで女性が歌っているかのような中性的な声がするのだ。耳元で囁くように優しい。若者の傷付きやすい青春のはかなさを表現しているようである。

 やがてチェットは、「ジャズ界のジェームズ・ディーン」と呼ばれるようになる。


4.ニューヨーク:マイルスとチェットのニューヨークでの「夢の競演ステージ」

 米ダウンビート誌の人気投票で1位になったチェットは、1954年5月、ニューヨーク・デビューを果たす。劇中はじめの<バードランド>のシーンだ。丸1か月間、<バードランド>のステージに立ったのだ。驚くのがその構成、1部はディジー・ガレスピー、2部はマイルス・デイヴィスとのダブル・ヘッダーである。世界最高のジャズ・トランぺッター二人と毎晩対決したのだ。映画にある通り、当時のチェットはガレスピーやマイルスよりずっと人気があった。チェットのトランペットには、周囲の誰もが一目置くようになっていた。<バードランド>は、チェット目当ての女性たちで一杯となった。チェットがうつむいて床を見つめているだけで、格好よかった。マイルスは面白くなく、厳しい態度で接した。チェットは逆に毎晩一緒にマイルスと比べられるように演奏するのは落ち着かず怯えていた。敬愛するマイルスからの侮蔑(嫉妬)は、繊細なチェットには耐えがたいものだっただろう。

5.代表作:『カインド・オブ・ブルー』と『チェット・ベイカー・シングス』

 マイルスの『カインド・オブ・ブルー』とチェットの『チェット・ベイカー・シングス』は、世界中で今も売れ続ける永遠のベストセラーである。1959年に録音された『カインド・オブ・ブルー』は、40周年にあたる1999年、レコード会社が「アメリカにおける売上総数は200万枚に達し、全世界の総数は500万枚にのぼる」と発表した。『チェット・ベイカー・シングス』は、この曲の代名詞とも言われる「マイ・ファニー・バレンタイン」の決定的名唱を収録。甘く切ないため息のようなバレンタインは、時代を超えて愛され続けている。こちらも相当の数が当然売れていると思うが、残念ながら数量の情報は発表されていない。


6.女性

CD
▲『ESP』

 マイルスもチェットも絶大な人気を誇ったので、多くの美女と付き合い浮名を流した。マイルスの映画の回想シーンで、印象的に描かれる美女は、フランシス・テイラー。マイルスの2番目の夫人で、1960年に結婚した。彼女はダンサーだった。マイルスは彼女が大好きで、『サムデイ・プリンス・ウイル・カム』(1961年)『ブラックホークのマイルス・デイヴィス』(1961年)『ESP』(1965年)のLPジャケットに、フランシスの写真を使っている。ある日、妻のフランシスが「クインシー・ジョーンズってハンサムね」と言った瞬間、マイルスは妻を張り倒した。『ESP』は、マイルスが椅子に座りながら幸せそうに、フランシスを見つめている。ところが当時のマイルスは暴力的で、『ESP』のジャケ写が撮影された1週間後、フランシスは家から逃げ出した。『ESP』は、ハービー・ハンコックとウェイン・ショーターが参加したマイルスの新生クインテットの最初の革新的なスタジオ盤だ。ハービー・ハンコックとウェイン・ショーターは、何と『MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間』にも登場し、ロバート・グラスパーと共に実に格好いい演奏を披露する。チェットは、1954年5月の<バードランド>に現れたエキゾチックな美女、リリアン・クーキエと恋に落ち、2年半も情事が続いた。しかしチェットには、妻がいた。ある日、激怒した妻のシャーレインは、拳銃を持って、<バードランド>に向かい、大騒ぎとなった。シャーレインから拳銃を向けられた愛人のリリアンは逃げ出し、チェットは震え上がった。

7.空白期間

 マイルスは1975年9月5日、ニューヨークのセントラルパークで行われたミュージック・フェスティバルを最後に長い空白期間に入った。原因は、1972年10月に起こした交通事故の後遺症だった。以後、1981年6月26日の復活ライブまで、マイルスは一切表舞台から姿を消した。マイルスの動向はまったく伝えられず謎だった。『MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間』は、その空白を埋める貴重な映画である。チェットは、類まれな才能と努力によって、マイルスを凌ぐほどの人気を得るまでになったが、麻薬常習からトラブルが絶えなかった。それは、“人間の持つ弱さ”なのだろうか?1966年8月9日、<ニューヨークタイムズ>に、「チェット・ベイカーが暴漢に襲われる」という記事が掲載された。5人に殴られ、血まみれになり上唇は裂け、前歯も折れてしまった。『ブルーに生まれついて』は、惨たらしい重傷を負って病院送りの憂き目にあい、トランペットを吹けなくなったチェットが復活(再生)する姿を描いた感動の映画だ。最後は、ディジー・ガレスピーの計らいで、再びニューヨークのステージに立つ。この間のチェット・ベイカーの苦しみ、悲しみ、孤独、努力は大変なものだっただろう。特筆すべきは、チェット・ベイカー役の俳優のイーサン・ホークの名演技である。猛特訓の末、イーサンは、吹替なしでトランペットを吹き歌も歌う。イーサンの存在こそが、この映画をより魅力的にしている。

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