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2020/05/04

<緊急寄稿>14億円の寄付金募る。アーティストや個人事業主に手を差し伸べる音楽業界団体

 新型コロナウイルスの感染拡大で、音楽活動が中断したアーティストや、経済支援が必要な音楽業界の個人事業主に対して、支援を提供する動きが、レコード会社や音楽ストリーミングから続いている。

 ロックダウン(都市封鎖)が続く欧米では、ライブやイベント、ツアーの中止が続き、2021年まで大型イベントやフェスの開催を見送るプロモーターもいる。すでにツアーやライブ開催が決定していたアーティストは収入が絶たれることは想像に難しくない。それ以上に、アーティストの音楽活動を支える関係者やスタッフ、フリーランスで活動する専門家たちも、収入を得られなくなるという事態が起こり、日本でも問題視されてきた。

 欧米では、ロックダウンが始まった3月には、多くのメジャーレコード会社や音楽ストリーミングサービス、音楽業界団体で、協力が生まれた。早々に、音楽専門の基金を立ち上げ、政府や行政では手の届かない人々まで、経済援助を始めており、現在もその動きは続いている。今回は、世界中で始まった、音楽業界団体からの支援活動を幾つか紹介したい。

 3月17日という早い段階に始まったのは、「MusiCares COVID-19 リリーフファンド」だ。これは、グラミー賞を毎年主催するレコーディング・アカデミーが運営する、音楽コミュニティ向けのチャリティ団体MusiCaresが主体となって始まった基金だ。

 これは、新型コロナウイルスの影響で、仕事と収入を失ったアーティストやクリエイター、音楽業界やライブ業界で働く人や、フリーランサーに対する補償や、最低限の生活費の支援を行う、救済基金プログラムだ。

 MusiCaresの基金発足後、そこには1400万ドル以上(約14億円)の寄付金が集まった。

 主な寄付主は、様々な音楽企業だった。SpotifyやTIDAL、YouTube Music、Amazon Music、Pandoraなど、音楽ストリーミング大手。ユニバーサルミュージック、ワーナーミュージックのメジャーレコード会社が賛同し、援助を行った。

 アーティストたちも自身の慈善活動団体から寄付を行った。日本人ではYOSHIKIが「YOSHIKI FOUNDATION AMERICA」から寄付を行った。またアリシア・キーズや、マイケル・ジャクソン・エステート、ジョージ・ハリソンの慈善団体も大きな寄付で基金に貢献した。

 3月の基金発足時期と、アメリカ社会の情勢を照らし合わせて振り返ってみたい。3月上旬から爆発的な感染拡大が広がったアメリカでは、3月14日にはトランプ大統領が国家非常事態宣言を宣言し、19日にはカリフォルニア州でロックダウンが始まり、都市封鎖に踏み切る州政府が続いた。

 およそ半月で、億単位の基金設立が実行されたことになる。都市封鎖で行動が制限される中、緊急を要する対策を短時間でまとめ、多企業から迅速に協力を仰ぐことに成功した米国音楽業界の力は、流石としか言いようが無い。

 同時期に日本では、東京五輪の予定通りの開催を宣言されたり、コロナ禍の長期化や経済援助の具体策は議論されていなかった。

 また、3月17日には、超党派国会議員と、コンサートプロモーターズ協会や日本音楽制作者連盟、日本音楽事業者協会、日本2.5次元ミュージカル協会など、エンタテインメントの業界団体が参加した、「新型コロナウイルスからライブ・エンタテイメントを守る超党派議員の会」という意見交換会が実施された。

 この場では、エンタメやライブ業界への損害補償や、官民連携など、議員に向けての要望が出された。だが実際には、迅速な対応と具体的な支援施策が実現には結びついてこなかったのは、残念でならない。音楽業界団体や企業が連携して、現実的な対応をいち早く起こすことに期待したい。

 14億円近くの寄付が集まったMusiCaresだが、5月1日についに支援金が底をついてしまった。つまりコロナ禍の影響がそこまで大きいということだ。今年に入り基金は2万人以上に援助を行った。現在は、次の寄付が集まるまで、申請は保留となっている。

 基金に加えて、MusiCaresでは、アーティストや作曲家、音楽業界で働く人に向けて、米政府の緊急経済救済助成金を受けるためのウェビナーを開催したり、支援に関するガイドラインをウェブサイトで公開するなど、情報共有を続けている。

 ウェビナーはZoomで行われ、米国議員や弁護士までが参加し、視聴者からの質問に答える形式で進んだ。のべ26000人以上が参加した。適切な情報の共有や、問い合わせできる環境を作ることも、支援活動の一貫と言えるはずだ。

 イギリスでは、音楽業界団体のBPIが主体となり、アーティストと個人事業主、フリーランサーを援助する基金が始まった。ここにはユニバーサルミュージック、ソニー・ミュージック、ワーナーミュージックのメジャーレコード会社3社のUK支社が寄付を行っている。BPIのサイトでもまた、個人事業主が申請できる行政の経済援助や、中小企業の支援策、財務アドバイスまで、補償と生活に関する情報が充実している。

 作曲家の支援も続いている。イギリスやドイツ、フランスでは、日本のJASRACと同じ、著作権管理団体のGEMAやPRS for Music、PPL、SACEMは、コロナウイルスで収入が減少した作曲家やクリエイターへ、助成金を提供している。アメリカの著作権管理団体、ASCAPやBMI、SESACも、MusicCaresなどへの寄付で、コミュニティへの援助を行う。

 ここで紹介したMusicCaresや、BPIなど、音楽業界団体の支援活動から、日本が学べるヒントは何だろう?

 当然なことだが、音楽業界団体が主体でレコード会社を連携させて、救済基金をいち早く立ち上げてほしいという声も多いはずだ。

 しかしながら、日本では前例の少ない、音楽シーンで働く人に対する救済基金を音楽業界団体が主導して設立するには、相当の時間を要するだろう。仮に実現しても、援助金の申請と審査、振り込みといったプロセスを迅速に行うには専門的なノウハウが必要だ。

 では日本で今、出来ることは何だろうか? それは、音楽業界内の中小企業や個人事業主を対象にした情報共有とアドバイスの提供だと筆者は考える。

 政府機関や、地方行政では、すでに助成金や資金繰り補助金、短期の特別融資や貸付を始めている。こうした助成金や融資を音楽業界で必要とする人が確実に受けるために、情報を集めて共有することは今すぐにでもオンラインで始められる。さらには、申請や融資に必要なアドバイスを提供したり、適切なサポートへ案内することが、音楽業界団体や、音楽業界が出来ることだ。

 そして、日本の音楽業界団体は、コロナ禍の長期化に伴う、今後の音楽市場の変化に向けて、音楽の現場と関係者の収益化を支えるための、中長期的な支援プログラムを作り、継続することが必要ではないだろうか。音楽業界団体や音楽企業にとって、様々な障害はあるものの、音楽に特化した支援や、ボトムアップを促進する仕組みを準備しておくことは、業界全体にとって今後プラスに左右するだろう。


◎プロフィール
ジェイ・コウガミ(デジタル音楽ジャーナリスト)

世界の音楽ビジネスに特化したニュースメディア、All Digital Music編集長。「デジタル×グローバル音楽」をテーマに、世界の音楽企業、アーティスト、経営者への独自取材、ビジネスモデル分析やリサーチデータを軸にした執筆など、国内から海外まで多領域で活動する。また、エンタテインメントにフォーカスしたテクノロジーメディア会社CuePointを設立、レコード会社や音楽企業に対して、海外展開やデジタルマーケティング、市場分析に関する、戦略コンサルティングを行う。2019年から、イギリスの音楽マーケティングサービス会社「Music Ally」の日本事業展開およびメディア編集を担当。

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