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2019/08/13

『イミュニティ』クライロ(Album Review)

 この8月で21歳のバースデーを迎える、米マサチューセッツ州出身の女性シンガー・ソングライター=クライロ。本名をクレア・コットリルといい、サウンドクラウドに投稿したカバー曲や、YouTubeにアップした「プリティ・ガール」の“宅撮りビデオ”が注目され、デビューのキッカケを掴んだ今ドキの女の子。しかしながら、彼女の生み出すサウンドやボーカル、イノセントな雰囲気漂うビジュアル含め、“映える”今ドキの女の子とは一線を引いている。

 その「プリティ・ガール」含む2018年5月にリリースしたEP盤『ダイアリー001』は、ヒットに至らなかったものの、評論家やリスナーから高く評価されている。本作『イミュニティ』は、その『ダイアリー001』から約1年の時間を掛けて制作した、自身初のスタジオ・アルバム。その間には、英イングランドの音楽プロデューサー=SGルイスとのコラボ曲「ベター」や、米LAのチカーノ系ミュージシャン、クコとタッグを組んだ「ドロウン」などをリリースしているが、いずれも本作への収録は見送られている。

 全曲を自身が手掛け、プロデューサーにはヴァンパイア・ウィークエンドの元メンバー=ロスタム・バトマングリがクレジットされている。参加ミュージシャンはごく少数に抑え、ゲストもハイムのダニエル・ハイムのみ。ジャケ写も自宅で誤撮(?)してしまったようなナチュラルなデザインで、余計になる要素はできるだけ排除した、彼女のキャラクターらしい作りになっている。

 そのダニエル・ハイムは、「バグズ」と「ソフィア」の2曲に参加。前者は、5月にリリースされた本作からの1stシングルで、ニュージーランド・チャートでは35位まで上昇、自身初のTOP40入りとなるスマッシュ・ヒットを記録した。いわゆるローファイ・サウンド的な曲で、処女性を感じさせる私小説的で豊かな資質をあらわす作品に仕上がっている。後者も、ニュージーランドで最高36位を記録した人気曲。自身が体験した(と思われる)同性愛について触れていて、曲間に交じるノイズが気持ちの揺れ動きを強調している。

 オープニング曲「エイルワイフ」からして、惹き込みが強い。エイルワイフとは米マサチューセッツ州の地名だが、この曲ではエイルワイフで自殺をしようとした時、友人が引き留めてくれたことについて歌っている。絶妙なカスれ具合のピアノ、心地よいアコースティックギターの優しい音色と旋律が、悲しい過去を浄化していくかのよう。「透明感がある」というのは、まさにこういう曲のことをいう。

 オルタナ・ロックぽさも滲ませる次曲「インポッシブル」は、別れた恋人への依存を断ち切るようなフレーズも登場する、自己改革的な歌詞が女子のハートを掴む。自身のツイッターでは、クライロも「お気に入りの一曲」として挙げていた。3曲目の「クローサー・トゥ・ユー」は、浮遊感漂うドリーム・ポップ。悩んだ末オートチューンで声を加工したことについてもSNSで言及していたが、曲を完成させるにあたって重要な役割を果たしている、という前向きなメッセージだった。

 不安定な2人の関係性を歌った「ノース」もいい曲。親しみやすい旋律と、他曲とは表現をキュートなボーカルが心地良く、時折みせるギターのバックサウンドがアクセントになっている。90年代中期のR&B~ヒップホップを彷彿させるミディアム・トラック「ソフトリー」、失恋した際にエルヴィス(プレスリー?コステロ?)を聴いていたと歌うキュートなポップ・ソング「ホワイト・フラッグ」、ベッドルーム・ポップの真骨頂ともいえる「シンキング」と、どの曲をとってもグレイトというしかない。

 本作の中で最も絶賛されているのが、トリを飾る長編バラード「アイ・ウドゥント・アスク・ユー」。聖歌隊の子供たちによるまばらなコーラス、不安定できごちないピアノの伴奏、コードと絶妙にズレた美しいメロディ。中盤からは浮遊するグルーヴ感に包まれ、いつの間にか曲が終わっている。眠りにつく前の子守歌のようで、邪念や私欲が一掃されていくかの威力をもつ傑作だ。この曲は、自身が患った関節炎からの回復について歌われているが、まさに治癒力が備わっている。

 クライロは、母親が愛聴していた80年代のポップ・ミュージックから音楽的影響を受けたそうだが、たしかに懐かしい感じが所々にみられるものの、個人的には90年代のソフト・ロックやUKポップ、R&B~ヒップホップの後を追った感じがする。タイトルの『イミュニティ』は直訳で「免疫」を意味するが、何に対しての免疫なのか、明確なことについては語られていない。音楽性や歌詞の意味、タイトルについても、受け取り方はそれぞれ。彼女の音楽は、それだけ多様性に満ちた魅力がある。


Text: 本家 一成