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2019/01/12

正月休みの探求心【世界音楽放浪記vol.30】

今年は平成最後だが、同時に10年代最後の年でもある。10年代を振り返りながら、この正月休み、私は2つのことの探求に、大きな時間を割いた。

1つは「音源制作」。両親がクラシック愛好者だったこともあり、私の音楽的ルーツはクラシックだ。子供の頃から、ピアノ曲や室内楽などのスコアを書いていた。『ベストヒットUSA』『FEN』などに現実逃避していた私は、高校卒業後、ポップスの作曲を学んだ。しかし、音楽ビジネスの厳しさに心が折れ、約四半世紀に渡り、スキルやアビリティは、番組制作者の立場から音楽家を支えるためだけに用いてきた。転機は数年前、10年代も半ばに差しかかろうという頃だった。友人の音楽プロデューサーから、なかば押し付けられるように、DAW(デジタル・オーディオ・ワークス)の機材一式の購入を促されたのだ。「音楽を作れる力があるのなら、もったいないから、作ってみたら」。高名な音楽家の方々からは「もっといろいろな音源を購入し、きちんとアレンジしなさい」というような忠言も頂いた。最後まで作り上げると神経衰弱になることが自ら予見出来たので、「コード」「リズム」「行き方」だけを作るということを決めごとにした。次第に、音楽を作る楽しさが蘇ってきた。音楽を作る喜びを改めて教えてくれた友人には、心から感謝している。

もう1つは、情報系学会での研究発表の準備だ。2010年から17年にかけて、東京藝術大学と慶應義塾大学の協力を得て、世界中の視聴者に対してアンケート調査「J-MELOリサーチ」を実施してきた。「居住する国や地域」「年齢層」といった定点観測から、「クールジャパンについてどう思うか」「日本のアーティストへのライブにいくらまで支払うか」などの具体的な質問まで、日本音楽ファンの実態を解析しようという試みだった。前半期は「拡大期」ともいえる要素を呈していた。00年代に「アニメ」をきっかけにJ-Popを知った「日本ファン」が主な視聴者だった。2014年の秋には、X JAPAN、Perfume、モーニング娘。らが、毎週のようにニューヨークで単独公演を実施した。やがて、日本音楽への主たる入口が「アニメ」から「SNS」となったことが顕著になり、「Broadcast=放送」から「Communications=通信」へと、接触や拡散の方法が遷移していく。

2016年には「Twitter」からのピコ太郎、「YouTube」からのBABYMETALと、SNSを基点とした2組が米ビルボードチャートにランクインする。彼らは、従前の「日本ファン」だけではなく、はるかに市場規模の大きい「一般の音楽ファン」に支持された。10年代は、日本音楽にとって、分水嶺ともいえるディケードだったことが、この調査のデータや、同時期の市場の推移、音楽シーンの動向等を併せて解析することによって、改めて浮き彫りになってきた。

普段は目の前のことをどうするかということに腐心して、なかなか落ち着いて軌跡や足跡を見つめ直すことができない。部屋を片付け、掃除し、不要なものを捨て、気持ちも整理整頓した。すると、自分の小さな人生にも、掘り起こすべき資源が残されていると感じるようになった。それらが来るべき20年代の指針となれば、これ以上嬉しいことはない。Text:原田悦志


原田悦志:NHK放送総局ラジオセンター チーフ・ディレクター、明大・武蔵大講師、慶大アートセンター訪問研究員。2018年5月まで日本の音楽を世界に伝える『J-MELO』(NHKワールドJAPAN)のプロデューサーを務めるなど、多数の音楽番組の制作に携わるかたわら、国内外で行われているイベントやフェスを通じ、多種多様な音楽に触れる機会多数。