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2018/05/31

藤田真央の『Passage』 期待と注目を一身に集める、若きリリシスト(Album Review)

 藤田真央は1998年生まれ、まだ現役の音大生だが、既に世界各国のコンクールで入賞を重ね、2017年には、スイスのクララ・ハスキル国際ピアノコンクールで見事優勝を飾ったのは記憶に新しい。

 このコンクールは優勝にあたるハスキル賞が出るか出ないかの2択で、順位付けは行われない。つまりクララ・ハスキルという偉大な演奏家の名に相応しい者がいるか否か、それだけが問われる。藤田はその栄冠を勝ち取ったのみならず、聴衆賞、今回はフランスのニコラ・バクリが作曲した作品演奏に対する現代曲賞、新進気鋭の音楽学者たちによる青年批評家賞を併せて受賞している。

 ハスキル以前にNaxos Japanレーベルからは2枚の録音を世に問うているが、いずれも少年の手によるものとは俄には信じがたいクオリティを誇っていた。優勝後はじめての今作の収録曲は、モーツァルトのK.576、ショパンの第3ソナタと第1バラードにノクターン20番、リストのハンガリー狂詩曲第2番にシューマン=リストの『献呈』、モーツァルト=ヴォロドスの『トルコ行進曲』と、主にロマン派の名曲を並べた、名刺代わりの1枚とでも言うべき内容になっている。

 このディスクのライナーノートは藤田自身が筆を執って、楽曲の簡単な概略に加え、自分がどうその曲と向き合い、どう弾こうとしているか、ポイントを押さえた解説を加えてくれており、インタビューも併録されている。その文章と言葉からは、このアーティストが既に優れた自己批評眼も備えていることを感じさせる。

 藤田の演奏の最大の特徴は、当然といえば当然だが、藤田の言葉のなかにある。これはショパン第3ソナタの解説中にある言葉だが、「自分自身が考え抜いた音の響きで演奏することを心がけて」いることだ。併録のインタビューでは、さらに踏み込んでこう語っている。曰く「いつも音の美しさにこだわりたいと思っていて、演奏する曲の時代に合わせた音を出すことに力を注いでいます」

 ペダリングの巧みさもあって、混濁することなく、歯切れ良く澄み渡る音を軸にした奥深い表現力が藤田の最大の特徴で、分厚い和音を掴んでも音は潰れず、それぞれ分離して粒が立っている。全ての音がそれぞれに鳴っている、いわば構造的聴取を容易にするタイプのサウンド構築だ。そこから溢れ出す巧まざる歌は、どこを切っても瑞々しくリリカルだ。

 そしてもう一つ、端正な演奏スタイルから抱いていた勝手なイメージとは若干異なり、ヴィルトゥオーゾ志向も大いに併せ持っているようだ。その側面も、この録音にはキッチリ刻みつけられている。とはいえ、リストやヴォロドス編曲の『トルコ行進曲』に限ったことではないのだが、自分の鳴らしている音に注意深く耳を傾け続ける集中力を切らすことは決してない。

 超絶技巧的パッセージを、さも超絶技巧でござい、とばかりにアピールする外向的ショーマンシップからは距離を置き、むしろ難所を構成する音の構造とシークエンスを冷静に見通し、かつ曲全体を俯瞰的に眺めてその意味を問いつつ弾き切る。この自己抑制と冷静な分析力で、テクストのダイナミックな迫力は素直に引き出されてくる。それを可能にする、総合的なテクニックは既にかなりの高みにある。

 他にも美質は数あれど、紙幅は尽きた。それにしても、やはりかくも優れたタッチの持ち主は、世界広しといえどもそうざらにいるものではない。この大器には輝かしい未来が待ち受けていることだろう。Text:川田朔也


◎リリース情報
藤田真央『Passage』
NYCC27306 2,500円(tax out)

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