

1990年に開始されたビルボード・ミュージック・アワードは、毎年12月上旬に開催され、ビルボードの年間チャート各部門で1位を獲得したアーティストを表彰してきた。その模様はテレビ局により生放送され、米国4大音楽アワードのひとつと位置づけされるほど、世界的に権威のある音楽アワードである。世界の音楽チャートのスタンダードといえるビルボードチャートは、常にデータ集計方法を変化させ時代を反映している。 1990年~2006年に行われたビルボード・ミュージック・アワードを振り返り、米国ミュージックシーンの変遷をみてみよう。
ジャネット・ジャクソンの『リズム・ネイション1814』がR&B、ポップアルバムの年間第1位を獲得。
90年にデビューしたマライア・キャリーが、91年の3曲を含めデビューから5曲連続の第1位を記録。ビルボード・ミュージック・アワードでは4部門を受賞。HOT100年間第1位のブライアン・アダムスは、通算で4曲のNo.1ヒットを記録しているが、すべて映画がらみの曲だった。カントリーではガース・ブルックスが登場。『ノー・フェンセス』は1600万枚のセールスを記録。ポップ部門の最優秀アルバム・アーティストも含め5部門を受賞した。ガース・ブルックスは本アワード最多受賞アーティストである。
R&Bグループが大活躍。なかでもボーイズ・II・メンは「エンド・オブ・ザ・ロード」が13週間第1位を記録。また13歳のラップ・デュオのクリス・クロスがデビュー。「ジャンプ」はHOT100登場4週目でNo.1となり8週間第1位を獲得。アルバム部門ではドラマ『シークレット・アイドルハンナ・モンタナ』のマイリー・サイラスの父親、ビリー・レイ・サイラスの『サム・ゲイヴ・オール』が17週間の1位を記録し、この年の最長No.1アルバムとして表彰された。またこの年から、音楽界に多大なる貢献をしてきた往年の名アーティストに贈られる「センチュリー・アワード」が新たに設置され、ジョージ・ハリスンが受賞した。
HOT100で14週間第1位を記録した、映画『ボディガード』の主題歌「オールウェイズ・ラブ・ユー」が世界的に大ヒット。ホイットニー・ヒューストンが年間アルバム、シング
ル1位、最優秀ワールド・アーティストなどを含む10部門を受賞。また2パックやスヌープ・ドギー・ドッグ、アイス・キューブなどのギャングスタ・ラップがヒットを記録し、ドクター・ドレーが『クロニック』などで3部門を受賞。エアロスミスは、アルバムチャートで73年デビュー以来、『ゲット・ア・グリップ』が初の第1位を記録し、最優秀ロック・アーティストを受賞した。
TLCが大活躍。アルバム『クレイジー・セクシー・クール』が大ヒット。その中から「ウォーターフォールズ」、「クリープ」がHOT100で年間第2位と3位を獲得。マイケル・ジャクソンの「ユー・アー・ノット・アローン」は、史上初のHOT100チャート初登場第1位を記録。衝撃的な記録であった。またフーティ&ブロウフィッシュは、デビュー・アルバムが1600万枚のセールスを記録し、アルバム年間第1位に輝いた。またこの年ラテン・シンガーのセレーナが23歳の若さで亡くなり、多くのファンが彼女の死を悼んだ。彼女のアルバムやシングルが再ヒットし、最優秀ラテン・アーティストに選ばれた。
前年に続いて、新人アーティストがアルバム年間第1位を獲得。アラニス・モリセットの『ジャグド・リトル・ピル』は1600万枚のセールスを記録した。シングルではマライア・キャリー&ボーイズ・II・メンの「ワン・スウィート・デイ」が16週第1位という、HOT100チャートでの1位最長記録を作り特別表彰された。また60年代にスペインで結成されたおじさん2人組のロス・デル・リオの「恋のマカレナ(原題:MACARENA)」が世界的に大流行、HOT100で年間第1位を獲得した。
映画『タイタニック』が大ヒット。セリーヌ・ディオンが主題歌「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」やオリジナル・アルバムなどで6部門を受賞。リアン・ライムスの「ハウ・ドゥー・アイ・リヴ」は、HOT100で69週間チャートインし、チャートイン週数の最長記録を更新し特別表彰された。この記録は2009年にジェイソン・ムラーズに破られるまでビルボード記録であった。また、ボーイズ・グループが活躍し、バックストリート・ボーイズが最優秀アルバム・グループを受賞。最優秀アーティストにはアルバム『マイ・ウェイ』やシングル「ナイス&スロー」などの大ヒットでアッシャーが選ばれた。
90年代に活躍したアーティストが表彰され、7枚のNo.1アルバムを出したガース・ブルックスと、14曲のNo.1ヒットを記録したマライア・キャリーが受賞。1999年の表彰では、25年ぶりのNo.1ヒットとなったシェールの「ビリーヴ」が、HOT100年間第1位を獲得。「ベイビー・ワン・モア・タイム」が大ヒットしたブリトニー・スピアーズは、女性アーティスト部門で3つ受賞している。また日本でもカバーが大ヒットした、リッキー・マーティンが「リビン・ダ・ビダ・ロカ」の大ヒットで、最優秀男性アーティストなどを受賞した。
シングル2曲がNo.1に輝いたデスティニーズ・チャイルドが、最優秀アーティストなど4部門を受賞。イン・シンクの『ノー・ストリングス』が1100万枚のセールスで、年間第1位アルバムに輝いた。シングルはフェイス・ヒルの「ブリーズ」がHOT100チャートで最高位2位ながら、ロングラン・ヒットとなって年間第1位を獲得。3ドアーズ・ダウンは「クリプトナイト」が約1年間チャートインして、ロック部門2部門を制した。元ドゥルー・ヒルのシスコは「ソング・ソング」の大ヒットで、最優秀男性アーティストなどを受賞。ソロデビューということで最優秀新人も受賞した。
ヒップホップ・アーティスト大活躍で、アルバム年間第1位がエミネム、最優秀アーティストはネリーが受賞。またアシャンティはデビューシングルから3曲同時にHOT100チャートでTOP10入りを果たし、ビートルズ以来の大記録を樹立。シングルの年間第1位は、ニッケルバック「ハウ・ユー・リマインド・ミー」で、カナダ出身アーティストの年間第1位はブライアン・アダムス以来11年ぶりであった。この年から『アメリカン・アイドル』がスタート。以降『アメリカン・アイドル』出身のアーティストが、毎年チャートを賑わせている。
「イン・ダ・クラブ」がHOT100、R&B、ラップシングルで年間第1位を獲得した50セントが、最優秀アーティストを受賞。クランク・スタイルのラップを流行らせたリル・ジョンと、ソロデビューして2曲連続第1位のビヨンセがそれぞれ3部門を受賞。この年からダウンロードの年間1位が表彰され、アウトキャストの「ヘイ・ヤ!」が受賞した。カントリーではシャナイア・トゥエインが、通算3枚目のダイアモンド・アルバム(1000万枚以上のセールス)となったアルバム『アップ』などで、3部門を受賞。
R&Bシングルチャートで、初の15週第1位を記録したメアリー・J.ブライジ「ビー・ウィズアウト・ユー」。この曲の大ヒットでR&B最優秀シングルなど9部門を受賞した。「アメリカン・アイドル」出身のキャリー・アンダーウッドの『サム・ハーツ』が年間第1位アルバム。新人で初のアルバム年間第1位であった。また2005年にデビューしたリアーナが「SOS」の大ヒットなどで、最優秀女性アーティストなど3部門を受賞。のちに恋人となるクリス・ブラウンは、「ラン・イット!」の大ヒットなどで、最優秀男性アーティストなど3部門を受賞した。![]()

ビルボード・ミュージック・アワードでの最多受賞アーティストは、ガース・ブルックスである。90年代10年間で最も活躍した、男性アーティストとしても表彰されている。でも日本では、なじみの薄いカントリー・ミュージック・・・日本盤すら発売されていないアーティストが多い。これは問題である。日本とアメリカでの人気のギャップが最も大きいアーティストがガース・ブルックスではないだろうか。
ガース・ブルックスは、アメリカで発売されたアルバムのうち、6枚が1000万枚以上のセールスを記録。カントリー・アルバムチャートでは、12枚が第1位を獲得、そのうちポップチャートでも8枚がNo.1となっている。1992年には『アメリカの心(原題:Ropin' The Wind)』がポップアルバムでも年間第1位となっているが、HOT100チャートでのシングル・ヒットのないアルバムが年間第1位となったのはこれが初めてであった。1997年にはニューヨークのセントラル・パークに40万人を集めたコンサートを行い、その模様は日本でも放映された。アメリカで1億枚以上のアルバム・セールスを記録しているのは、エルヴィス・プレスリー、ビートルズ、レッド・ツェッペリンとガース・ブルックスの4組だけだ。
1989年にデビュー以来、彼の活躍によって他のカントリー・アーティストにも注目が集まり、ポップチャートでもヒットに結びついている。2001年に娘と過ごす時間を大切にしたいとのことで突然引退。オクラホマで娘と2人で生活をしてきたが、今年の年末から2月までラスベガスで久しぶりのコンサートを行うそうだ。

ビルボード・ミュージック・アワードが開催された1990年から2006年まで、アメリカの総合シングル・チャート(HOT100) は大きく変わった。
1991年11月30日付からそれまでのラジオ局、レコード店からの報告を集計していたやり方から、コンピューターによる自動集計に切り替え、リアルタイムで早く集計し発表できるようになった。これにより、以前よりも人気が集中するようになり、1年間にチャートに入る曲数は減少し、ロングランヒットが多く誕生した。1位の曲数でも90年、91年で25曲、27曲だったのが、92年から2006年までは平均12曲となっている。そのかわり40週以上ランクインした曲は、チャートが100位まで発表された55年から91年までの36年間でたった5曲だが、その後2009年(11/28付)まで18年間で108曲が誕生した。特にロックにロングランヒットが目立っている。
その後、CDシングル・セールスの減少とともに、CDシングルを発売せず、アルバム・セールスのための、ラジオ局でのオンエアだけのヒット曲が次々と誕生した。1996年にはノー・ダウトの「ドント・スピーク」が、エアプレイチャートで16週間第1位となるが、当時のルールではシングルの発売がないとHOT100には入れないため、実際にラジオで大ヒットしている曲がHOT100チャートには入らない、という事態が次々と起きた。
そこで1998年12月5日から、CDシングルを発売しなくてもHOT100にチャートインできることとし、この週は一気に60曲が初登場した。その後CDシングルはさらに発売が減少し、それに代わってPC/インターネットが急速に普及、ダウンロードできる楽曲が増え始めた。
ビルボードでは、2005年2月12日からダウンロード・ポイントも集計に加えるようになった。現在の傾向では、エアプレイが始まってチャートの下位に入り、ダウンロード解禁で一気に上位にジャンプアップする、あるいはダウンロードで一気に上位に初登場して、その後は下がり続け、エアプレイで人気が上がると再上昇するというパターンが見られる。